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episode14 「中へどうぞ」

 私にはそれが儀式の唱えか何かのように聞こえた。

 宗教に縁がなかったかもしれない。少なくとも、私の宗教に対する認識は何かを信仰し、心の拠り所にする、というところか。否定するわけではないが、神やその代理人などと言われても、正直何のことやらという風である。

 なので私は、とりあえず彼女はこの国でとても重要な存在である、という解釈で自分の中に落とし込む。


「それは、申し訳ございません。もし御無礼があったのならばお許しください」


 それに、聖女はただにこりと口角を吊り上げた。恐らくは気にするな、という意味だろう。


「たしかに騎士様に接触したのは、わたくし自身の判断。こちらこそ混乱させてしまいました」

「いいえ、お気になさらず」


 実際、聖女の判断は正しい。

 同盟国の騎士という、ある程度地位を持つ者を国内好き勝手に歩かせるなど、果たして何を探り回るのやら。ただでさえ、フリストレールは戦争を仕掛ける側の方が多い。であれば、さっさと行動を制限してしまったほうが良いだろう。自分たちが案内しましょう、なんて言って。

 もちろん、自分は私事でこの国を訪問しておりこの国を調べ回る気などないのだが、そんなことはクラルス側からしてみれば知ったことではない。


「ザカリア、大聖堂のゲストルームが空いていたと思うの。用意を」


 聖女がそう言うと、司教は有無言わず大聖堂の中へと戻る。ゲストルームという、私たちを押し入れる場所を整えるため。すぐさま戻ってきたことを考えると、部屋を準備するよう中の聖職者に指示を出してきたのだろう。

 たしかに、そんなことは雑用だ。下位の者にやらせればいい。


「騎士様、中へどうぞ」


 言って、司教は手のひらで大聖堂の扉を指し示した。あまりにも早い、中への誘導。一旦別の場所へ行き、それから案内するという流れか。

なにせ司教が大聖堂を出入りして一分も経過していない。とてもではないが、ゲストルームの清掃は間に合わないだろう。

 鉄の彫刻が施された扉をくぐる。

 白で統一された空間は、ただ一直線に続く廊下であった。きっと長い期間この場にいろと言われたならば、常人ならば脳が不調を起こしてもおかしくはない。

 それくらい本当に、真っ白な廊下。

 どういう意図があっての制作されたのだろう。この国は白という色を特別視している、そう説明されていたとしてもその異質さには衝撃を覚える。

 空気は室内とは思えないほど新鮮で、まるで霊峰にでもいるようだ。それでいて、別に寒いというわけでもない。

 無信仰である私ですら、ここは特殊な空間なのだと知覚した。

 その中を、司教と聖女が歩いて行く。自分たちの領域なのだ、躊躇などあるわけがない。私と双剣の彼女は二人の後ろを黙って付いて行くことにした。

 森の中であるかのような静寂。

 ただ大理石を踏む、かつかつという音だけが、空間に反響し主張している。

 果たして、廊下の中間に差し掛かったくらいだろうか。唐突に前を行く二人が立ち止まった。


「ここからずっと奥まで進むと礼拝用の空間があるのですが、我々があなた方を案内するのはこちら」


 言って、おもむろに壁に手をやる。

 するとどうだろうか、今まで壁にしか見えなかった場所が外開きに解き放たれて、別の道が姿を現した。


「……これは」


 思わず、口外から言葉が漏れる。

 極限まで壁と扉の境目を判別しづらくすることで、外部から来た者に対する隠し通路として機能しているのだ。実際、私とてしっかりと注視してようやく見える、といった難度である。


「初めて来た方以外には効果はありませんがね。まあ念のためですよ」


 それだけ言って、隠し通路を進んで行ってしまう。こちらが扉の位置を記憶する時間は与えてはくれないらしい。まあ、それは後に隙を見てやることにしよう。

 隠し通路の先には等間隔に扉が設置された廊下があった。ただこちらは判別させづらくする、という意図はないのか壁は石造りになっており扉は木造である。

 石と木の匂いが入り混じる、優しい牢獄といった印象。中の作りが分からないが、他人の干渉を受けない個室として成り立っている。


「この大聖堂に務める者達の居住空間です」


 私たちが色々な箇所に視線をやり、付いてこないからかそう司教が説明した。なるほど、聖職者ならばそこまで贅沢に部屋は構えないか。役職に就いている者であれば、また少し違う造りなのだろうが。

 あまり奥に押し込められたくはないものだ。

 しかしその浅い希望は砕かれていくように、私たちは奥へと導かれていく。居住域の奥の石階段を上り、三階へと案内された。二階は同じ居住域らしく、わざわざ見せるようなものでもないと言う。

 そうして、私たちは階段を上ったすぐ目の前に配置された部屋へと通される。本当に、階段の目の前に扉が現れたのだ。まるで、その部屋のためだけに三階は作られたかのように。

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