魔法で氷を作り出すことに成功した翌日。
体調はすっかり回復したが、心配するミーニャの勧めで仕事を休み、屋敷の庭でコユキやライカと遊びながらゆったりとした時間を過ごす。
きゃっきゃとはしゃぐコユキやライカを微笑ましく眺めながらのんびりしていると、そこへエリーがやって来た。
「もう、お加減はよろしいのですか?」
と少し気遣わしげに聞いてくるエリーに、
「ああ。もうすっかり大丈夫だ。心配をかけたな」
と言って微笑んで見せる。
するとエリーはなぜだか少し照れたような顔をしつつも、
「よかったですわ」
と言って微笑んでくれた。
そのまま二人してコユキとライカが遊ぶ様子を見守る。
コユキとライカはしばらく楽しそうに追いかけっこをしていたが、やがて少し遊び疲れたのか、私とエリーの方に近寄ってくると、
「きゃぅ…」
「ぶるる…」
と甘えるように鳴いて、私たちに頬をこすりつけてきた。
私がコユキを抱き上げ、エリーがライカを撫でてやる。
そして、どうやら先に満足したらしいライカがその場に座り込むと、私たちも腰を下ろした。
「くぅん…」
と鳴いて甘えてくるコユキをさらに撫でてやる。
そんな様子を見てエリーが、
「うふふ。可愛らしいですわね」
と言って微笑んだ。
そんな微笑みを向けられた私は少し照れながら、
「ははは。あまり甘やかしてはいかんとわかっているんだがな」
と苦笑いで答える。
するとエリーも少し苦笑いをして、
「うふふ。そうですわね」
と言い、私の横から手を伸ばしコユキを撫で始めた。
二人に撫でられてご満悦の表情を浮かべるコユキをライカも含めた三人で微笑ましく眺める。
そして、一瞬、間が空いたあと、ふと思いついて、
「ああ、そうだ。エリーは冷たいお菓子を作ったことがあるか?」
と訊ねてみた。
「冷たいお菓子ですか?」
と不思議そうな顔をするエリーを見て、私は、
(あ。そう言えばこの世界に冷たいお菓子という概念そのものが無かったな…)
と気付いて、やや慌てつつ、
「あ、ああ。いや、きっとお菓子の中には冷やしたり凍らせたりすると美味しくなるものがあるんじゃないかと思いついてな…。どうだろう?一緒に作ってみないか?」
とエリーをお菓子開発に誘ってみた。
「まぁ!とっても面白そうですわ!」
と言って胸の前で手を合わせて目を輝かせるエリーの表情を見てこちらまで楽しい気持ちになりつつ、
「それじゃぁ、少し体力が回復したらまた魔法で氷を作るからその時は一緒にやってみよう」
と言ってエリーに微笑みかける。
しかしエリーは一瞬嬉しそうな顔をしたものの、
「あの…。でも、氷を作るとその…」
と言って私の方をやや上目づかいに見て来た。
「ん?」
と言って首をかしげる。
するとエリーはどこか心配そうな表情で、
「あの…。またお体を壊されては大変ですので…」
と言ってシュンとした表情になった。
私はそこでやっと気が付いて、
「ああ。そのことなら心配無いぞ。今度はちゃんと無理のない範囲で加減してやるからな」
と言ってエリーを安心させるようなことを言う。
それでもまだエリーは心配そうな顔をしていたが、私がさらに、
「大丈夫だ」
と言って微笑むとやっと安心してくれたのか、
「はい。でも、ご無理はなさらないでくださいね」
と言って嬉しそうにはにかんだ顔を見せてくれた。
私はその嬉しそうなエリーの顔を見て、また嬉しい気持ちになり、そこからは、
「じゃぁ、さっそく材料の算段をつけなければいかんな」
と言って、一緒にレシピを考え始める。
当初エリーは、凍らせて食べるお菓子というものの想像がつきにくいようだったが、私が、
「プリンの材料を蒸さずに凍らせてみてはどうだろうか?」
と提案すると、
「まぁ。それは美味しそうですわね」
と言って賛同してくれた。
(これで、この世界にアイスクリームが誕生するな…)
と思ってにんまりしつつ、
「お砂糖と卵と…牛乳は少し濃い方がいいかしら?」
と、つぶやいて楽しそうにしているエリーを微笑ましく見つめる。
すると、そんな私の視線に気が付いたのか、エリーは少し恥ずかしいような感じで、
「すみません。ひとりではしゃいでしまって…」
と言って軽く顔を伏せた。
そんなエリーの態度を少しいじらしく思いつつ、
「いや。エリーが楽しんでくれているのは私も嬉しい。一緒に美味い物を作ろう」
と声を掛ける。
するとエリーは、まだ軽く頬を染めつつも、
「ありがとうございます」
と言って微笑んでくれた。
私は、そんなエリーの無邪気な微笑みを見て安心感を覚える。
しかし、同時に現在エリーが抱えている問題のことを思って少しだけ気を重くし、
(侯爵様のことだ、上手くやってくださっていることだろう…。しかし、エリーにとってみれば心配で仕方ないはずだ。…私にできることなんてほとんどないが、せめて日常にほんの少しの楽しみを見出せるようにしてやらなければな…)
という思いをさらに強くした。
そんな私に向かってコユキが、
「きゃん!」(なになに?美味しいものの話?)
と目を輝かせながら聞いてくる。
私はその無邪気さにどこか救われたような感じを覚えながら、
「ああ。成功するといいな」
と言ってコユキをわしゃわしゃと撫でてやった。
翌々日。
役場で仕事をしている私のもとにベル先生が念のためにと予備の薬を持ってきてくれたが、その時、どうやらジェイさんとナツメが魔法で氷を作ることに成功したらしいという話を聞く。
その話を聞いて私が、
「ジェイさんたちは冷えた酒が飲めるようになって大喜びだっただろうな」
と呑気な感想を言うと、ベル先生は苦笑いを浮かべ、
「ルークらしいのう」
と、ひと言呆れたような感じでそう言ってきた。
おそらく、氷魔法というのは使いようによってはこの世界に革命をもたらすものなんだろう。
それくらいのことならいくら呑気な私でも容易に想像できる。
しかし、私は、
(そんなことは後の時代の大人たちが考えればいいことだ。今、私にできることは氷魔法の存在を無駄に喧伝しないということくらいだろう。まぁ、私としてはこの辺境で密かにアイスクリームや冷えたエールを楽しめればそれでいいんだがな…)
と思って、とりあえず、
「ははは…」
と苦笑いを返しておいた。
そんな私を見てベル先生が、
「ふっ」
と軽く笑う。
おそらく、私がどういう風にこの魔法を扱おうとしているのかを理解してくれたのだろう。
そんな少し呆れたような笑みをこぼした後、ベル先生は、
「もう思い付きで無茶をするなよ?」
と冗談交じりに念を押して薬院へと戻っていった。
私も仕事の続きに取り掛かる。
休んでいた間に溜まっていた書類は午前中でおおよそ片付けたが、今日中に目を通しておきたいものがまだいくつか残っていた。
そんな書類の束を見て、
(辺境領主というのは意外と忙しいものだな)
と、まるで他人事のように心の中でつぶやき苦笑いを浮かべる。
そして、私はひとり、
「よし…」
と小さく気合を入れると、手元にあった書類を手に取りその内容を確かめ始めた。
その後、役場の窓から西日が差し込んできていることに気付き仕事を切り上げ、屋敷に戻る。
その日の夕食は父が愛してやまないハヤシライスとメンチカツだった。
トロトロに煮込まれた牛肉の柔らかさとトマトの甘味を感じつつ、サクサクのメンチカツにかぶりつく。
すると、ザクっとした食感の後をジュワっと溢れる肉汁が追いかけてきて、私の口の中を幸福で満たしてくれた。
「きゃん!」(これ、好き!)
と言ってコユキが無邪気な声を上げる。
その姿に家族全員が微笑みを浮かべてその日の食卓にも楽しい笑みがたくさんこぼれた。
そして、食後のお茶の時間。
エリーと話をして、明日、アイスクリームの試作をしてみることになる。
「楽しみですわね」
と言って無邪気に笑うエリーの表情を見て、私の心の中には温かい気持ちがいっぱいに広がった。
その後、自室に戻りいつも通り眠たそうにしているコユキを先に寝かせて軽く書き物をする。
その日は今日の出来事ではなく、思いつく限りの冷たい料理やお菓子の名前を列挙していった。
楽しい想像は時間を忘れるもので、気がつけば夜更け。
(おっと、いかん。熱中し過ぎてしまった…)
と反省してペンを置き、少し高ぶった気持ちを抑えようとベランダに出て夜風に当たる。
庭の隅にある離れに目を向けると、離れの灯りはすでに消えていた。
そんな真っ暗な離れを見ながら、
(さて。明日アイスクリームを食べてエリーはどんな顔をするだろうか?きっと驚いてくれるだろうな…)
と思ってひとり微笑む。
そして、辺境の空にきらめく星を見上げて、
(明日は頼むぞ)
と適当な願掛けをすると、私はひとつ深呼吸をして、部屋の中へと戻っていった。