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episode18 「ではごゆっくり」

 白い廊下を歩いて行く。

 歩きづらい装いだ。借りた手前、あまり文句は言えないが、教会側がどこからか調達してきたひらひらとしたブラウスにロングスカート。咄嗟に動くにはあまりに不向きな服と言えよう。

 石造の階段を下りた先に続く道が、この教会に務めている者が多いことを物語る。これが下の階にも在るというのだから、この国にいる聖職者全てがここにいると勘違いさせるがそうではない。

 あちこちに立つ礼拝堂、そこにも何人か住んでいるという。教皇国家というからには聖職者の数もそれなりにいるのだろうと想定していたが、これは予想を超えている。

 聖職者が多い、というのはあまり良い話ではない。双剣の彼女がいなくなった際、彼らはそこまでの事態ではない、という風な態度であった。

 従って監視の目がそこら中にある、と想定できる。自由行動を許しているのは、恐らくそういった理由からであろう。先ほどからすれ違う聖職者たちがそれを助長している。

 もちろんこれらは想像の範囲でしかない。脳内だけで留めなければなるまいし、口に出すなど以ての外である。

 あちらからすれば、教会内をうろうろしている国外の者など迷惑の何者でもない。しかもそれが居住域というのだからなおさらだ。ただ、私とて、別に邪魔になりたくてこのようなところを闊歩しているわけではない。目的がないのなら、与えられた部屋で一日じっとしていたか、或いは鍛錬していただろう。

 ただ今は目的がある。

 わずかでもいい。双剣の彼女の夫に繋がればいいと、こうして不審に思われつつも教会を見て回っているのだ。

 聖職者たちには既に伝わっているのか、出会うたびに彼らは「こんにちは」と言って私へお辞儀をしていく。ここに私がいることに対し、眉一つ歪ませずに。内心では疑念を抱いているのかもしれない。しかし、彼らはまるで知り合いであるかのように頭を下げて通り過ぎる。

 丁重に、とでも言われているのかもしれない。邪魔をしているわけではないが、それでも私はここでは明らかな異物だ。

 良くは思われていないだろう。

 ただ、そう思われることに私は慣れてしまった。従ってここを探る役目を買って出るのは、当然の流れと言えよう。出来ることをするだけ。

 むしろ、心配すべきはパスカリス邸の様子を窺いに行った、双剣の彼女のほうだろう。

 突然にいなくなり、さらにはその間の記憶はない。さらに私が家の近くに居座っているときに、図ったかのように現れた聖女。先刻、私のことをどう見つけたかを問うたとき、聖女はたまたまだと答えた。

 その奇跡は衰退の一歩を辿っているが、もしもそれが魔法と呼ばれる御業であったなら。仮に、聖女に人を捜索できる力があるとするならば。私たちは今度こそ、クラルスの者を疑っているのかと問われるだろう。

 良くて即刻追放、そして国同士の関係性の悪化といったところか。流石に、アヴィアージュ家に迷惑をかけるわけにはいかない。


 突然に、肩を叩かれた。

 本当に不意に、という風で。私はほんの一瞬だけ、身を縮こませてしまった。


「お貸ししたお洋服はどうでしょうか」


 その鈴の音に振り返る。

 彼女の出現は本当にいきなりで、もし特別な術を持っているとするなら、大層暗殺に優れていることだろう。それくらい、その者には気配というものがない。


「聖女様、お疲れ様でございます。このような素敵な装いをお貸しくださり感謝致します」

「いいえ。わたくしにはもう必要のないもの。ちょうどよい大きさのようでなによりです」


 その口ぶりから、この動きにくい服はどうやら聖女の物らしい。なるほど、聖女、と呼ばれる存在であろうと、何も教会に籠りきり、というわけではない。たしかに、つい先ほど外へ私を探しに来たではないか。外出するときに着用する、このようなお洒落な装いも所持しているらしい。


「騎士様は何をしていらしたのですか」


 特に何をするでもなくふらふらと。その様には疑念がひらりと舞って、話しかけるのは道理だろう。


「見ていたのです、教会を」

「教会を、ですか」


 不思議がるのは当然だ。

 聖女にはこの教会という空間が、当たり前の風景である。わざわざ改めて見て回るという気など起きない。


「教会というものに入るのが初めての経験でして。私にはどこも物珍しく思えるのです」

「なるほど、そうでしたか」


 嘘と言えば嘘である。

 教会に入ること自体は初めてではない。

 だがしかし、宗教施設として成り立っている教会を見るのは初めてだ。戦争で破壊されてしまった教会を駐屯地として使用した、それが教会に入ったという換算に入るのなら、たしかに聖女に投げた言葉は嘘だろう。

 聖女はじっと私の目を、まるで見徹すかのように見つめた。

 そして「ではごゆっくり」という言葉と共に、去って行く。目を見つめられるのはあまり得意ではない。長鎗の彼女の、あの蒼い瞳を思い出すからだ。

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