「なっ!?リザード?」
と驚くハンスの言葉でそのトカゲの怪物がリザードと呼ばれる魔獣であることを知る。
私は、
(ほう。あれがリザードか…)
と少し物珍しい感じでその魔獣を見ながら、
(トカゲとワニを足して2で割った感じか?爪も牙も結構鋭い…。ていうか、二足歩行なんだな…)
と少し呑気な感想を持った。
そんな私の横でハンスが、
「なんでこんなところにいやがるんだ…」
と驚きの表情を浮かべながらつぶやく。
私はそれを見て、
(なるほど。これはどうやら異常事態らしいな…)
と思いつつも、なるべく冷静に、
「どうする?」
とハンスに判断を仰いだ。
その問いかけに、ハンスは少し考えて、
「とりあえず、討伐っすね。その後急いで戻って報告っす」
と、これからの行動を決める。
私はその言葉にうなずきつつ、ハンス向かって、
「リザードは初めてだ。特徴を教えてくれ」
と質問を投げかけた。
「…そうっすね。ちょっと硬いゴブリンって感じでたいしたことはないっす。でも、あの爪とか牙、それに尻尾を使って攻撃してくるっすから、少し距離をとって戦う感じっすかね…」
というハンスの言葉を聞き、
「わかった。私が遠目から魔法でやろう」
と言って立ち上がる。
そんな私にハンスは、
「あはは。そういやルーク様は魔法が使えるんでしたね。背中は任せてください。あとは頼みます」
と言って苦笑いを浮かべつつ、軽く頭を下げてきた。
そんな簡単な作戦会議で方針を決め、さっそくその場に馬たちとコユキを残して慎重に池に近づいていく。
そして、池のほとりで水を飲んだり寝そべったりしてのんびりしているリザードの無警戒な様子を確認すると、私とハンスはうなずきあって、それぞれに刀と剣を抜き放ちつつ、リザードの方へと駆け出していった。
私たちに気付いたリザードがハッとして戦闘態勢を取る。
しかし、私はそんなことはお構いなしにリザードの間合いの外から魔法を放った。
まずは一匹のリザードが沈黙する。
そして、次々と襲い掛かって来るリザードを風魔法で斬り裂いていくと、戦闘は一瞬で終わった。
「さすがっすね」
とハンスが感心と呆れを混ぜたような苦笑いで私にそんな賛辞を贈ってくる。
私はその言葉を苦笑いで受け止めつつも、
「異常事態なんだろ?急いで帰って対策を練ろう」
と声を掛けると、それに真剣な顔でうなずくハンスを伴ってコユキたちが待つ場所へと急いで戻っていった。
コユキとライカが待つ場所に戻ると、
「すまんが、緊急事態だ。急いで戻ろう」
と声を掛ける。
その言葉にコユキはきょとんとしていたが、ライカはすでに状況を理解してくれているらしく、
「ひひん!」(まかせて!)
と言ってやる気を見せてくれた。
すぐにその場を発つ。
ライカはハンスの馬に気を遣いつつも、来た時よりも速足で森の中をまっすぐ村に向かって進んでくれた。
野営を挟み翌日の昼過ぎ。
衛兵隊の拠点に辿り着く。
そこで、ハンスの父、衛兵隊長のエバンスに状況を報告すると、エバンスはすぐに状況を理解してくれて、森の中の見回りを強化することになった。
おそらくエバンスの頭の中には先のオークロードの件があるのだろう。
森に入る場合は必ず3人以上で行動することや、異常を察知したら無理せずすぐに報告しに来ることを徹底してくれると言う。
私はその方針を了承すると、すぐに父に報告すべく、急いで屋敷へと戻って行った。
ライカにずいぶんと急いでもらったおかげで夕方前には屋敷に到着する。
私は屋敷に戻ると、すぐにリビングに入りそこでバティスと将棋を指していた父に、今回の状況を報告した。
「まさかとは思うが…」
と、やや不安げな表情を見せる父に向かってしっかりとうなずき、
「オークロードの件もあります。油断はできないでしょう。しかし、今焦っても仕方ありません。ここは衛兵隊からの報告を待って、ベル先生たちの意見を参考にしつつ作戦を考えましょう」
と提案する。
そんな私の提案に父は、
「そうだな。それが一番いいだろう」
と言って重々しくうなずいてくれた。
当面の方針が決まったところで私はベル先生の家に向かう。
ベル先生はちょうど薬院から戻ってきたところだったらしく、私の急な訪問に驚いていたが、私が状況を説明すると、
「うーん…。今のところなんとも言えんな。衛兵隊からの報告を待って行動するというルークの判断で間違いないじゃろう」
と言ってくれた。
その後、明日にもジェイさんたちに話をしに行ってくれるというベル先生に礼を言って屋敷に戻る。
屋敷に戻ってリビングに入ると、そこにはいつものようにエリーがいて、コユキと戯れていた。
「おかえりなさいまし」
と笑顔で言ってくれるエリーに、
「ああ。ただいま」
と心の中では今回のリザードの件を心配しつつもエリーを不安にさせてはいけないと思ってなるべく平静を装って笑顔でそう答える。
しかし、エリーは少し不思議そうな感じで私を見ると、
「何かあったんですか?」
と聞いてきた。
私は一瞬、
(しまった。顔にでも出ていただろうか?)
と思ってドキリとしてしまうが、
「いや。たいしたことじゃない。エリーが心配するようなことは何も無いさ」
と少しの嘘を吐く。
すると、エリーは少しだけ寂しそうな顔になって、
「私、何もお力になれませんのね…」
と力なくそう言った。
そんなエリーの言葉に慌てて、
「いや。そんなことはない。…ただ、なんというか、余計な心配はかけたくないと思ってな…」
と言い繕う。
そんな私たちの間には一瞬なんとも気まずいような空気が流れた。
(いかん。これでは余計不安にさせてしまうじゃないか…)
と思いとりあえず、
「ああ…、なんというか、あれだ。その、エリーにはエリーの得意なことがあって、その…、例えば料理とか裁縫とか、そういうのだ…。それがいつも私たちの力になっている。だから、そんなに悲しまないでくれ…」
と、しどろもどろながらもそんな言葉を発してみた。
その言葉を聞いてエリーもどこか気まずそうに、
「い、いえ…。私は好きなことをしているだけですし…、その、ご厄介になっている身で、その、なんというか、もっとできることがあれば良いのにといつも思っていて…、その、なんていうか…」
と、言葉を選びながら遠慮がちにそう言ってきた。
お互いがしどろもどろになり、なんとも言えない空気が流れる。
そんな私たちの空気を察したのか、コユキが、
「きゃふぅ…」(ケンカ?)
と心配そうな感じでそう言ってきた。
「いや。違うぞ。大丈夫だ」
と慌ててそれを否定する。
するとエリーも、慌てて、
「え、ええ。大丈夫よ。ケンカなんかしていないわ」
と言ってコユキを慰めるように撫でた。
「きゃぅ…」(ほんと?)
と聞くコユキに、
「ああ。本当だ」
「ええ。そうよ」
と答えて、お互いに苦笑いを浮かべる。
そんな一幕を挟んで私はエリーに向かい正直に、
「まだわからんが、近いうちにまた討伐に行かなければならないかもしれない。しかし、心配はない。みんなが付いているし、私もそれなりに強くなっているからな」
と微笑みながら現状を告げた。
その言葉にエリーがどこか安心したように、
「そうでしたか…。では私は信じてお帰りを待っておりますわ」
と言ってややぎこちない感じながらも微笑んでくれる。
そんなやり取りにお互いがどこか照れてしまっていると、今度はコユキが、
「きゃふ?」(仲直りできた?)
と聞いてきた。
「ははは。仲直りもなにも、最初からケンカなんかしてないぞ?」
と笑いながらコユキを撫でてやる。
そんな私に続いてエリーも、
「ええ。そうよ。…うふふ。心配させてごめんなさいね」
と言ってコユキを撫でた。
二人してコユキを撫でてやりながら、微笑み合う。
すると、私たちの間に流れていた微妙な空気はいつの間にか和んでいて、そこへ、
「ご飯の準備ができましたよ」
とミーニャが声を掛けに来てくれた。
「きゃん!」(ご飯!なぁに?)
と、はしゃぐコユキにミーニャが笑いながら、
「今日はハンバーグですよ」
と答える。
その言葉にコユキは、
「きゃん!」(やった!)
と言うと私たちを、
「きゃん!」(はやく、はやく!)
と、せかしてきた。
「ははは。そうだな。早く食べに行こう」
と言ってコユキを抱きかかえる。
そんな私たちに、
「うふふ。今日のハンバーグはちょっと工夫をしてみましたのよ」
とエリーが言って笑った。
「ほう。どんな工夫なのか楽しみだ」
と言ってエリーに微笑みかけ、さっそく食堂に向かう。
そして、私たちはその日の夕食に出されたチーズ入りのハンバーグに驚かされつつ、楽しく夕食の席を囲んだ。