ゲストルーム、というだけありその内装は立派なものであった。ロラの家のダイニング二つほどの大きさはあるだろうか。しっかりとした鏡台に、一人が寝てもなお余裕のあるベッド。そしてそれら全て、当然のように壁も含め白を基調としている。
兵士になってからというものこれほどの一室には踏み入った記憶すらないが、しかし。私にはかつて似た部屋に住まわせてもらった記憶があった。ちょうど広さも似た大きさ。
それはまだ幼い頃、訓練所に入れられるさらに前。アヴィアージュ邸にいた。今や記憶すら曖昧なほど小さな私に、義父はいま眼前にあるゲストルームほどの一室を与えたのだ。ただ思い返せば、両親共に部屋へは入ってこなかったことを考えると、それは白髪の私となるべく関わらないようにするための処置だったのではないか。特別冷たかったわけではないが、今になってはそう思ってしまうのだ。
「クラルスにいる間はここをお使いください」
司教の言葉に反応しながら、改めて部屋を視線で見渡す。造花に降り注ぐ蛍光灯の光の音すら聞こえてくるような静かさ。もちろん音一つない、というわけではなく。ごちゃごちゃと色々な物がなく、煩わしくない部屋という意味だ。
私としては大きすぎる、という感想が浮かぶ。牢獄ほどの広さに慣れてしまった私には、この部屋は落ち着かない。無論ロラの家の二階のことを指しているわけではなく、兵士時代に押し込められてきた倉庫と比べたら、心は波立ち騒いでそわそわする。
「こんな立派な部屋を。よろしいのですか」
立派過ぎやしないか、という意味も込めて。当然、伝わってしまっては困るわけだが。
「いえ、むしろこんな不便な場所で申し訳ございません」
部屋の位置のことを言っているのだろう。それについては本当にそう思うのだが、彼女らからしてみれば私たちを奥に追いやったほうが都合は良い。三階という外出するまでの手間も含め、遠まわしになるべく行動しないでほしいと言われているような気がした。
思えば窓もない。なるほど、アヴィアージュ邸の自室とどこか似ていると思ったのは、広さや家具の配置もあるが、窓が存在しないことが理由だったのである。
「好きに使って頂いて構いません。ここに住んでいる者たちには私から伝えてありますゆえ、少なくとも憲兵の方に通報されるようなことはないかと」
「ご配慮くださりありがとうございます」
頭を下げながら、憲兵の存在について思考する。訓練所にも在ったことを考えると、居住空間の治安維持のために必要なのだろう。それと、もしもし脱走者などが出た場合に。
「それと、外出は自由にして頂いて構いません。元より、私たちに騎士様を拘束する理由はありません。」
慮外の言葉であった。
なにかと理由をつけて、外出はなるべく控えるように言われるように思っていたからだ。ただ、その理由というのを生むことができなかったことから、自由にさせるのだと思う。彼女たちからすれば好き勝手にしてほしくはないだろう、だが取って付けたような理由では、かえって私たちの疑念を強くするだけだ。
なら遠慮なく、好きに動かせてもらおう。
不満があるとするならば、武装を解除するよう言われたことだろうか。もちろん気持ちは分かる。武装した、他国の者に好き勝手うろつかれるのは良い気持ちではないだろう。武装解除は私たちの行動を許す免罪符なのだ。
これはこちらが折れる他なかった。私たちがクラルスを攻撃する意志はないことを示す、手っ取り早い方法だからだ。
さらにもう一つ。
朝の祈祷である。
郷に入っては郷に従えとは言うが。私たちは祈る対象がいない。つまり二度、私たちは信仰などしていない神に祈りを捧げなければならないのだ。形だけでいいとは言うが、恐らく監視をしやすくするためだろう。
祈祷には必ず聖職者が礼拝堂へ案内する必要がある。朝の一番初めの行動を強制することができるのだ。それにより、私たちが外出しようとする時間が把握でき、密偵も出しやすい。
ただそれは、振り切ればいいだけのこと。
私たちは無信仰であり、フリストレールの宗教を裏切るわけではない。この国にいる間はやってほしいと言っているだけで、信仰を強制しているわけではない。
祈るフリさえすれば、後は好きに動いていいのだ。拒否する理由がない。
双剣の彼女が何かを信仰していたのなら申し訳ないが、信仰の強制はしないと言われても口を開かなかったところを見るに、問題はないように思う。
「一つ、よろしいでしょうか」
だがここで、聖女が泉に石を投げ込むように口を開く。聖堂に入ってから凍てついたように黙っていたため、不意を突かれたような気持ちになった。
声は湧き水のように澄んでいる。鈴のような、しかして上官が言うが如く、否が応でも振り向いてしまうような強制さも感じた。
「探していた方は見つかりましたか」
玲瓏たる顔。
まるで詰問でもしているかのよう。
そういえば、私たちはあくまでパスカリスに招かれたという言い分でこの国にいる。つまり彼女たちが彼に私たちを紹介すればいいだけの話だ。
実際にはそうされては困るのだが、しない理由はなんだろうか。
「はい。司教様とお会いした後にお話しすることが出来まして、これから邸宅に向かうことになっております」
嘘は言っていない。
答えたことに対し、聖女は花が咲いたように微笑んで見せた。相変わらず、瞳はこちらの奥底を見定めるような目つきのまま。
「いいえ。もう一度聞きますね。お探しの方は見つかりましたか」
眉が顰められる。
そして突然、喉元を締められたかのような錯覚に陷った。