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第111話アイスクリーム02

翌朝。

いつも通り早朝に起きて裏庭に出る。

その日はいつも以上に集中して魔力操作の稽古をした。

(おそらく効率化の鍵は魔力操作だ。それに、水が氷るというのももっと明確に想像した方がいい。動き回る水分子を大人しくさせて整列させるイメージを持って…)

と考えながら魔力を練り体中に循環させていく。

するとなにか体の中で一瞬何かが開いたような感覚があった。

何がどうなったのかは明確に言葉に出来ない。

しかし、とにかく何かが開いたような感覚があって、魔力がより円滑に流れていくようになったように感じる。

私はその感覚をなんとも不思議に思いつつも、その流れに身を任せて、さらに魔力を循環させていった。

やがて、程よい疲れと空腹を感じ始めたところで稽古を切り上げる。

(よくわからないが、あの感覚は大事にした方がいいんだろうな…)

と思いつつ、

「今日の朝ごはんはなんでしょうね?」

と楽しそうに言うミーニャと一緒に屋敷の中へと入っていった。

野菜たっぷりのみそ汁を飲みながら、

(みそ汁にミニトマトというのは意外だがけっこう合うな…)

と素朴な感想を抱きつつ今朝も美味しく朝食をいただく。

そして朝食が済み、リビングで食後のお茶を飲んでいると、そこへ、

「おはようございます。…少し早くき過ぎてしまいましたか?」

と少し遠慮がちなセリフを言いながらも楽しそうな表情でエリーがやって来た。

「いや。そんなことはないさ。私も楽しみにしていたからな」

と言って笑顔でエリーを迎え入れ、とりあえずエマにエリーの分のお茶を頼む。

そして、しばらく談笑していると、

「お嬢様。準備が整いましたよ」

とマーサが台所の用意が出来たことを告げにやって来てくれた。

「ありがとう。さっそくですが、始めましょうか」

と言うエリーに続いて台所に向かう。

するとそこには牛乳や卵に加えてブドウやイチゴも用意してあった。

「うふふ。一緒に果物を混ぜてみたら美味しくなるかもしれないと思って用意してもらったんですのよ」

と楽しそうに言うエリーに、

「ああ。それはいい思い付きだ。きっと美味しくなるぞ」

と笑顔で答えてさっそく調理に取り掛かる。

まずは卵と砂糖を混ぜ、そこへ牛乳を加えながらとりあえず勘を頼りに原液を作っていった。

とりあえず出来上がったものを味見したエリーが、

「プリンとしてはこのくらいでいいと思うんですが…」

と言いつつ、私に意見を求めてくる。

私は前世の記憶にあるアイスクリームの味を思い出しながら、

「うーん…。もう少し濃く甘くした方がいいかもしれんな。おそらく凍らせたら味を薄く感じてしまうだろう。もう少し砂糖を足してみよう」

と言って味の調整を行う事を提案してみた。

「そうですわね。やってみましょう」

と言ってエリーがさっそく味の調整を始める。

そして、何度か味を見つつ調整を重ねること数回。

ようやく私が知っているアイスクリームの味に近い物が出来上がった。


「よし。このくらいでいいかもしれん。次は凍らせてみよう。ああ、氷を砕くのに使う千枚通しを持ってきてくれないか。あとたっぷりの塩も用意してくれ」

とそばで手伝ってくれていたミーニャにお願いして私はさっそく桶に水を張る。

そして、今朝やったように集中して魔力を循環させていった。

ある程度魔力の循環が終わったところで、また何かが開くような感じを覚える。

私はそれを感じて、

(よし…)

と心の中で何かを確信し、おもむろに桶に手をかざした。

桶の中の水に向けてゆっくりと魔力を流し込んでいく。

そして、徐々に水の動きを止め、分子を整列させることを想像していると、ある瞬間を境に私の体の中から一気に魔力が抜けていった。

(くっ…)

と心の中で軽く苦悶の声を上げつつも、落ち着いて対処していく。

(大丈夫だ。慎重に操作すればこの間のようにはならん…)

と思いつつ、ゆっくり魔力を循環させていく。

すると確かに大量の魔力を持っていかれている感覚はありつつも、先日よりはその流れが穏やかな感じで私の体の中から水へと魔力が流れ始めた。

(よし。いける)

と思いつつさらに魔力を流していく。

そして、ある程度水に魔力が行き渡ったところで水が一気に凍り付いた。

「よし」

と思わずつぶやいて魔法を止める。

大量の魔力を持って行かれたことで、かなりぐったりとはしてしまったが、今回は先日のように倒れることはなく、やや息を荒げる程度で収めることができた。

「はぁ…はぁ…」

と、やや息を荒げる私に、

「だ、大丈夫ですか?」

とエリーが心配そうに声を掛けてくる。

私はそれに、

「…ああ。少し息が切れたが、心配ないぞ…」

と答え、笑顔を浮かべて見せた。

「良かったです…」

とエリーがほっとしたような顔で微笑んでくれる。

私もそのエリーの微笑みを見て、ほっとしつつ、

「よし。さっそく続きに取り掛かろうか」

と言って微笑んだ。

ミーニャが持ってきてくれた千枚通しをアイスピック代わりにして氷を砕いていく。

そして、砕けた氷をボウルに入れ、そこにたっぷりの塩をまぶした。

それを見て、ミーニャが、

「氷にも味をつけるんですか?」

と若干的外れな質問をしてきたのに、思わず苦笑いを浮かべつつ、

「いや。これでもっと物が冷えやすくなるんだ。…まぁ、詳しい原理はよくわからんがとにかくそういうものらしい」

と詳しい説明を避けつつ曖昧に答える。

すると、それを聞いていたエリーが、

「ルーク様は博識でいらっしゃるのですね」

と感心したようにそう言い、尊敬するような視線を送ってきた。

私は、

(所詮、前世からの借り物の知識なんだがな…)

と思ってその視線に照れつつ、

「たまたま知ってただけさ」

と答えて苦笑いを浮かべる。

そして、次に原液が入ったボウルを氷が入ったボウルの上に重ねるようにしておくと、

「さぁ、これで凍らせるだけだ。ああ、かき混ぜながら凍らせてみよう。ゆっくりな」

と言って、エリーと一緒にアイスクリームの原液を木べらでゆっくりとかき混ぜながらゆっくりと凍らせていった。

やがて、アイスクリームの原液がゆっくりと固まり始める。

「まぁ、ルーク様。凍ってきましたわ!」

と驚きつつ楽しそうに言うエリーに、

「ああ。もう少し固まったら完成だ」

と笑顔で答えてさらにかき混ぜていく。

周りにいたみんなも興味深そうにその様子を眺めるなか、しばらくかき混ぜていると、いい感じに原液が固まった。

「よし。そろそろいい頃合いだろう」

と言って手を止め、

「調理者特権だ。先に味見をしてみよう」

と言って、みんなでアイスクリームをひと口ずつ匙に取る。

そして、

「なんだか緊張しますね…」

と言いながらじっとアイスクリームを見つめるエリーたちに、笑顔で、

「大丈夫だ。食べてみよう」

と言うと私はさっそくこの世界に生まれたばかりのアイスクリームを口に運んだ。

ひと口含んだ瞬間、濃厚な甘さと冷たさが口の中を支配する。

そして、前世の記憶にあるよりもややシャリシャリとした食感を感じると、

(これは、アイスクリームというより、アイスクリンという感じだな。なんだか昔懐かしいような味がする…)

という感想を持った。

続いてみんなもひと口食べ、

「まぁ…!」

「んっ!冷たいです!」

「ええ。とっても冷たくて甘いですねぇ」

「なんとまぁ…」

とそれぞれに驚きと感動の声を上げた。

そんなみんなの驚く顔を見て、

「よし。さっそくみんなにも食べさせてやろう」

と声を掛け、とりあえずミーニャにベル先生を呼んでくるよう頼む。

そして、

「うふふ。みなさんの驚く顔が楽しみですわね」

と楽しそうに言うエリーと一緒にアイスクリームを器に盛り付け食堂へと運んでいった。


その後、

「ぬぉぉっ!」

「きゃふーんっ!」

「んにゃぁっ!」

というベル先生とコユキ、ナツメの叫び声が食堂に響き渡る。

父も、

「…これは…」

と絶句して驚愕の表情を浮かべ、バティスも無言で目を見開いていた。

そんなみんなの顔を見て、なんだか無性に嬉しい気持ちになる。

(ああ、この顔が見られただけで私の人生には意味があったと思えてくる…)

と、なんとも言えない感慨にふけりつつ食べるアイスクリームはどこか幸せの味がするように思えた。


その日の夜。

「きゃふぅ…」(イチゴアイス…)

と幸せそうに寝言を言うコユキを軽くひと撫でしてから私も床に就く。

軽く目を閉じると、今日見たみんなの笑顔が浮かんできた。

(よかった)

とその笑顔の思い出を噛みしめつつ、軽く深呼吸をする。

するとじんわり眠気が湧いてきて、徐々に意識が薄れていくような感覚に陥った。

(今日も楽しかったな…)

と思いながら、その感覚に身を委ねる。

すると、私の体も心もなんだか温かい物に包まれたような感じになって、私はさらに意識を薄れさせていった。

なんとも言えない幸せな気持ちで眠りに落ちていく。

私はその感覚を心地よく思いながら、

(さて。明日はまた仕事だな…)

と現実的なことを思い軽く苦笑いを浮かべつつも、どこか希望に満ちたような心持で今日という一日を終えた。


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