目次
ブックマーク
応援する
15
コメント
シェア
通報

第107話氷魔法01

ソバの発見から数日が経つ。

私はその日も変わらず朝から稽古に励んでいた。

剣の稽古を終え、いつものように静かに魔力を操作し、肩慣らしに水の球を作る。

そして、それをふよふよと浮かせたりくるくる回している時ふと気が付いた。

(そう言えば、魔法を使う時に原子や分子を意識してみると効率良く出来るかもしれないと思ったんだったか…。それなら…)

と思いつつ洗面器ほどの大きさの桶に張った水を見つめる。

(水の分子の結合を意識してやれば、もしかすると…)

と考えた私はおもむろに桶に手をかざして一気に集中を高めていった。

(集中しろ…。魔力を水に流し込むような感じで…。水の分子を意識して、それを固めるように…。土魔法で土の粒を固めるののもっと細かい物を想像すれば…)

と頭の中でつぶやきながら自分の体から絶え間なく水に魔力を注ぎ込んでいく。

すると、ある境界を超えたと感じた瞬間、ものすごい勢いで私の体の中から魔力が抜け出ていくような感じがした。

(くっ…!)

と思わず歯を食いしばりつつ、その感覚に耐える。

しかし、その魔力の奔流は止まるどころかますます広がっていき、私の体中から魔力という魔力を根こそぎ持っていこうした。

(いかん!)

と思って咄嗟に集中を切り、桶から手を引く。

私はその勢いのまま尻餅をつき、気が付けば空を見上げていた。

このまま酸欠で死んでしまうのではないかというほど息が切れている。

私は「はぁ…はぁ…」というよりも「ぜぇ…ぜぇ…」と言った感じで空を見上げつつ、とにかく肺に空気を送り込み続けた。

「だ、大丈夫ですかっ!?」

というミーニャの声が聞こえる。

私はそれに向かってなんとか手を挙げ、応えて見せるが、まだ声は出ない。

そんな私の体をミーニャがなんとか起こしてくれる。

私は、ようやく、

「…すまん…」

と、ひとこと言うと荒い息のまま先ほどまで手をかざしていた桶に目をやった。


ものの見事に凍っている。

私はそれを見て、なんとも言えない感動に打ち震えてしまった。

そんな私の横から、

「…え?」

というミーニャの絶句にも似た小さな声が聞こえてくる。

私はものすごい疲労と息切れを抱えたまま、心の中で、

(かき氷…)

とつぶやくと、改めて朝焼けに染まる夏の空を見上げた息を整え続けた。


「えっと…」

というミーニャの声に、

「あはは…」

と、まだ少し息を切らしつつ苦笑いを返す。

私はミーニャの手を借りつつ、なんとか立ち上がると、

「とりあえず、今日の稽古はここまでだな…。とりあえず、そいつをみんなにも見せてやろう」

と言ってミーニャにその氷が入った桶を食堂に持っていってくれるようお願いした。

全身の魔力が抜け切りぐったりとした体を引きずってなんかと屋敷に戻っていく。

そして、そのまま食堂に入ると、とりあえずミーニャにお茶を淹れてもらい、みんなが食堂に集まって来るのを待った。

まずは父が食堂に入ってくる。

「おはよう」

と言う父に、

「…おはようございます」

と、ややぐったりしつつ苦笑い交じりに挨拶を返すと、父は怪訝な顔で、

「どうした?」

と聞いてきた。

そんな父に向かって、

「ちょっと新しい魔法を試してみたんですが…」

と言いつつ食卓の真ん中に置かれた桶に視線を向ける。

すると、父も怪訝な顔をしたままその桶に目を向け、

「…なっ!?」

と驚愕の声を上げた。

「ははは…。やればできるものですね」

と言いつつ少し乾いた笑顔を父に向ける。

すると、父は相変わらず驚いた表情のまま無言で私を見つめてきた。

そこへ今度はバティスがお茶を持ってやってくる。

「おはようございます。お館様、ルーク様」

と、いつものようににこやかに挨拶をし、さっそく父にお茶を淹れようとしてくれたバティスの手が一瞬で止まった。

その顔には父と同じく、驚愕の表情が浮かんでいる。

そんなバティスに向かって、父が、

「…ルークが魔法でやったらしい」

と言うと、バティスはやはり驚いたままの顔を無言で私に向けてきた。

とりあえず、

「…ははは」

と笑っておく。

その後、朝食を持ってきてくれたエマも同じような反応をして、とりあえず家族全員が固まったようにその凍り付いた桶を眺めた。

そこへ、

「きゃふぅ…」

とあくびをしながら、コユキがやって来る。

そして、コユキは私の足元までくると、

「きゃん!」(おはよう!)

と言って、いつものように私に抱っこを求めるような仕草を見せてきた。

疲れた体をなんとか動かし、コユキを抱き上げる。

すると、コユキも氷が張った桶を見つけて、

「きゃふ?」

と首を傾げた。

私はそんなみんなを見て苦笑いを浮かべながら、

「…とりあえず、飯にしないか?」

と、みんなに朝食を促がす。

すると、その言葉にまずは父が反応して、

「ははは…。そうだな。飯にしよう」

と引きつった笑顔を浮かべつつも自分の席に着いてくれた。

みんなも同じようにひきつった笑顔を浮かべつつ席に着く。

そして、その日の朝食はなんとも奇妙な雰囲気で始まった。

「いやぁ…。なんと申しますか…」

と言葉にならないバティスに、

「ええ。なんと言いますかねぇ…」

とエマも返事ともいえない返事をする。

その様子に父は苦笑いをし、

「ははは。我が息子はなんとも、まぁ…」

と意味が分かるようなわからないようなことを言った。

やがて食事が進み、そろそろ食後のお茶の時間かという頃。

「ああ、そうだ。とりあえず、あとでベル先生…、と、そうだな、あとジェイさんに魔法で氷を作るのに成功したと伝えてきてくれないか?一応、二人にも見てもらいたい」

とミーニャに伝言を頼む。

するとミーニャは、

「あ、はい!かしこまりました」

と言ってすぐに食堂を出て行ってしまった。

(食後のお茶の後でゆっくり行ってきてくれればよかったんだが…)

と思いつつ、ミーニャが出て行った扉を見つめる。

すると、そんな私に父が、

「ついでに…と言ってはなんだが、エリーも呼んできたらどうだ?きっと驚くぞ?」

と、少しイタズラ顔でそう言ってきた。

「あはは。そうですね。夏に氷を見ることなんてないでしょうから、きっと面白がってくれるでしょうね」

と言って、エマにエリーたちを呼んできてくれるよう頼む。

するとエマは苦笑いをしながら、

「かしこまりました」

と言ってゆっくりと食堂を後にしていった。


みんなを待つ間、氷を触って、

「きゃん!」(冷たい!これ、冷たいよ、ルーク!)

と言ってはしゃぐコユキを微笑ましく眺めながらゆっくりとお茶を飲む。

するとやがて、ドタドタという足音が聞こえて食堂の扉がバンッと勢いよく開かれた。

「ルーク!」

と叫んでベル先生が私に詰め寄って来る。

そんなベル先生に、私はやや気圧されつつも、

「ああ。やってしまったよ」

と言って苦笑いを浮かべつつ、氷が張った桶に視線を向けた。

「すわっ!」という感じでベル先生が桶の方に目を向ける。

すると、ベル先生の胸元から、

「にゃぁ…」(おお…)

というナツメの声にならない声が聞こえてきた。

しばらく沈黙が流れる。

そして、その沈黙を破ったのは、

「おはようございます。みなさま」

というエリーのいつも通りの穏やかな朝の挨拶だった。

「おはよう。エリー。すまんな。呼び立てて」

と苦笑いで挨拶を返す私に、エリーが、

「いえ。真夏に氷が見られると聞きましたが、本当ですか?」

と少しワクワクしたような目でそう聞いてくる。

私はその少女のような瞳の輝きをなんとも可愛らしく感じつつ、

「ああ。そこにあるぞ」

と言って、桶の方に目をやった。

「まぁ…!」

と言ってエリーが驚きの声を上げ、

「触ってみてもよろしいですか?」

と子供のような目で聞いてくる。

私はもちろん、

「ああ。いいぞ」

と、にこやかに微笑みながらそう答えた。

さっそくエリーが氷に手を伸ばす。

そして、

「きゃっ」

と短く嬉しそうな声を上げると、

「冷たい。冷たいですわ、ルーク様」

と、まるでコユキのように無邪気な感想を言ってきた。

その声にハッとしたような感じで、ナツメが食卓に降り立ち、恐る恐るという感じで氷に触れる。

そして、こちらは感動したようなようすで、

「にゃぁ…」(おお…)

と、また声にならない感嘆の声を上げた。

続いてベル先生も触って、同じく感嘆の声を上げる。

そんな二人に、

「どうだ?」

と少しドヤ顔で声を掛けると、二人は一様に驚いた顔のまま、

「革命じゃ…」

「にゃぁ…」(歴史が動きよった…)

と大袈裟な感想を口にした。

「ははは。そいつは大袈裟だろう」

と言って軽く笑う。

しかし、ベル先生は大真面目な顔で、

「馬鹿者。これまでどれだけの賢者が氷魔法を実現しようとしてきたと思っておるんじゃ!?それを、お主は…」

と言ってやや怒ったように言葉を詰まらせる。

そんなベル先生の表情を見て、私はようやく自分のしでかしたことの大きさに気が付くと、

「あ、いや、えっと…」

と言って頭を掻いた。

「にゃぁ…」(まさか知らんかったんじゃなかろうな?)

と言ってナツメがいわゆるジト目を私に向けてくる。

私はその視線から軽く逃げながら、

「あはは…」

と乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?