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第98話再び森へ10

「とりあえず、お茶にしましょう」

というミーニャの言葉でお茶の時間になる。

みんなでお茶を飲んでいると、ベル先生が、

「今日はここで野営じゃな。ああ、一休みしたら解体を始めるぞ」

と、なんとなく嬉しそうな表情でそんなことを言った。

「焼いておしまいじゃないのか?」

と聞く私に、ベル先生が、

「ああ。一応コカトリスの毒は薬にもなるからのう。それに尻尾の鱗は防具の材料になったはずじゃ」

とコカトリスの使い道を教えてくれる。

「ほう。そうだったのか…」

と感心する私に、ノバエフさんが、

「鱗の加工、任せろ」

と、ぼそっと頼もしいことを言ってくれた。

「ああ。頼む」

と返して、微笑みながらお茶を飲む。

そして、私たちがゆっくりと体を休めている間に、まずは元気な「旋風」の3人とミーニャを指導してベル先生がさっそく解体作業に取り掛かり始めた。


やがて私たちも腰を上げ解体作業の手伝いに入る。

「毒には触れんようにしろよ」

というベル先生の注意をよく聞き、分厚い皮手袋をして、慎重に解体作業を進めていった。


やがて日が暮れる頃。

ようやくコカトリスの解体が終わる。

「それじゃぁ、焼いてくれ」

とベル先生が言うと、ノバエフさんが無言でうなずき、コカトリスに火をつけてれた。

さすがにゴブリンやオークよりも長い時間をかけて灰になっていくコカトリスをなんとも言えない気持ちで見つめる。

そして、私の心の中には、

(これでやっと帰れるんだな…)

という安堵がじわりと広がった。

そんな私に、

「おいおい。無事帰り着くまで気を抜くなよ」

とジェイさんが苦笑いでそう声を掛けてくる。

どうやら私は自分で思っているよりもずっとぼーっとした表情をしていたらしい。

そんな自分を少し恥ずかしく思いつつ、

「ああ。そうだったな」

と苦笑いでそう答えた。


「さすがに。ここへ魔獣が出てくることはないじゃろう」

というベル先生の言葉と、

「ひひん!」(うん。いないよ!)

というライカの言葉に一同が安心して眠りに就く。

私はコユキを抱き、ライカにもたれかかりながら、美しく輝く初夏の星たちの下、久しぶりにゆっくりとした睡眠をとった。


翌朝。

すっきりとした気持ちで起き、朝食をとる。

そして、いつものように手早く準備を整えると、なんとも言えない清々しい気持ちで帰路に就いた。

帰り道でもやはり魔獣に遭遇する。

しかし、みんなの活躍もあって問題無く撃退し、私たちは無事、フェンリルの縄張りの中へと入ることができた。

またゆっくりと体を休めて、翌日。

フェンリルに無事討伐したことを報告にいく。

いつものようにフェンリルがいる場所へ到着すると、そこにはいつもと違ってすでにフェンリルが待っていてくれた。

「無事、終わったよ」

と、にこやかに報告する。

そんな私にフェンリルも微笑み、

「ええ。ありがとう」

と言ってくれた。

私の胸元で、

「きゃん!」

と甘えたような声を上げるコユキを地面に降ろし、母のもとに向かわせてやる。

母のもとにトテトテと駆けていくコユキの姿を見ていると、なんとも言えず心が和んだ。


いつものようにコユキを胸に入れ、フェンリルが、

「そう。それはすごかったわね」

とか、

「あら。そんなことがあったのね」

と言って微笑んだり驚いたりする。

きっとコユキを通して今回の冒険の顛末を聞いているのだろう。

私たちはそんな親子の会話を微笑ましく聞きつつ、ミーニャが淹れてくれたお茶を飲み、ゆったりとした時間を過ごした。


やがて、フェンリルがこちらを向き、

「いろいろあったようね。本当にご苦労様」

と微笑みながら声を掛けてきてくれる。

「いや。教えてもらった防御魔法のおかげだ。ありがとう」

と返すと、フェンリルは嬉しそうに笑い、

「これからも村のために尽くしなさい」

と、まるで母親のようなことを言ってきた。

「ああ。領主だからな」

と冗談めかしてそう答える。

するとフェンリルは、

「ふふふっ」

と優しく笑ってくれた。


やがて、夕闇が近づいてきた頃。

「じゃぁ、これからもコユキのことをお願いね」

と言って、フェンリルが消える。

私は少し寂しそうにしているコユキを抱き上げ、

「さて。ご飯にしようか」

と声を掛けた。

「きゃん!」(ミーニャのスープ!)

と、とたんに元気な声を上げるコユキを優しく撫でてやりつつ、みんなのもとに向かう。

そして、いつも通り美味しいミーニャのスープをみんなで食べて、その日もぐっすり眠らせてもらった。


翌日からはやや急ぎ足で屋敷を目指す。

すると、森の入り口のところでハンス率いる衛兵隊の一隊と出会ったので、無事片付いたことを告げ、ついでに屋敷への先ぶれを頼んだ。

その日はそのままそこで野営にする。

(さて。明日はいよいよ到着か)

と思うと、なんだか心が温かくなるのを感じた。


翌朝。

森を出て屋敷へ続くあぜ道を行く。

特に速足の合図は出していなかったが、ライカも久しぶりの家が恋しいのだろう。

その足は自然と速足になっていた。

屋敷の門の前にバティスがいるのが見える。

「おーい」

と言って手を振ると、バティスはこちらに向けて軽く手を振り、すぐに屋敷の中へと入っていった。

きっとみんなに私の帰還を告げにいってくれたのだろう。

私はそんなことを思って、微笑みながら久しぶりに我が家の門をくぐる。

そして、玄関に着くとそこには家族全員が待っていてくれた。

ライカから降り、まずは父に向かって、

「無事討伐してまいりました」

と帰還の報告をする。

そんな私に父は、

「うむ。ご苦労だったな」

と感慨深そうにそう言って、私の肩を軽くポンと労うようにひとつ叩いてくれた。

続いて、

「みんなもありがとう」

と、ベル先生やジェイさんを始め、今回の討伐に参加してくれたみんなにお礼の言葉を掛け、頭を下げる。

そんな父に倣って私も頭を下げると、ジェイさんがみんな代表して、

「おいおい。やめてくれ。照れちまう」

と、いかにも照れくさそうにそう言って頭を上げてくれと言ってきた。

「ははは。親子そろって真面目じゃのう」

と言ってベル先生が笑う。

そんな笑いがみんなに広がって、その場が笑顔に包まれた。


そんな和やかな雰囲気のまま玄関をくぐる。

すると、そこにはエリーが待っていてくれた。

「おかえりなさいませ!」

と嬉しそうな顔でいうエリーの目には涙が浮かんでいる。

私はその涙を見て、なんだか申し訳ないような気持ちと同時に、心のそこから嬉しい気持ちが溢れてくるのを感じた。

「ただいま」

と万感の思いを込めたひと言をエリーに送る。

すると、エリーはもう一度、

「おかえりなさいませ…」

と言って、その瞳からこぼれる涙をそっと拭った。


そんなエリーの肩をマーサが優しく抱きつつ、

「うふふ。今夜はご馳走をたっぷりお作りする予定ですのよ」

と嬉しそうにそう声を掛けてきてくれる。

私がそれに、

「ははは。そいつは楽しみだ」

と笑いながら返すと、横からベル先生やジェイさんも嬉しそうに、

「ナポリタンはあるんじゃろうな?」

とか、

「カレーか?カレーなのか?」

と子供のように目を輝かせながらエリーにそう聞いた。

「うふふ。どちらもお作りしますね」

とエリーがおかしそうにそう答える。

すると、ベル先生とジェイさんは、

「やった!」

「よっしゃ!」

と大袈裟に喜びお互いの手と手を合わせていわゆるハイタッチを交わした。


「うふふ。まずはお風呂を使ってくださいな」

とエマが優しく声を掛けてきてくれる。

「じゃぁ、まずはご領主様から使ってくれ」

と言うジェイさんの冗談めかした声に甘えて私はコユキを連れさっそく風呂場へと向かった。


風呂から上がりいったん自室に戻って今回の冒険の記録を簡単にまとめる。

そうしているうちに、窓からは西日が差し込んできて、いつものようにミーニャが、

「ご飯の支度が整いましたよ」

と私を呼びに来てくれた。

「ああ。今行く」

と微笑みながら返事をして席を立つ。

そして、

「今日はトンカツもから揚げもミートボールもあるんですよ。あと、オムライスも!」

と嬉しそうに言うミーニャの声を聞きながら、ウキウキとした気持ちで食堂へと降りていった。


食堂の扉を開けた途端、美味しそうな匂いが漂ってくる。

みんな笑顔だ。

私はそんな笑顔を見て、

(本当に無事、帰って来られて良かった…)

と心の底から喜びを感じつつ、

「待たせたな」

と短く言って自分の席に着いた。

やがて料理がそろい、「いただきます!」の声が食堂に響き渡る。

まるで親戚の家でやる宴会のような楽しい夕食は夜更けまで楽しく続いた。


ジェイさんたちや「旋風」の3人を玄関で見送り自室に戻る。

ほんの少し酒で火照った頬を冷まそうとベランダに出て夜風に当たった。

初夏の爽やかな風が心地よく頬を撫でていく。

私は改めて、

(終わったんだな…)

と実感すると、離れの灯りに目をやり、

(守れて良かった)

と心の底からそう思った。

満月と星々がきらめく明るい夜空を見上げて、微笑みながら、

「ふぅ…」

と短く息を吐く。

その瞬間私の体から力が抜けていくのを感じた。

(自分が思うよりずっと気を張っていたのかもしれんな)

と少し苦笑いしつつ、軽く伸びをする。

そして、私はもう一度軽く深呼吸をして、部屋の中へと戻っていった。

すでに眠ってしまっているコユキを軽く撫で、自分も床に就く。

軽く目を閉じると、あっという間に眠気が襲ってきた。

(やはり疲れていたんだな)

と思いつつ、その眠気に身を任せる。

やがて私は自然と意識を手放し始めた。

どこかで静かに虫が鳴く。

私はその平和な音色を和やかな気持ちで聞き、今回の大冒険が本当に終わったことを感じながら、静かに今日という一日を終えた。


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