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第103話ナツメも一緒に調査に行こう01

ナツメがうちの領にやって来て10日ほどになる。

最近はずいぶんと暑くなってきた。

そんな夏の暑さを感じつつ、いつも通り早朝から稽古に出る。

裏庭に出て先に来ていたミーニャと、

「おはようございます!」

「ああ。おはよう」

と挨拶を交わし、型の稽古をしていると、

「にゃぁ」(朝から精が出るのう)

とナツメから声を掛けられた。

珍しい客の登場に少しだけ驚きつつ、

「おはよう。どうした?」

と声を掛け返す。

するとナツメは、

「にゃぁ」(うむ。ベルがちょっとしたものだというので見学させてもらいにきた。かまわんか?)

と猫らしく顔をクシクシやりながらそう聞いてきた。

「ああ。いつも通りの稽古でよければ見ていってくれ」

と苦笑いで答えてまた稽古に戻る。

やがて剣の型の稽古を終え、私は魔法、ミーニャは剣の稽古という風に分かれる。

私はいつものように桶の水を動かしたり球にしたりして軽く集中力を高めたあと、体全体に魔力を行き渡らせて身体能力を上げる身体強化の状態を作り上げた。

その状態で再び木刀を振るう。

そして、その最後に裂ぱくの気合を込めて風魔法を放ち、これから薪になる丸太を一刀のもとに両断した。

「にゃぁ」(うむ。よい稽古をしておるのう)

とナツメがどこか満足そうに声を掛けてくる。

私はそれに、

「ははは。恐れ入りましてございます」

と冗談を返した。

そんな私に、ナツメがいつものように鷹揚な態度で、

「にゃぁ」(まちっと丹田に気を溜めるような感じでじっくり魔力を練ってから全身にゆっくり巡らせていくことを意識せい。さすればもっと効率よく魔法を使えるようになるぞ)

と助言らしきものをしてくる。

私はその言葉に驚いて、

「ナツメは魔法が使えるのか?」

と思わず聞いてしまった。

「にゃぁ」(おいおい。吾輩は森の賢者であるぞ?)

と言ってナツメが苦笑いを浮かべる。

私は一瞬ハッとして、

「ああ、いや。それは失礼した」

と言って軽く頭を下げた。

「にゃぁ」(はっはっは。よいよい。それより、やってみい)

というナツメの言葉に促されてもう一度集中を高める。

(じっくりと…。じっくりと丹田に気を溜めるようにして…)

と意識してやるとこれが意外と難しかったが、やってみると確かにこれまでよりも効率よく魔力というものを扱えているような感覚になった。

(…意外と集中が難しいな…)

と思いつつ、また木刀を振る。

そして、同じように丸太に向かって木刀を振り下ろすと、丸太は先ほどよりも軽い手応えでスパッと両断された。

それを見たナツメが、

「にゃぁ」(うむ。その調子じゃ。これからもその調子でやってみるとよい。さすれば他の魔法の精度も上がるじゃろうて)

と満足げに言う。

私はそんなナツメに苦笑いしながらも、

「ありがとう。いいことを教えてもらった」

と言って軽く頭を下げた。

その後も少し木刀を振って稽古を切り上げる。

そして、井戸端で軽く汗を流すと、ミーニャを伴って屋敷へと戻って行った。


その後、いつものように温かい朝食を食べて、仕事に向かう。

(今日は夏野菜の収量報告をまとめなければな…)

と思いつつ執務室に入ると、さっそく各所から上げられてきた報告書に目を通し始めた。

報告書を見ると、今年はどうやらナスの生育がそれほど良くないらしい。

(マーボーナスと漬物に影響が出るな…。ああ、そう言えばナスの揚げ出汁はまだこの世界で食べてないぞ)

とバカなことを考えつつも、

(この程度の不作なら問題無いだろうが、念のためあとで村長のバルドさんに様子を聞きにいくか)

と考えながら、その他の作物の状況をつぶさに見ていく。

その結果、どうやら生育が悪いのはナスときゅうりらしいということがわかった。

その代わりといってはなんだが、トマトは順調のようだ。

ブドウも豊作の兆しが見えるとのこと。

私はそれらの状況に、

(漬物の生産が落ち込むのは痛いが、今年はその分ケチャップ祭りだな…。ん?そう言えばこの世界にはぬか漬けがない。早急に作らせなければ…)

と、またバカなことを考えつつも農業生産全体に深刻な問題は起こっていないことに安心し、いったん書類を閉じる。

すると、そこへミーニャがやってきて、

「お昼の時間ですよ」

と言ってくれるのに、

「ああ。今日も飯が楽しみだな」

と冗談交じりにそう答えると私は席を立ち屋敷へと戻っていった。


昼を済ませ午後。

(今日の昼に出たアユの塩焼きは美味かった。やはり旬のものはいいな…)

と思いつつライカの背に揺られる。

私の胸元の抱っこ紐の中ではコユキが丸まってうとうとしていた。

(たくさん食べて寝て、ゆっくり大きくなれよ)

と妙な親心を持ちつつ村長宅を目指す。

村長宅に着くと、ちょうどバルドさんがいてくれたので、夏野菜の状況についての聞き取りを行った。

バルドさん曰く、作柄は良くないが、変な病気や害虫が出たわけではないから、いわゆる裏年というやつだろうとのことだったので、ひとまず安心する。

しかし、こればっかりは油断大敵というものだろうから、これからも何か異常があればすぐに報告して欲しいと念を押して村長宅を後にした。

途中、忙しく働く村人たちに労いの言葉を掛けつつ役場に戻る。

そして、まとめた報告書に「今年は裏年らしい」という一文を追加していると、そこへベル先生とナツメがやって来た。


「忙しい所すまんな」

「にゃぁ」(邪魔をするぞ)

と言うベル先生とナツメに、

「いや。一段落ついたところだ。で、何か用か?」

と気軽に答える。

するとベル先生が、こちらもまた気軽な感じで、

「うむ。そろそろまた調査に行こうと思っておったところじゃが、一緒にどうじゃ?」

と調査に同行しないかと誘ってきてくれた。

「おお。それはいいな。是非一緒に行かせてくれ」

と二つ返事で答える。

そんな私にベル先生は少しだけ笑って、

「机にかじりつきっぱなしというのも肩が凝るじゃろう」

と冗談めかしてそう言ってきた。

「ははは。そうだな。そろそろ体を動かさなければと思っていたところだ。誘ってくれてありがとう」

と答えてこちらも笑みを浮かべる。

そして、その場で軽く打ち合わせをし、出発を明後日とした。


屋敷に戻って夕飯を食べながらそのことをみんなに伝える。

いつものことでみんなもう慣れたのか、それぞれに、

「いってらっしゃい」

とか

「気を付けて」

というような言葉を笑顔で掛けてきてくれたのに安心しつつ、その日もゆっくりと夕食を楽しみ、いつものように床に就いた。


翌日の午後を準備に充てて、翌々日。

朝食後、さっそくミーニャと一緒にベル先生の家に向かう。

ベル先生の家に着くと、ベル先生はすでに玄関前に出て来ていて、その隣には防具をつけたセリカと馬の上にちょことん座るナツメもいた。

「おはよう」

と言う私に、

「ああ。おはよう」

「おはようございます」

「にゃぁ」(うむ。ご苦労)

と三人が返してきて簡単に挨拶を交わす。

セリカと一緒に森に入るのは初めてだが、話を聞く限り森歩きに不安はないということだったから、安心して、

「今日からよろしくな」

と声を掛けた。

「はい。しっかりと務めさせていただきます」

と真面目に返してくるセリカに横からミーニャが、

「久しぶりに一緒だね」

と明るく声を掛ける。

するとセリカもニコリと微笑んで、

「ええ。楽しみにしていたわ」

と明るい感じでそう言った。

そんな様子に、

(うん。不安は無さそうだな)

と改めて思いながら、

「よし。さっそく行こうか」

と声を掛ける。

するとみんなからそれぞれに、

「はい」

とか、

「おう」

「にゃぁ」

「きゃん」

「ひひん」

というような返事が来て、私たちはなんとも朗らかな感じで森へと出発した。


田舎道を時折村人と挨拶を交わしながら進んでいると、私の胸元がもぞもぞと動き、コユキが抱っこ紐の中から顔を出し、

「きゃふぅ…」

とあくびをする。

するとベル先生の馬の鬣辺りに器用に座っていたナツメも釣られて、

「ふみゃぁ…」

とあくびをした。

私はそんな光景を見てなんとも微笑ましい気持ちになり、のんびりとした心地でライカの背に揺られる。

それはみんなも同じだったようで、ミーニャが微笑みながら、

「なんだかピクニックに行くみたいですね」

と声を掛けてきた。

「ははは。そうだな。でも油断は禁物だぞ?」

と軽く笑いながらも一応そんな注意をしてみる。

するとミーニャは表情を引き締めつつも明るい感じで、

「はい!しっかりとお供させていただきます!」

と、やる気のこもった返事をしてきた。

そんなミーニャのやる気が移ったのか、ライカも、

「ひひん!」(私も頑張る!)

と言ってやる気を見せてくれる。

そんな言葉をなんとも微笑ましく思い、

「ああ。今回も頼りにしてるぞ」

と言ってライカの首筋を軽く撫でてやると、今度はコユキが、

「きゃん!」(私も頑張る!)

と言って私に頭をこすりつけてきた。

「ははは。よろしくな」

と言ってコユキのことも撫でてやる。

そんな微笑ましい空気に包まれながら進んでいると、あっと言う間に森の入り口に到着した。

「さて。ここでいったん昼にしよう」

と、みんなに声を掛ける。

その日の弁当はエリーたちが作ってくれたいわゆるBLTサンドで、私はそのトマトの瑞々しさとベーコンのカリカリとした歯触りを楽しみながら、

(さて。今回はどんな冒険になるんだろうな)

と思ってひそかにワクワクとした気持ちを抱いた。


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