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第109話猫とドワーフと氷魔法と

~ジェイ視点~

ルークが魔法で作ったという氷に度肝を抜かれたその日。

酒蔵に戻ってさっそくアインに酒造りに関する諸々のことを引き継ぐ。

そして、夕方。

ベルの家に向かい、いざという時のための薬を頼みナツメと予定を合わせたりしてから長屋に戻った。

その日の酒盛りの話題の中心は当然、氷魔法のことになる。

「しかし、度肝を抜かれやしたねぇ」

と苦笑いで言うアインに、

「ああ。まさか生きているうちに伝説を目の当たりにするとはなぁ」

と言いつつ火酒をあおるとノバエフがおかしそうに「ふっ」と笑って、

「この領は飽きないな」

とぽつりとそう言った。

みんなして苦笑いを浮かべながら火酒をちびちびと飲む。

ルークのやつは食べ物のことしか興味がないようだが、もしあれが攻撃魔法に応用されればとんでもなく強力な攻撃魔法になることだろう。

もちろん、食べ物関係でも革命が起こるだろうが、軍事的な効果はそれ以上に重要だ。

そんな私の心配を読み取ったのか、アインが、

「まぁ、当面の間は心配ないでしょうぜ。なにせ、あのルークの旦那ですらあの程度の氷を作るのに全部の魔力を持っていかれたくらいですからね。よほどの上級者じゃない限り使えない魔法なんでしょうよ」

と困ったような笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくる。

私はそれに、

「ああ」

と答えつつも、

(だとしても早めに原理を突きとめておかないと後々大変なことになるだろうな…)

と思い少し苦い火酒をまた軽くあおった。


翌日。

いつもより早く目覚め、とりあえず井戸端に向かう。

そして、適当に汲んだ水で顔を洗っていると、

「にゃぁ」(待ちきれずに早起きしてしまったわい)

とナツメが声を掛けてきた。

「ははは。まぁ、気持ちはわかるがな」

と苦笑いで答えてナツメを部屋に招き入れる。

そして、

「飯は食ったか?」

と聞くと、まだ飯は食っていないという答えが返って来たので、ナツメには適当に切ったベーコンを炙ったやつを出してやり、自分も適当なベーコンサンドを作ると、それを手早く腹に詰め込んだ。

食後の腹をお茶でシメてさっそく準備に取り掛かる。

準備と言っても裏庭に水を入れたコップと魔法を効率良く発動させる時に使うロッドを持って移動するだけだ。

私はおもむろに水の入ったコップを地面に置くと、ナツメに、

「いくぞ」

と声を掛けてロッドを構えた。

(たしか、水を小さい粒だと考えて固めるって言ってたな…)

とルークの言葉を思い出しながら、目に見えない小さな粒を想像してみる。

しかし、どうにもそれがどの程度小さいのか、どんな形をしているのか想像がつかない。

そこで私は仕方なく、ある程度魔力のごり押しで水を固めてみることにした。

集中して一気に魔力を放出してみる。

すると、土魔法を使った時のように一気に体中の魔力が持っていかれるような感触があった。

(くっ…)

と思いつつも魔力を流し続ける。

そして、

(そろそろ限界か…)

と思ったところで魔力を流すのを中断してみた。

コップを見てみる。

しかし、そこにはただの水が入っているのみだった。

一応、触って温度を確かめてみるが、なんの変化もない。

私は、

「はぁ…」

と盛大にため息を吐くと、その場にどっかりと腰を下ろして、そのコップの水を一気に飲み干した。

「ふぅ…」

と息を吐き、

「こりゃ、思った以上に難敵だな」

と言って苦笑いを浮かべる。

すると、私の横でじっと様子を見守っていたナツメも、

「にゃぁ」(途中まではいけるような感じがしておったんじゃがのう…)

と言って苦笑いを浮かべた。


「にゃぁ」(どれ。次は吾輩がやってみよう)

と言うナツメのために、またコップに水を入れて持って来る。

そして、ナツメも私と同様に魔法を試してみたが、やはり結果は同じだった。

「ふみゃぁ…」(うーむ。難しいのう…)

と言ってナツメがどっかりと腰を下ろす。

そんなナツメの姿を見て、

(こういうところは妙に人間臭いな…)

と変なことを考えつつ、私も顎に手を当て、

「うーん…」

と唸る。

しかし、考えてばかりいても仕方ないので、

「その水が小さい粒で出来てるって考えがよくわからねぇのがいかんのかもしれんな…。とりあえず、自分たちが考えているよりももっと小さな粒の集合体だって考えた方が良さそうだ」

と言うと、私はもう一度ロッドを手に取って氷魔法に挑戦してみた。

その後も試行錯誤しながらナツメと二人で試すこと5回ほど。

昼の時間が近づいてきたところで、いったん実験を中断する。

そして二人ともだるい体を引きずるように部屋の中に入ると、また適当にベーコンを挟んだパンを食べながら、ああでもない、こうでもないといった感じで議論を交わしつつ休憩を取った。

その日は結局成果が出ないまま夕暮れを迎える。

私は疲れて帰るのが面倒だというナツメを抱きかかえベルの家まで送り届けると、こちらも疲れた体を引きずるようにして長屋へと戻っていった。

その日の晩はアインが作ってくれた飯をガバガバと食い、早々に床に就く。

私は自分が思っているよりも、かなり疲れていたらしく、床に就いた瞬間あっさりと眠りに落ちてしまった。


翌朝。

朝食後にやってきたナツメと一緒にまた裏庭に出る。

今日は昨日のようにやみくもに試さず、まずは昨日の失敗の原因を話し合う事から始めた。

「にゃぁ」(やはり、小さな粒という物を想像する所が肝のようじゃのう…)

と言うナツメの意見にうなずきつつ、

「問題はそれをどうやって理解するかだ」

と同意しつつ、頭を捻る。

すると不意にナツメが、

「にゃぁ」(動きを止めるというのはどうじゃろうか?)

と言った。

私はその言葉にどこかハッとしつつも、

「…というと?」

と言って続きを促がす。

するとナツメは、自分自身でもなにやら言葉を探りながら、

「にゃぁ」(水というのは自由に形を変え流れていくものじゃ。だとすれば、その小さな粒というのも動き回っておるのやもしれん…。仮にそうだとすれば、まずはその動きを止めてやってからその粒同士をくっつけて固めるということが必要になってくるのではないかのう…)

と自分の考えていることを私に教えてくれた。

「…なるほど。一理あるな」

と、うなずいてさっそくコップに水を汲む。

そして、それを持って裏庭に出ると、

「いいか。やってみるぞ」

と言って、まずは自分の体内で魔力を十分に循環させ始めた。

「よし…」

と気合を入れて、ロッドを持つ。

そして、なにやら緊張の面持ちで私を見つめてくるナツメに、コクリとうなずいて見せると、私は目の前に置かれた水に集中した。

(動きを止める…。止まったら固める…)

と頭の中で唱えつつ、慎重に魔力を流していく。

すると、昨日とは違い円滑に魔力が水の中を循環していき、ある一定の手応えを感じた瞬間、体内の魔力がまるで奔流のように溢れ出していくのを感じた。

(なっ…!?)

と思いつつも限界まで耐えようとしてみる。

しかし、私の体からはどんどんと魔力が流れ出していった。

私は本能的に危機感を覚え、咄嗟にロッドを手放す。

そして私はその場にどっかりと尻餅をついてしまった。

「はぁ…はぁ…」

と、荒く呼吸を繰り返してなんとか肺に空気を送り込む。

そんな私の横からナツメの、

「にゃぁ!」(おぉ…!)

という声が聞こえてきた。

その声を聞いて、どうやら成功したらしいと覚り、コップを見る。

すると、コップの中の水はものの見事に凍り付いていた。

「…はぁ…はぁ…。やったな…」

と言ってその場で仰向けに寝転ぶ。

そして、私はまだまだ荒い息をなんとか整えつつも、

「はは…、はははっ…!」

と心から満足して笑い声を発した。


次はナツメが試す。

結果、同じように水が凍った。

どうやら水の粒の動きを止めるというのが、コツだったらしい。

私もナツメもなんとも言えない満足感に浸りつつ、しばらくの間裏庭で横になり空を見上げ続けた。

やがて、昼時。

太陽の眩しさと隣の奥さんが心配そうに掛けてきてくれた声で目を覚ます。

どうやら私もナツメもいつの間にか眠っていたようだ。

「いや。すまん。いい陽気だったんで、つい昼寝をしてしまったようだ」

と照れて頭を掻きつつそう言い訳をすると、隣の奥さんは少し呆れたような顔で微笑み、

「うふふ。お昼はうどんをこさえて持ってきてあげましょうね」

と言って自分の部屋に戻っていった。

やがて、うどんを持ってきてくれた隣の奥さんに礼を言って、ナツメと一緒にうどんを食う。

やがてうどんを食い終わると、ナツメが、

「にゃぁ」(ついにやったのう)

と感慨深そうに言い、私も、

「ああ。やったな」

と感慨深くそう答えて、自然と握手を交わした。

そこからまた一休みして、もう一度水の量を極端に少なくして試してみる。

すると、先ほどのように倒れるようなこともなく水を凍らせることができた。

「にゃぁ」(明日からはどの程度なら倒れずに氷を作れるかの検証と魔力操作の稽古じゃな)

と苦笑いで言うナツメに私も、

「ああ」

と苦笑いで返し、また握手を交わす。

そして私たちはとりあえずその小さな氷を小さなグラスと小皿に移すと、そこに火酒を注ぎ、

「乾杯」

と声を合わせて勝利の美酒を口にした。


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