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第106話ナツメも一緒に調査に行こう04

翌日。

何事も無く目覚めるとまだ眠たそうにしているコユキを何とか起こし、ご飯を食べさせる。

そして、夜が明けきった頃。

私たちはまた森の奥を目指して出発した。

「何事もなければ、おそらく今日中には目的地の端に到着するじゃろう」

と言うベル先生の言葉通り、その日は途中で小さなゴブリンの集団と遭遇した以外は何事も無く、夕方になって目的の場所へと到着した。

目的地はやや山がちながらも美しい草原が続く場所で、

(ススキの季節にでも来たらさぞかし美しいんだろうな…)

と思えるような場所だった。

「さて。本格的な調査は明日からにして今日はここで野営じゃな」

と言うベル先生の言葉に従ってみんなで野営の準備に取り掛かる。

そして日が沈み切った頃。

私たちは藍色の空と瞬き始めた星の輝きの下でいつものように手早く夕食を済ませた。

その日もライカにもたれかかり、コユキを抱いて横になる。

背中とお腹に柔らかな温もりを感じていると危うく完全に寝てしまいそうになったが、なんとかこらえて一応の緊張感を保ちつつ翌朝を迎えた。


朝食後。

「さて。採取しつつ進んでいくかの」

というベル先生に続いてみんなでゆっくりと進んで行く。

ベル先生とナツメが時々馬を止めながら進むこと数時間。

「うーむ。なかなか収穫が無いのう…」

とぼやくベル先生とナツメを先頭に進んでいると、私の視界に、白く小さな花の群生があるのが飛び込んできた。

「おい。ベル先生!」

と、やや慌てて声を掛ける。

その声にベル先生は、

「なんじゃ?」

と、何の気なしに返してくるが、私は興奮気味に、

「あの花が何か知らないか?」

と聞いた。

「ん?」

と言いつつベル先生がその花を見る。

しかし、ベル先生は、

「うーん…。ただの雑草にしか見えんが、何か心当たりでもあるのか?」

と言い私に少しきょとんとした感じの顔でそう返してきた。

「すまん。確証はないが、少し近くで見てみたい」

と言ってライカに、

「あの花の所に行ってくれないか?」

と頼む。

そして、まだ不思議そうな顔をしているベル先生やみんなと一緒にその花が群生している場所に到着すると、私は急いでライカから降り、その花の正体を確かめてみた。

その花をよく見ると、白く小さな花の塊が楚々として咲き、中にはすでに黒い種をつけているものもある。

私はそれを見て、

「ソバだ…」

とひと言つぶやいた。

「ん?」

と言いつつベル先生もその植物を覗き込むように観察する。

そして、

「ほう。言われて見れば見たことのない植物じゃな」

と感心したようにそう言うと、

「どれ。種もつけているようじゃし、少し採取して帰ろうかのう」

と、なんとも呑気にそう言ってその種を採取し始めた。

そんなベル先生に向かって、

「いや。本格的に研究してみたい。もしかしたら食べられるかもしれんぞ」

と言って真剣な目を向ける。

するとベル先生は驚いたような顔をした後、若干怪訝な感じで「なんでそう思う?」と目で問うてきた。

私はどう説明したものかと迷ったが、いくつかの種をとり、その場で何とか殻を剥いていくつかのソバの実を採り出してみた。

「ものは試しだ。食ってみよう」

と言ってまずは私が口に入れる。

すると、なんとも言えないえぐみの中にほんのりとあのソバ独特のいい香りがするのが分かった。

私はそれがソバであることを確信しつつ、すぐにミーニャを呼んでスキレットと小さな魔石コンロを用意してもらう。

そして、おもむろにその実を炒ると、やや茶色くなり始めた所で火からおろし、また口に含んでみた。

香ばしい香りと共にソバのいい香りが鼻を抜けていく。

私は大きくうんとうなずいて、

「えぐみはあるが食えないことはない。…あとは腹を壊さないかが心配だが、それもきちんと研究してみたい」

と言ってベル先生にもその炒ったソバの実を差し出してみた。

恐る恐るという感じでベル先生が口にする。

ナツメも興味を惹かれたのか、私の手から一粒だけソバの実を器用に口に入れた。

「…むぅ…」

と唸ってベル先生が渋い顔をする。

ナツメも同様に苦い顔をした。

おそらく慣れない味に困惑しているのだろう。

しかし、そこはいかにも学者らしく、

「まぁ、ルークがそこまで言うなら研究してみるがいいさ。こんな痩せた土地に生えとるんじゃ。いざという時には救荒作物になるかもしれんしな」

と言って、私に研究を勧めてくる。

私はその言葉に軽くうなずくと、

「ああ。これは可能性があると思う」

と言って、さっそくできる限りのソバを採取し始めた。

やがて小袋いっぱいにソバの種を収穫した所でさらに奥を目指していく。

その後はベル先生とナツメがいくつかの薬草を採取し、日が暮れてきたところで野営の準備に取り掛かった。


夕食後。

案の定ベル先生から、

「あの植物について何か知っておったのか?」

と質問される。

私はそれに(さてなんと答えたものか…)と思いつつ、

「いや。なんとなく勘が働いてな。昔、何かの本でああいう草の茎が食べられると言うのを見たことがあってな…。まぁ、結局はただの見間違いだったが、思わぬ発見になってよかったよ…」

と苦笑いで言ってなんとか誤魔化そうとした。

「ふーん…」

というジト目が私に突き刺さる。

私はその視線になんと返したものかと思いつつも、結局は、

「ははは…」

と力なく笑うことしかできなかった。

「まぁ、よいわ。もしかしたら新しい食い物になるかもしれんのだからな。一応期待しておくぞ?」

と言ってお茶を飲み、追及を止めてくれたベル先生の態度にほっとしつつ、私もお茶を飲む。

そして私は、満天の星と輝く満月を見上げながら、とりあえず月見蕎麦を思い浮かべた。


翌日は採取をしつつも帰る方向に向かって進む。

途中、ベル先生とナツメが滋養強壮に良く効く薬草の群生を見つけ、嬉々として採取するという一コマを除いては特に何事もなく進み、私たちは無事今回の調査を終えることが出来た。

「にゃぁ」(村に戻るまで油断するでないぞ)

というナツメの言葉にみんながうなずき、慎重に森の中を進んで行く。

途中、もはや恒例行事となった狼やゴブリンとの接敵はあったが、みんなのおかげで難なく切り抜け、無事、フェンリルの縄張りの端に入ることができた。

そこで少し寄り道をしてブドウが採取できる場所に向かうことにする。

その場所に着き、さっそく初めて食べるというナツメに一粒ブドウを差し出すと、ナツメは、

「にゃ」(ほう。これが新種のブドウか…。なるほど、たしかに見たことのない感じじゃのう…)

と興味深そうにそう言っておもむろにそのブドウを口にした。

その次の瞬間、ナツメが、

「んみゃぁ!」

と鳴いて驚きの顔を私に見せてくる。

私が、

「どうだ?」

と、ややしたり顔で聞くとナツメは、

「にゃぁ」(こ、これは…。たしかにジェイのやつが夢中になるのもわかるわい…)

と言って、さらにもう一粒ブドウにかじりついた。

それに続いてみんなもブドウを食べ、それぞれに頬を押さえる。

コユキやライカも、

「きゃん!」

「ひひん!」

と興奮気味に鳴き声を上げた。

まだ冒険中ではあるが、フェンリルの縄張りに入ったという安心感があるからだろうか?私たちは、お茶を淹れ、ちょっとしたピクニック気分でブドウを味わう。

そして、その日はそこから少し移動した水場でのんびり野営すると、翌日。

私たちは意気揚々とした気分で村へと進んでいった。


数日後。

「ただいま」

と庭掃除をしていたバティスに声を掛ける。

するとバティスは満面の笑みで、

「おかえりなさいませ。すぐにお風呂の用意をしてまいります」

と言って屋敷の中に入っていった。

そんなバティスを見送りまずはライカを厩に連れて行くと、

「今回もありがとうな」

と言ってたっぷり撫でてやり、荷物を下ろしていく。

そして、荷下ろしが終わり、コユキがライカに、

「きゃん!」(お姉ちゃん、また明日ね!)

と楽しそうに別れを告げると、その言葉にライカも、

「ひひん!」(うん。また明日!)

と元気に答えて、私たちは屋敷に入って行った。

荷物の整理をミーニャに頼み、まずはリビングに向かう。

すると、リビングにはエリーがいて、

「おかえりなさいまし」

と笑顔で私たちを出迎えてくれた。

「ただいま」

と返して笑顔を見せる。

コユキはさっそくエリーに甘え、エリーもそれを嬉しそうに受け止めてあげていた。

私はその何気ない光景を見て「帰ってきた」ということを強く実感し、微笑みながらソファに腰掛ける。

するとそこへエマがやって来て、

「お疲れ様でした」

と言ってお茶を出してくれた。

「ありがとう」

と言ってお茶を受け取りひと口飲む。

やはり家で飲むお茶は冒険中に飲むお茶とはどこか違って、体全体から変な緊張感を取り去っていってくれるような気がした。

「ふぅ…」

と息を吐いて、ソファに体を深く預ける。

するとエリーが私の隣に腰掛けて、

「お疲れ様でした」

と明るく微笑みながら、そう声を掛けてきてくれた。

「ああ。ありがとう」

と礼を言って微笑み返す。

すると、エリーはなぜか照れたような顔をしてうつむくと、

「うふふ…」

と笑って、膝に乗せていたコユキを優しく撫で始めた。

私はその光景をなんとも幸せだと感じ、またゆっくりとお茶をすする。

そして、

「きゃふぅ…」

と気持ちよさそうな声を上げて、エリーに撫でられるコユキを微笑ましく眺めた。


やがて風呂に入り、いつものように楽しく夕食の席を囲む。

その日の夕食はなんの変哲もない、普通の辺境風シチューだったが、その素朴な味が私の心と体に沁み渡り、改めて私に、「帰ってきたんだな」という感情を強く持たせた。

食事を終え、エリーに別れを告げて自室に戻る。

まずはかなり眠そうにしているコユキをベッドの上に寝かせてやると、私も手早く身支度を整えて静かにベッドに横になった。

(この領で蕎麦が当たり前に食えるようになるのはいつのことだろうか…)

と考えて少し頬を緩ませる。

すると、私の頭の中にはなぜか蕎麦屋のカレーが浮かんできて、ほんの少しお腹が空いたような感じを覚えた。

(ずいぶんと食いしん坊になったものだな…)

と前世の記憶を思い出して以降、食べ物のことばかり考えている自分に気付き苦笑いを浮かべて目を閉じる。

そして、静かにやって来た眠気に自然と身を委ねた。

(さて。次はどんな料理をこの世界に広めてやろうか)

とバカなことを考えつつ幸せな眠りに落ちていく。

そんな私の頭の中には、幸せな未来のことしか浮かんでこなかった。


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