ゲストルームへ戻ると、双剣の彼女はまだいなかった。昼を過ぎた頃に一旦戻るとのことだったが、思考するには都合が良い。彼女がパスカリスの家より戻る、その前に、脳内を整理しよう。
ひと通り居住域を歩き回ってみたものの、電話が設置されている場所は見当たらない。やはり聖職者を集めて私のことを伝えたか、或いは特別な方法で伝播させたように思う。
ただ、国の決まりとしている朝の祈祷の管理を中止してまで伝えるべきことなのか。もてなすだけなら世話係として誰か付ければいい。監視させ、怪しい行動があれば報告すればいいのだ。
しかしそれをしないのは、やはり私がいなくなった者を探していることを警戒し、皆で注意したほうがいいと判断したためだろう。
そしてやはり、先刻の会話。あの件により、私の中で聖職者たちへの疑念は一層深くなった。
聖女様がそもそも疑り深い目つきなのだ。ふと、どの瞬間に視線をやろうが、その目は私を疑うような、自分を嘲笑うかのような冷やかな表情をしている。
それを信仰する聖職者たち。彼らとは廊下で何度かすれ違っている。その表情は朗らかで、彼女のような眼差しは微塵も感じさせない。聖女も別に顔つきが穏やかではない、というわけではない。唇は綻び、時折花のような明るさが垣間見る。
だが目が笑っていないのだ。
へらへらと白髪を卑しく嗤う上官よりも、私にはそれがこちらの奥底を覗き込まれているようで恐ろしく感じる。身体中に虫を這わせる拷問よりも、むず痒い。
聖職者曰く、聖女は人を落とすことができるらしい。お連れの方だけを、という発言を鑑みるに、双剣の彼女を行方知れずにした行いのことだろう。
本当に、当然にいなくなった。
まるで魔法のように。
あの場に聖女は、少なくとも私が把握できる限りではそれらしき人物はいなかったように記憶している。いいや、攻撃されると警戒していなかったからか、どこかに潜んでいたのかもしれない。
もし目に入っていない者まで連れ去ることができるとしたら、最早対処のしようがないだろう。それだけに、私まで捕らえなかった理由は分からずではある。騎士という地位の者を誘拐することで発生する、いざこざを回避したのかもしれない。そんなこと、考えなくとも、どうせフリストレールにとって何も問題はない。
何故、双剣の彼女を帰したのだろう。
戻ってきたことに対しては有難く思うのだが、人質として何かを要求したわけでもない。ただ突然に攫い、何事もなく返還された。そこに生まれるメリットとデメリットは、一体何なのか。
私の足りない脳では、辿り着ける答えはない。
思考を停止する。
ちょうどいいように、ゲストルームの扉が開いたからだ。
「セシル様。お疲れ様でございます」
座っていたベッドから立ち上がる。双剣の彼女は「ああ騎士様」と返事をすると、一仕事終えたみたいにふうと肩で息をした。
「あの商人の家、見てきたけど別に変ったものは何もなかったよ」
あっけらかんと、彼女は言った。
「侵入したのですか」
「うん、そのほうが手っ取り早いからねぇ」
私ならしない、だが手っ取り早いと言うのには一理ある。
警戒されているというこの状況下で、国民の家に侵入するというその暴挙。見つかった場合、間違いなく殺さなくてはならないということを考えて慎重に動く必要があった。
初手としての行動としては肯定できないが、結果として失敗はしていないのだ。それも考慮し、口はつぐむ。
「ホントに、普通の裕福な人の家って感じだね。本人しか住んでないみたいだったから、入りやすかったよ」
「地下室が隠されていた、ということは」
「ないね」
きっぱりと。
まるで人は空を飛べるかという問いに答えるかのように。
「使ってない子供部屋はあったからきっと、誰かと住んではいたんだろうね」
恐らく別れたか亡くなられたか。不要になったことで使われず、そのままになっているのだろう。
「騎士様のほうはどうだった?」
話を転じる。
それ以上に、報告することがないのだろう。
「聖職者たちは皆セシル様がいなくなったことをご存じでした。それについて、急にいなくなったから私が警戒しているのではと」
「気づいたら大聖堂の前にいたから、教会内ではもう伝わっているのかもしれないね。急によそ者が現れた、ってさ。まあそれまでの記憶がないからなんとも言えないけどさ」
聖女が大聖堂の中へ彼女を攫い、そして解放。そんな流れならたしかに、私たちが個別行動を開始した頃には話は広がっているのかもしれない。
理由については未だ不明だが、なるほど自分を納得させることはできる。
「どうやら聖女様は落とす、恐らく人を攫うことができる力を持っているようなのです。セシル様と分断されてしまったのはそのためなのではないかと思います」
「人を攫うことができる?」
訝しむように、眉間にしっかりと皺を寄せて彼女はその言葉を口外した。
「はい。詳細は分からないのですが、聖職者たちがそう話しておりました。なので、彼らの中では周知の力なのではないかと」
「きな臭いね」
独り言とも言える口調。
双剣の彼女は散歩するかのような足取りで部屋を歩き、やがてベッドの傍らに立つ私のすぐ前へとやってきた。
「ねえ騎士様」
言って、私の両肩を強く押す。
不意のことだったため、私は踏ん張ることが出来ずにベッドの上に仰臥してしまう。報告しているこの状況から、まさかそんなことをするとは思わなかったので、何をされたのか理解するのに時間がかかった。
「動かないでね」
そうして覆いかぶさってきた彼女の手には、いつも腰に下げている双剣の片割れが握られていた。