そこへまたドタドタと足音がして、バンッと扉が勢いよく開かれる。
そして、予想通り驚愕の表情を浮かべたジェイさんとアインさん、そしてノバエフさんがなだれ込むように食堂に入ってきた。
(いつも冷静なノバエフさんでもこんなに驚くことがあるんだな…)
と変な感想を持ちつつも、とりあえず、
「おはよう。呼び立てて悪いな」
と朝の挨拶をする。
しかし、ジェイさんはそんな挨拶を無視して、
「本当か!?」
と聞いてきた。
「あ、ああ…」
と、またその勢いに気圧されつつ桶に目を向ける。
すると、やはりジェイさんも、
「おお…」
と言って声にならない声を上げた。
アインさんノバエフさんも同様に驚愕の表情で桶を見つめる。
そして、三人はしばらく驚愕と呆然の両方を足して二で割ったような表情で氷の張った桶を見つめていたが、やがて何かを諦めたかのような感じで一斉に、
「はぁ…」
とため息を吐いた。
「ははは…」
と笑うしかない私の横でエリーが、
「よくわかりませんけど、ルーク様はすごいことをなさったんですね」
と言って微笑みかけてくれる。
私はその無垢な笑顔になんだか救われたような気持ちになって、
「ああ。そうらしいな」
と言って苦笑いを浮かべた。
「うふふ。魔法ってすごいんですね」
と無邪気に微笑むエリーに、ふと思いついて、
「ああ。氷があれば料理の幅はうんとひろがりそうだな」
と笑顔で答える。
するとエリーはきょとんとした表情になり、
「?」
と頭に疑問符を浮かべたような感じで首を傾げてみせた。
「ん?ああ、いやふと思いついたんだが、果汁を冷やしたり冷たいスープを作ったり…、あとは冷たいパスタなんてのも出来るようになるんじゃないか?どれも夏の暑い日にはもってこいだろう」
と言ってパッと思いついた氷を使えそうな料理の例を挙げる。
すると、エリーは驚いたような表情を浮かべ、
「まぁ…」
と言って絶句した。
そんなエリーを他所の今度はジェイさんたちに向かって、
「なぁ。エールを冷やすと美味くなりそうな気がしないか?」
と、前世の知識にある冷えたビールを思い出しながらそんな提案をしてみる。
するとそれを聞いたジェイさんは、一瞬驚きの表情を見せた後、
「がっはっは!」
と、ものすごく豪快に腹を抱えて笑い始めた。
それに続いてアインさんも、
「はははっ!そいつぁ傑作だ!」
と言って笑い出す。
よく見ればノバエフさんも困ったような笑顔を浮かべているし、ベル先生は「やれやれ」と言った感じで肩をすくめて苦笑いを浮かべていた。
「にゃぁ…」(お主らしいのう…)
と言ってナツメが半分呆れたような苦笑いを浮かべる。
そんなみんなの反応に私は、
「ははは。せっかくの魔法だ。美味い物のために使おうじゃないか」
と、冗談交じりにそう言って見せた。
その後、私はエマとミーニャにとりあえず出来た氷を使って果汁を冷やしてみてくれと頼み、ベル先生やナツメ、ジェイさんやアインさん、ノバエフさんらとどうやって氷魔法を発動させたかという話になる。
私はどう説明したものかと思ったが、
「まず、水が目には見えない…というよりも、限りなく小さい粒の集まりだと考えてみてくれ。そうすれば、後は土魔法と同じような感覚で水を固めることができる。それが、私のやってみた方法だ」
と、なんとなく分子とか原子という概念を説明してみた。
その説明に一同がぽかんとした表情を浮かべる。
そして、しばらく沈黙が流れたが、そんな中、ジェイさんがひと言、
「そいつぁ斬新だな…」
と言い、いかにも目から鱗が落ちたような表情で私を見つめてきた。
そこからは水を凍らせてみた時の感覚の話になる。
私は正直に、この桶一杯の氷を作るのに体中の魔力を持っていかれてしまったことを話し、
「まだまだ、効率化が必要なようだ」
と現在の見立てを伝えた。
その言葉にジェイさんがなにやら考え込むような仕草を見せる。
そしておもむろに口を開くと、
「アイン。俺はしばらく氷魔法の習得に専念する。すまんが、酒の管理を頼めるか?」
と真剣な眼差しでアインさんにそう言った。
「がってんでさぁ」
とアインさんも真剣な顔でそう答える。
そして、その言葉を聞いたナツメが、
「にゃぁ」(吾輩も一緒にやってやろうぞ)
と言ってジェイさんに前脚を差し出した。
その前脚をジェイさんがちょこんと触って握手を交わす。
その様子を見て私は、
(これは、村の祭りの屋台でかき氷が出される日も近いな)
と、ひとり少し違う方向のことを考えながら、満足げに微笑んだ。
やがて、エマが、
「このくらいでよろしいでしょうかねぇ?」
と言いつつ、ブドウの果汁が入った瓶を氷の入った桶ごと持って食堂に入ってくる。
私はそれに軽くうなずくと、
「とりあえず、みんなで飲んでみよう。みんなに行き渡るように少しずつ注いでくれ」
と言ってみんなのコップに少しずつ果汁を注いでくれるようエマに頼んだ。
「かしこまりました」
と言ってエマが果汁をそれぞれのコップに果汁を注いでいく。
そして、私は全員のコップとコユキやナツメのお皿に果汁が行き渡ったのを確認してから、
「じゃぁ、歴史的な日に乾杯!」
と言って冷たいブドウジュースが入ったコップを掲げて見せた。
「乾杯!」
というにこやかな声が揃ってみんながさっそくジュースを口にする。
私もみんなと同時にそのジュースを口にすると、その途端、私の口いっぱいにブドウの濃厚な甘さが広がり、喉をこれまでの人生で経験したことのない冷たさが駆け抜けていった。
(おお…)
と感動に浸っている私の横で、エリーが、
「まぁ…!」
と感激の声を上げる。
それに続いてコユキが、
「きゃん!」(冷たい!美味しい!)
と無邪気に嬉しそうな声を上げた。
さらにナツメが、
「にゃぁ…」(これはなんとも…)
と驚きの声を上げると、ベル先生もなにやら楽しそうに微笑みながら、
「うむ。夏にはたまらんなぁ…」
としみじみそう言った。
「はっはっは。こいつはいい!」
と言ってジェイさんが笑う。
その言葉にアインさんが、
「ええ。これが酒だったらもっといいと思いますぜ」
と冗談を返すと、ノバエフさんが、少しシニカルな感じで、
「ふっ」
と小さく笑った。
「はっはっは。まさかこの歳になって、こんなことを経験するとはのう…」
と父がおかしそうに笑い、バティスも、
「そうでございますねぇ」
と続く。
エマとミーニャはそれを微笑ましく眺めつつも、
「まったく驚きましたねぇ」
「はい。さすがはルーク様です!」
と言って美味しそうにブドウジュースをちびちびと飲んでいた。
朝の食堂に笑顔が広がる。
私はその笑顔見て、心の底から嬉しさを感じ、
(ああ、よかった…)
と、ひとり心の中でしみじみと喜びをかみしめた。
やがてこの世界で初めて真夏に誕生した冷たい飲み物の試飲会が終わり、
「とりあえず、今日はここまでにしよう。…すまんが、初めてのことで、ものすごく疲れてしまった。体力が回復して仕事が一段落したらまた試すから、その時は是非見に来てくれ」
と声を掛けて席を立つ。
その瞬間、少し血の気が引くような感じがして、私は思わず、
「おっと…」
と言ってふらつきつつ、椅子の背もたれに手を掛けた。
「だ、大丈夫ですか、ルーク様!」
と言ってエリーが慌てた様子で立ち上がり、私を支えようとしてくれる。
私はそれに、
「ああ。大丈夫だ。ちょっと魔力を使い過ぎてしまっただけだからな」
と言って少し無理に微笑むと、エリーは本当に心配そうな顔をして、
「私ったら、そんなことにも気づかずはしゃいでしまって…」
と言い、うつむいてしまった。
私はエリーにそんな顔をさせてしまったことを悔しく、そして、恥ずかしく思いながら、少し慌てて、
「ははは。本当にたいしたことじゃないんだ。大丈夫。ゆっくり寝ればすぐ元気になるさ」
と、なるべく平静を装ってそんな言葉を掛ける。
そんな私にエリーはまた心配そう顔を見せると、
「…お大事になさってくださいましね」
と少し泣きそうな顔でそんな言葉を掛けてきてくれた。
そんな少し重たい空気の中、ベル先生が、
「はっはっは。なにせこの世界で初めての偉業を成し遂げたんじゃ。むしろその程度で済んでいる方が奇跡じゃろうて。よし。とりあえず滋養強壮にいい薬を持ってきてやるから、ゆっくり横になっているといい」
と、あえて明るい口調でそう言って私の肩を軽くぽんぽんと叩く。
そして、その明るい表情をそのままエリーに向けると、
「なに。心配するほどのことじゃない。ルークの言う通り、ゆっくり寝ておれば治るものじゃからの」
と言って今度はエリーの肩をそっと優しく撫でてやってくれた。
そんなベル先生の気遣いを嬉しく思いつつ、
「ああ。本当に心配無いから大丈夫だ」
と言って、エリーに微笑みかける。
するとエリーはやっと安心してくれたのか、少し困ったような表情ながらも微笑んで、
「ゆっくりお休みくださいね」
と声を掛けてきてくれた。
「ああ。ありがとう」
と礼を言ってコユキと一緒に自室へと下がっていく。
そして自室に着くと、軽く着替えを済ませてから若干ふわふわとした感じがする体をベッドにどっかりと投げ出した。
「きゃふぅ…」
と鳴きながら私の枕元から心配そうな眼差しを向けてくるコユキを優しく撫で、
「大丈夫だぞ」
と声を掛ける。
しかし、コユキはまだ心配そうな表情をしながら、
「きゃん…」(今日は一緒にいてあげるね…)
と言って私の枕元で丸くなった。
(ははは。添い寝してくれてるつもりなんだな…)
と、おかしく思いつつもコユキの優しさが嬉しくて、
「ありがとう」
と声を掛け、また優しく撫でてやる。
そうやってゆっくり体を休めていると、そこへベル先生がやって来て、
「これを飲んでゆっくり寝るといい」
と言って飲み薬を渡してきてくれた。
「ありがとう」
と言ってその薬を飲む。
しかし、その薬はかなり苦く、私は思わず顔をしかめてしまった。
「はっはっは。効き目は保証するから安心するがよい」
と笑いながら言うベル先生に苦笑いでもう一度礼を言い、軽く瞳を閉じる。
するとあっと言う間に眠気が襲ってきた。
(すごい効き目だな…)
と思いつつもその眠気に身を委ねる。
そして、
(さて。次、氷を作ったら是非アイスクリームを作ってみよう…)
と思って密かに頬を緩ませながら、私は徐々に意識を手放していった。