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第102話猫と酒盛り

~ベル先生視点~

新居に移って5日ほど経っただろうか。

まだ慣れない感じのセリカと一緒に朝食をとる。

セリカは真面目な子だが、どうやら少し真面目過ぎて人見知りをするところがあるらしい。

(まぁ、時間をかけて馴染んでいくしかないじゃろうな…)

と思い、一生懸命私に気を遣っているセリカを微笑ましく思いながら焼き立てのパンを頬張った。


やがて朝食を終え、薬院の研究室に移る。

新しく出来たばかりの研究室はまだ物が揃っていないものの、なかなかの使い勝手で、さすがはドワーフの職人が丹精込めて作ったものだと思わせる素晴らしい出来の研究室だった。

そんな研究室に入り、

(さて。子供の腹痛の薬が心もとなかったはずじゃったな…。それから作ってしまうか)

と思い、さっそく材料になる薬草を薬草庫から持って来る。

そして、それを煮出したりすりつぶしたりして丸薬を作っていると、「コンコン」と扉を叩く音がして、

「あのー…」

と遠慮がちなセリカの声が聞こえてきた。

「ん?なんじゃ?」

と、薬作りを続けながら気軽な感じでそう聞き返す。

すると、またセリカの遠慮がちな声が聞こえて、

「お知り合いだという猫ちゃんが訪ねて来ておられますが…」

と、妙なことを言った。

「猫?」

と思わず聞き返す私に、セリカの胸元から、

「にゃぁ」(久しいの。ベル)

という声が聞こえてくる。

私はその声を聞いて、

「な!?」

と言うと、薬作りの手をいったん止めてセリカの方へと近寄っていった。

「久しいな。森の賢者殿」

と言いつつ右手を差し出す。

するとその猫は、

「にゃぁ」(うむ。そちも元気そうでなによりじゃ)

と言いつつ、私の右手をぷにぷにの肉球でテシテシと軽く叩いてきた。

「ははは…。相変わらず唐突じゃのう…」

と苦笑いしつつも、

「セリカ。すまんがここにお茶を持ってきてくれ」

とセリカに頼みつつ、森の賢者を預かる。

森の賢者は、大人しく私に抱かれ、

「にゃぁ」(渋めにしてくれよ)

とセリカにひと言注文を付けた。

「ははは。相変わらずじじむさいのう」

と軽く悪態を吐くと、

「にゃぁ」(お互い様じゃ)

と、あちらも笑顔で悪態を吐き返してくる。

そんな会話を交わして適当な椅子に座り森の賢者を机の上に乗せると、

「で。何用じゃ?」

と遠慮なく本来の用件を聞いた。

「にゃぁ」(なに。たまたまそちの名を風の噂で聞いてのう。懐かしくなって会いにきてやっただけじゃ)

と言う森の賢者に、

「…相変わらず風来坊なことよ…」

と少しため息交じりに応える。

すると森の賢者はさもおかしそうに笑って、

「にゃぁ」(フェンリルからいろいろ聞いておるぞ。なんだか楽しそうな場所じゃないか)

と言ってきた。

そんな言葉に、軽くため息を吐きつつ、

「相変わらず自由じゃのう」

と言うと、森の賢者はまた笑って、

「にゃぁ」(おぬしほどではないわい)

と、おかしそうにそう言ってきた。


やがてお茶が来くる。

セリカは、

「えっと…。緑茶でよろしかったのでしょうか?」

と聞いてきたが、

「なに。かまわん。こやつは人間と同じものが食えるでな」

と答えて、ついでに、

「昼も私と同じものを少量分けてやってくれ」

と言い、セリカをいったん下がらせた。


そこからはよもやま話になる。

「にゃぁ」(フェンリルに聞いたが、面白い人間がおるらしいのう)

と言う森の賢者に、

「ああ。私が見た中でもとびっきりの逸材じゃ」

と答えると、森の賢者は、興味深そうに目を細め、

「にゃぁ」(ほう…。そいつは会ってみたいのう)

と、なにやらイタズラ顔でそう答えてきた。

「ははは。ならば午後にでも紹介してやろう。ケットシーの存在は知らないだろうから、きっと驚くぞ」

と笑いながら言う私に、森の賢者も、

「にゃぁ」(ははは。ちょっとしたイタズラ気分じゃのう)

と言って笑う。

そして、それからも昔話をしていると、あっと言う間に昼の時間となった。


「お昼ができました」

と言うセリカの声を聞いてさっそく家に戻り食卓に着く。

その日の昼はベーコンとトマトのピザだった。

「にゃぁ」(む。おぬし、なかなかやるのう)

と森の賢者がセリカを褒める。

すると、セリカはまだ森の賢者の存在に若干戸惑いつつも、

「…ありがとうございます」

と言って軽く頭を下げた。


そんな食事を終え、午後は役場に向かう。

ルークの執務室を訪ね、

「忙しい所すまんな。ちと珍しい客が来たので紹介しに来たぞ」

と言うと予想通りルークは驚いたような顔を見せた。


その後、久しぶりにルークの家で夕飯を食べ、家に戻る。

私に抱かれた森の賢者ことナツメは、

「にゃぁ…」(あのマヨネーズというものはいいものじゃったのう…)

と言ってとろけたような表情を見せていた。

翌日。

午前中は久しぶりにナツメと薬草についての話をし、近いうちに一緒に調査に行こうという話になる。

そして、昼時。

私がジェイの所にも挨拶に行かないといけないがどうする?と聞くと、ナツメは、

「にゃぁ」(あやつの所に行くなら夜でよいじゃろう。どうせ酒盛りになるじゃろうからな)

と言ってきた。

そんな言葉を聞いて私は、

「ははは。まぁ、そうじゃな。という訳だからセリカ。今夜は差し入れるつまみをいくつか作ってくれんか?」

とナツメに答えてセリカに話を振る。

そんな私にセリカは少し苦笑いをして、

「かしこまりました。マヨネーズたっぷりのポテトサラダと…そうですね、から揚げをお作りしましょう」

と言ってくれた。

「にゃぁ」(おお。それは良いな。うむ。楽しみにしておるぞ)

とナツメが嬉しそうな表情を浮かべる。

そんなナツメに私もセリカも微笑ましいような苦笑いを送り、ほのぼのとした雰囲気で昼のうどんをすすった。


午後はコユキやライカの所に遊びに行くというナツメを見送り薬作りに精を出す。

夏バテに効く薬草茶や傷薬なんかを調合し、気が付けばあっと言う間に夕方になっていた。

「にゃぁ」(おい。そろそろ行くぞい)

というナツメの声を聞いて仕事を切り上げるとさっそく家に戻っていく。

そして、

「楽しんできてくださいね」

というセリカの明るい声に見送られて私たちはジェイたちが住む長屋へと向かっていった。


小さな商店街とも言えない商店街を通って長屋がある区画に入る。

そして、ジェイたちが住む部屋の前に着くと、

「おーい。客を連れてきたぞ!」

と無遠慮に声を掛ける。

すると、

「おう!」

と野太い声が聞こえて部屋の中からジェイが出てきた。

「おう。どうした?」

と言うジェイに、

「客じゃ」

と言ってナツメを掲げて見せる。

するとジェイはかなり驚いたような顔を見せ、

「なっ!?…久しぶりだなぁ…」

と、やや言葉に詰まったような様子でそう言った。

そんなジェイに、

「にゃぁ」(はっはっは。久しいのう)

と言ってナツメが笑いながら返事をする。

するとジェイはやっと正気を取り戻したように、

「ははは…。こいつぁ楽しくなりそうだ」

と苦笑いを浮かべながらそう言った。


「まぁ、とりあえず入れよ」

と言うジェイに、

「どうせ酒盛りになるじゃろうから差し入れを持ってきたぞ」

と言い、料理とワインが一本入ったバスケットを差し出す。

するとジェイは、

「ははは。そいつぁ準備のいいこった。じゃぁ、さっそくアイン達も呼んでくるから中で適当に待っててくれ」

と豪快に笑いながらそう言い、さっそくアイン達を呼びに行ってしまった。

「にゃぁ」(相変わらずせっかちなやつじゃのう)

と言ってナツメが笑う。

私も、

「まぁ、そういう格式張らないところがヤツの良いところなんじゃろうよ」

と言って苦笑いすると、遠慮なくジェイの部屋に上がり込み、食堂で適当な椅子に腰かけた。


やがてジェイがアイン、ノバエフを連れて戻ってくる。

「本当ならドワイトや『旋風』のやつらも誘いたかったが、この部屋じゃ狭いからな。まぁ、いずれ一緒に飲む機会もあるだろうよ」

と言いつつ、また無遠慮にどっかりと椅子に座るジェイに続いてアインとノバエフも適当に座り、

「久しぶりっすね。森の旦那」

「久しぶりだ」

とそれぞれナツメに挨拶をした。

それにナツメが、

「にゃぁ」(うむ。久しいの。ああ、先ほどここの領主にナツメという名をもらった。これからはナツメと呼ぶがいいぞ)

と、いつものように鷹揚に応える。

すると、ジェイが、

「ほう。やっぱりルークは名付け上手だな」

と感心したようにそう言い、続けてアインも少し笑いながら、

「じゃぁ、今夜は森の賢者殿の命名記念っすね」

と言うと、そこからさっそく酒盛りの準備が始まった。


ワインを開け、ポテトサラダとから揚げを食卓に広げる。

ついでにジェイが適当な煮込み料理を鍋ごとドンと置き、火酒が入った瓶とコップを持って来るとそれだけで酒盛りの準備は完成した。

「乾杯!」

と声を揃えてさっそく酒を飲む。

私たちはコップで飲み、

「ぷはぁ…」

とか、

「くぅ…」

と言う声を上げたが、ナツメは小皿に入れたワインをぺろぺろと舐めるように飲み、

「ふみゃぁ…」(やはり酒は美味いのう…)

と満足げな声を上げた。


「よっしゃ。食おうぜ」

と言ってアインが料理を適当に配り始める。

どうやらその煮込み料理はご近所さんの手作りらしい。

鹿肉と大ぶりに切られた野菜がいかにも辺境らしい風情を醸し出していた。

「にゃぁ」(これはこれで美味そうじゃのう)

と言ってナツメがさっそく鹿肉にかじりつく。

ジェイも適当にポテトサラダに手を伸ばして、

「お。こいつぁいいな。セリカっつったか?あのメイドやるじゃねぇか」

と、うちのセリカの料理を褒めてくれた。

「ああ。セリカは手先が器用でな。しかも物覚えがいい。これから良いメイドになるじゃろうて」

と、やや自慢げにそう答える。

するとジェイはニコリと笑って、

「そいつぁ良かったな」

と、なんとも微笑ましいような視線を私に送って来た。

「ふん…」

と少し照れつつワインを飲む。

そんな私の横からナツメが、

「にゃぁ」(吾輩にもポテトサラダとやらを寄こすがよいぞ)

と、なんとも呑気な要求を突き付けて来た。


そこから大いに飲み食いし、酒盛りは楽しく進んでいく。

やはりナツメは今ジェイが仕込んでいるという酒のことが気になるようで、

「にゃぁ」(そんなに美味いのか?)

とか、

「にゃぁ」(早よう飲んでみたいものじゃ)

と言いつつご機嫌でワインを舐めていた。

やがて、ひとしきり食事が落ち着き、ナツメの目がとろんとしてきたところで、

「俺たちはまだまだ飲むぜ」

と言うジェイたちに別れを告げて家に戻っていく。

長屋を出て、夏の夜風をふんわり浴びると、酒で上気した頬が気持ちよく冷やされていくのを感じた。

私の腕の中で、ナツメが、

「ふみゃぁ…」

と幸せそうな声を上げる。

それを見て、私は、

(ふっ。相変わらず自由なやつよ)

と苦笑いを浮かべつつその頭を軽く撫でてやる。

するとナツメはまた気持ちよさそうに、

「ふみゃぁ…」

と鳴き、私の腕の中で丸まってしまった。

そんなナツメの体温を感じつつ、家路をたどる。

満月に照らされた明るい夜道はなんとも平和で長閑なこの村を象徴しているように思えた。

(しばらくは退屈しそうにないのう…)

と思いつつ、ひとり苦笑いを浮かべる。

そして私は早くも眠ってしまっているナツメをまた軽く撫でてやりつつ、夜空を見上げ、

(さて。明日はどんな一日になることやら)

と思い微笑みを浮かべた。


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