コカトリス討伐から帰ってきた翌日。
いつもの習慣で早朝に目覚め、稽古に出るとそこには木剣を持ったミーニャがいた。
「おはようございます。本日からよろしくお願いします!」
と元気な挨拶をしてくるミーニャにこちらも清々しい気分で、
「ああ。おはよう。よろしく頼む」
と挨拶を返してさっそく稽古に入る。
お互いに軽く型の練習をしたあと、ゆっくり打ち合い、その後は自分自身の稽古に充てた。
私はいつものように魔法の訓練に取り掛かる。
ゆっくりと集中を高め全身に魔力を循環させてから、まずは風の魔法と水の魔法を試し、最後に火の魔法をやってみた。
相変わらず火の魔法はほんの少ししかできず、小さな火の球がふよふよと浮く程度の結果しか出ないのを見て、
(なにか効率の良い訓練方法はないだろうか?なんとなくだが、何も無い所にいきなり火だけを顕現させるというのはどうもイメージが難しい…)
と思いつつ、
(後でノバエフさんにでも相談してみるか…。いや、ベル先生でもいいかもしれんな)
などと思いながら訓練を終える。
すると、良い感じに腹が減って来て、
「ルーク様。そろそろ朝食のお時間ですよ」
という声がミーニャから掛けられたところで私たちは稽古を切り上げ朝食の席に向かった。
キッシュや焼き立てのパンが並ぶ朝食を終え、執務室に入る。
机の上に置かれた山積みの書類を見ると、
(帰って来たんだな…)
と苦笑いとともに改めてそんなことを実感した。
夏の明るい日差しが入って来る執務室で、書類を片付けていく。
侯爵領から来た定期便第一陣の明細やこの領から出した輸出物の一覧を確認して過不足や不利な取引が無かったかを確認すると、やはりまだまだこの領の産物が安く見積もられているような傾向が見て取れた。
(これは、あちらの商人が手強いというのもあるが、領民がまだ自分たちが作ったものの価値を正確に判断できていないことにも原因があるかもしれん。その辺りの周知をきちんとせねば…。まぁ、当面の間は私が先頭に立って交渉するしかないだろうな。適正な価値がわかればうち領民たちもなんとなく交渉の感覚を掴んで、そのうち自分たちで交渉できるようになってくるだろう)
と考えつつ、各村の村長や交渉に当たった商人たちに向けて、私が希望する取引価格を書いた一覧を作成し、ミーニャに渡してきてくれるよう頼んだ。
そうやって、ここ最近の各村から出された要望をまとめ、
(また藍の採取に行かねばならんな。それに果物類もそうだ。その辺りは衛兵隊に任せられるとして、新しい作物探しには私とベル先生が出た方がいいだろう。そのうち調整せねばな)
と今後の計画を練っていると、執務室の扉が軽く叩かれ、
「ドワイトさんがお見えになりましたよ」
というミーニャの声が聞こえてきた。
「ああ。通してくれ」
と言いつつ、席を立つ。
そして、
「おう。久しぶりだな。旦那」
と笑顔で入って来るドワイトさんにソファを勧めながら私もドワイトさんの対面に座った。
「なにかあったのか?」
と一応の定型句として軽くそう訊ねる。
するとドワイトさんは笑って、
「なにかもなにも、役場と薬院の完成報告だ」
と、どこか得意げにそう言ってきた。
「おお!ついに出来たか!」
と喜びのあまり立ち上がってドワイトさんに右手を差し出す。
そんな私の喜びようにドワイトさんはニカッと笑って、
「はっはっは。細かい所まで作り込んでたらちょいと遅くなっちまった。すまねぇな」
と言いつつ、私の手を握り返してきてくれた。
「さっそく見に行かせてもらおう」
と急かすように言う私にドワイトさんが、
「おいおい。とりあえずお茶の一杯くらい飲ませてくれよ」
と苦笑いでそう言ってくる。
私は、少し恥ずかしくなりつつも、
「ああ。そうだったな」
と言って再び席に着き、ミーニャが淹れてくれたお茶を飲みながら、ドワイトさんが持ってきてくれた完成図面を確認した。
完成図面を見る限り、不足はない。
私は感動しつつ、詳細をあれこれ聞くと、ドワイトさんは、
「家具やら装飾は辺境らしく少し控え目にしといたが、どこの貴族様に見せてもバカにされないようにしといたぜ。自分で言うのもなんだが、かなりの出来だ」
と自慢気にそう言ってきた。
「それは楽しみだな」
と本当に期待を込めた目でドワイトさんを見ると、ドワイトさんは、少し照れたような顔になりつつも、満足そうにお茶をひと口飲み、
「ははは。薬院の方も見てもらいたいから西の賢者殿も連れて午後にでも見に来るといいさ」
と嬉しそうな顔でそう言った。
その後、少し世間話をして、ドワイトさんが執務室を辞する。
私はなんとも言えないウキウキとした気持ちでまた机の上にある各種書類を片っ端から片付け始めた。
書類仕事が一段落ついた頃。
「そろそろお昼ですよ」
というミーニャの呼びかけで食堂に下りていく。
そして、昼食の席でベル先生に役場と薬院が完成したことを告げると、
「お!ついに完成したか。よし、さっそく見に行こう」
とベル先生もやや興奮気味でそう言ってきた。
昼食を終え、さっそくベル先生と2人で新しく建った建物に向かう。
外観は何度も見ているが、中に入らせてもらうのは初めてだ。
田舎風と言えば田舎風だが、どこか威厳と趣のある洋館といった感じの建物をまずは外から軽く眺め、私たちはやや緊張しながら、その大きな玄関のドアを開けた。
新築ならではのいい木の香りが漂ってくる。
(ああ、いい感じじゃないか…)
と中に入って玄関ホールの雰囲気を見たところで率直にそう思った。
「ほうなかなかじゃのう」
と言ってベル先生もその玄関ホールをきょろきょろと物珍しそうに眺めている。
どうやらこちらも好感触を得たようだった。
そこへドワイトさんがやって来る。
そして、私たちが楽しそうな目で建物を観察している姿を見ると、
「ははは。早かったな。さっそくだが案内するぜ」
とどこか満足そうにそう言って、私たちに建物の中を案内して回ってくれた。
「まずはご領主様の執務室だ」
と言って案内された執務室に入る。
部屋の中は明るく、壁一面には本棚が設置されている。
広い机に今までよりも立派な応接家具。
それにどうやら執務室の隣にはメイドの控え室まで備えられているようだ。
(これならたいていの客はもてなせるな)
と感じつつ、さっそく領主の席に着いてみる。
目の前にある机の、立派な木目が浮かぶ綺麗な一枚板の天板は質実剛健という感じながらも見るからに一級品で、
(広さもあるし、それなりの威厳もある。これは仕事がはかどりそうだな…)
と思わせてくれるのに十分な作りをしていた。
「どうだ?」
と言うドワイトさんに、
「完璧だ」
と微笑みながら答えて次の部屋に移る。
メイドの控室に将来職員たちが働く事務室。
それに資料室や会議室を見て回ったが、どれも要求通り十分な広さがあり、特に会議室は衛兵隊も合わせて大人数でも会議が出来るような作りになっていた。
一通り見て回り、
「ありがとう。完璧だ」
と改めてドワイトさんに右手を差し出す。
するとドワイトさんは、
「ははは。言われた仕事をしたまでさ」
と、やや照れたような様子でそう答え、力強く私の手を握り返してきてくれた。
次に薬院の方に移る。
こちらはベル先生の要望通りやや落ち着いた雰囲気で、待合室や処置室も今のところ十分な広さがあるように思えた。
その様子にベル先生は納得の表情を浮かべつつ、肝心の研究室の方に移る。
そこには薬品を保管しておく棚や倉庫がけっこうたっぷりめに用意されていた。
もちろんベル先生が作業をする机もあるし、きっと調合なんかに使うのであろう台もいくつか設置されている。
「うむ。良さそうじゃな」
と満足げ気微笑むベル先生とドワイトさんが握手を交わしたところで、今度は離れになっているベル先生やその弟子たちが住む住居の方へと移動した。
「家なんて住めればそれでよい」
と言ってベル先生はさほど多くの注文を出さなかったが、そこは一応高貴な身分であるらしいベル先生が快適に住めるよう、ちょっとした貴族の別邸と言う雰囲気の建物を建てさせてもらった。
「ほう。メイドの部屋まであるのか…。誰か適当なメイドを紹介してもらえるか?」
と言うベル先生に、
「ああ。すぐに問い合わせよう。もしよければ獣人の里から募ろうと思っているが構わんか?」
と聞く。
するとベル先生は、
「ああ。構わんが、なんで獣人の里なんじゃ?」
と不思議そうな顔で聞いてきた。
「いや。ベル先生のお供をするならある程度森の中で行動できる方がいいかと思ってな」
と私が獣人を選んだ理由を説明する。
そんな説明にベル先生は、納得してくれたらしく、
「うむ。そういうことか。ははは。これからも採取がはかどりそうじゃわい」
と嬉しそうにそう言ってくれた。
やがて、ドワイトさんに礼を言って建物から出る。
そして、
「引っ越しはいつになさいますかい?なんなら若い連中を手伝いに出しますよ」
と言ってくれるドワイトさんに、
「そうだな…。こちらの荷物の整理もあるから5日ほどもらえると助かるが…」
と言いつつ、ベル先生に視線を送る。
すると、ベル先生もうなずいて、
「そうじゃな。そのくらいあれば私も準備できるじゃろう」
と言うので、引っ越しは5日後と決まった。
「じゃぁ落成式はその翌日ですな。はっはっは。今から料理が楽しみでさぁ」
と言って豪快に笑うドワイトさんに別れを告げて私たちはいったん屋敷へと戻っていった。