大所帯ならではのやや遅い速度ながら順調に森を進んでいく。
最初の野営地を出発してから二日は何事も無く終わった。
「ここまでは順調っすね」
というハンスの少し安心したような言葉通り、私が予想したよりもずっと順調に進んできている。
私もそれに安堵を覚えつつも、
「明日からはわからんぞ?」
と念のためハンスに注意を促した。
「そうっすね」
と言ってやや引き締まった顔をするハンスの様子を見て安心しつつその日も野営の準備に取り掛かる。
そして、料理班が作る意外と美味しいスープを飲んでその日もゆっくりと体を休めた。
翌日。
そろそろ昼の休憩に入ろうかという所で、
「ひひん!」(いるよ!)
とライカが声を上げる。
それとほぼ同時にコユキも、
「きゃぅ…」(くちゃい…)
と不機嫌そうな声を上げた。
私の先を行っていたハンスがこちらを振り返り、
「どっちっすか?」
と聞いてくる。
私はすぐさまコユキに、
「匂いはどっちからしてくる?」
と聞くとコユキは器用に前脚を使って、
「きゃん」(あっち)
と方向を教えてくれた。
私はそんなコユキを撫でてやりつつ、ハンスに向かって、
「あっちにゴブリンがいるらしい」
と敵の方向と種類を教える。
すると、ハンスは少し迷ったようだが、
「了解っす。みんな。ゴブリンらしい。放っておくわけにもいかないから討伐するっすよ!」
と、みんなに声を掛け、コユキが指し示した方向に進路を変更した。
やがて、ゴブリンの痕跡を見つける。
私が、
(さて。どう動くか…)
と思ってハンスの方を見ていると、ハンスは、
「1班と2班で始末して後は昼の準備をしてくれ!」
と迷わず指示を出した。
「おう!」
と返事があって、衛兵隊のみんなが動き始める。
おそらく1班と2班だと思われる10人が先行し、他はその場で昼の準備に取り掛かり始めた。
昼の準備は手早く終わり、みんなでサンドイッチをぱくつく。
そして、食後のお茶を飲みながらゆっくり待っていると、先ほど先行した1班と2班の連中が戻って来た。
「どうだった?」
と短く聞くハンスに、どちらかの班を指揮していたと思われるベテランが、
「15だ。きっちり焼いてきたぞ」
と答えて簡単に報告を済ませる。
それを聞いたハンスは、
「お疲れ。すまんが、さっさと飯を食ってくれ。食ったらさっさと出発しよう」
と声を掛けて、戦ってきてくれた衛兵たちに飯とお茶を出してくれるよう調理班の連中に指示を出した。
(さすがにこの辺りは慣れたものだな)
と感心しながらその様子を眺める。
そして、戦いに行ってくれた衛兵たちが食事を済ませると、私たちは再び目的地を目指して進んでいった。
その日はそれ以上何もなく、翌日。
「今日は目的地の手前まで行って、斥候部隊と合流するっす。そこで作戦を立てましょう」
と言うハンスの提案にうなずいて、歩を進める。
そして、途中またゴブリン討伐を挟んだあと、夕方前には無事斥候部隊と合流することができた。
「どんな様子だった?」
と聞くハンスに、
「うじゃうじゃいたな…。数は全部で100を超えるくらいだ。一番デカい群れは4、50で中心にやたらデカいのがいた。…ありゃ、ちょいと手強そうに見えたな」
と斥候部隊を指揮していたベテランが報告する。
その報告を聞いてハンスは、
「わかった。場所を確認しつつ布陣を決めていこう」
と言うと、さっそくその場に地図を広げて斥候部隊と共に敵がいる場所に印を置いていった。
敵の状況があらかた明らかになり、ハンスが、
「…なるほど」
と、つぶやく。
私はそれまで静観していたが、そこで初めて、
「どうする?」
とハンスに問いかけた。
その問いかけにハンスは少し言葉を選ぶような仕草を見せつつも、
「…そうっすね。…1班と2班は西側から回り込んで、こっちの群れを中央に向かって追い込んできてくれ。3班と4班は東側の比較的小さい群れを制圧。俺の部隊は1班と2班が追い込んだ群れを挟み撃ちにして押しとどめるからその間にルーク様はグレートリザードに向かってくだせぇ。こっちは雑魚が片付き次第、中央の群れを取り囲んで殲滅します。斥候のみんなは後方から主にルーク様たちの支援だ」
と次々に指示を出す。
私も、各班の班長もその指示にうなずき、明日の作戦が決まった。
「じゃぁ、明日は日の出前から行動開始だ。攻撃開始は1班と2班が追い込んできた群れが遠目に見えしだい残りが動く感じにするから、1班と2班は早めに行動してくれ」
と、みんなに指示を出すハンスをなんとも頼もしく思いつつ、私もみんなと一緒に、
「おう!」
と返事をして野営の準備に取り掛かる。
そして、その日はいつもより簡単な食事を手早く済ませると、緊張感の中交代で体を休めた。
翌日。
空がわずかに白み始めたのを合図にさっそく行動に移る。
1班と2班は別行動となり、3班と4班が私たちを先導するような形で森の中を進んでいった。
途中、3班4班とも別れ事前に打ち合わせた位置につく。
すると、夜が明けきった頃、遠くから声が聞こえて1班と2班がリザードの群れを追い込んでくるのが見えた。
「いってくるっす!」
と気合のこもったひと言を残してハンス達遊撃隊がそちらの方に突っ込んで行く。
私もみんなに、
「よし。こっちも行くぞ!」
と声を掛けると、
「はい!」
「おう!」
という返事を聞きつつ、中央の大きな群に向かって突っ込んでいった。
身体強化を使って真っ先に突っ込んで行き、群れの端に着くと、そこで気合を込めて刀を一閃し風魔法を放つ。
割と気合を込めて放った魔法は数匹のリザードを沈黙させ、群れの一端に綻びを作った。
そこへ遅れて矢が飛んでくる。
おそらくエリックが放ったものだ。
その矢が何匹かのリザードを牽制している隙に、ミーニャとルイージが私に追いついてきた。
「お待たせしました!」
と言って、さっそく手近にいたリザードに斬りつけるミーニャに背中を任せ私はまた刀を一閃し魔法を放つ。
すると、また数匹のリザードが沈黙し、群れの真ん中に向けて道が出来た。
「行くぞ!」
とミーニャとルイージに声を掛け突っ込んで行く。
私たちの後から次々と矢が飛んでくるからおそらくエリックと斥候部隊の連中が共同で牽制をしてくれているのだろう。
私はその援護を頼もしく思いつつ、群れの中央に向かって走っていった。
やがて、ひときわ目立つ存在が目に入ってくる。
(…おいおい。デカいとは聞いていたが、こんなにデカかったのか…)
と思いつつその3メートル近くはあろうかというそのグレートリザードの巨体を見る。
しかし、私はそれに感心することも怯えることもなく、思いっきり刀を一閃し遠目から魔法を放った。
「ギエェッ!」
と気色悪い声を出してグレートリザードがのけぞる。
(やったか?)
と思ったが、グレートリザードは多少痛がった程度だったらしく、そこまで大きな傷も出来ていない。
(おいおい。本当に魔法に強いんだな…)
とナツメが言っていたことを思い出しつつも私は周りから次々と襲ってくるリザードたちを適当にあしらいつつ、ミーニャとルイージに、
「後ろは任せるぞ!」
と言い残してさっさとグレートリザードのもとへと駆け寄って行った。
(魔法がダメなら物理攻撃だな…)
と頭を切り替えつつ、グレートリザードの懐に飛び込んでいく。
しかし、そんな私の攻撃を読んでいたのか、グレートリザードはその長い手の先に付いた凶悪な爪をものすごい速さで振り下ろしてきた。
咄嗟に避けたが、少しよろけてしまう。
私は思わず、心の中で、
(おっと…)
と声を出しつつ、なんとかその場で踏ん張った。
そこへ今度はトゲのついた尻尾が襲い掛かって来た。
私はそこで咄嗟に防御魔法を展開し、その軌道をなんとかずらす。
私の頭の上をその凶悪な尻尾が通過していったのを見て、私は迷わずグレートリザードの懐に飛び込んでいった。
一瞬で魔力を練り、気合を込めて刀を横なぎに一閃する。
すると、グレートリザードの右脚が半ばまでスッパリと斬り裂かれた。
「ギエェッ!」
と先ほどよりも大きな悲鳴が上がって、グレートリザードが膝をつく。
そして、グレートリザードが苦し紛れに振り下ろしてきた尻尾を刀で迎え撃つとそれを一刀のもとに両断した。
また汚い悲鳴が上がり、グレートリザードが倒れる。
私はその隙を逃さずグレートリザードの首元に駆け寄ると、渾身の気合を込め、その首めがけて袈裟懸けの一刀を放った。
今度は声も無く、グレートリザードが沈黙する。
私はそこで一瞬ひと息吐きかけたが、
(おっと。そんな場合じゃなかったな)
と思い直して、再びミーニャたちのもとへと駆け戻っていった。
やがてミーニャやルイージと合流し残党狩りを始める。
リザードたちは群れの長を失ったにもかかわらず次々と襲い掛かってきた。
それを私は次々と斬っていく。
そして、その一番大きな群れが完全に沈黙すると、ハンス達の方に目をやった。
どうやらあちらもそろそろ終わるらしい。
ハンス達は私たちが担当していた中央の群れからこぼれた残党を難なく倒している。
私はその様子を見て、
(よし。ひとまずこれで大丈夫だな…)
と安堵しつつも念のため周囲を見渡し、少しでも動いているものがいないかを確かめた。
やがて、周囲から完全にリザードの気配が消える。
私はそこでようやく息を吐き、
「お疲れ」
と言ってミーニャとルイージに手を掲げて見せた。
その手を二人が軽く叩き、いわゆるハイタッチを交わす。
するとそこへハンスも駆けつけてきたので、ハンスとも同じように手を合わせた。
やがて、ハンスは各班の状況を確認に行き、私たちはリザードを焼き始める。
事前には何も聞いていなかったが、とりあえずグレートリザードからは硬そうな鱗を剥ぎ取れるだけ剥ぎ取った。
それから魔石を取って燃やす。
グレートリザードは普通のリザード同様よく燃えたが、デカいだけあって、その火柱は私の身長を優に超えるほどの高さまで上がった。
そんな炎を見ている私に、
「今回も無事終わりましたね」
とミーニャが微笑みながら声を掛けてくる。
私はそんなミーニャに、
「ああ。とっとと帰って美味い飯を食おう」
と声を掛け返すと、ミーニャはいつものように明るい笑顔で、
「はい!」
と言ってくれた。
その後、みんなでライカ達が待つ地点まで戻り、全員の無事を確かめる。
どうやら、かすり傷や打ち身はあるものの全員普通に行動できる程度には無事だったようだ。
私はそのことにほっとしつつ、
「さぁ。とりあえず今日はゆっくり休もう。明日からもまた気の抜けない帰路になるが、みんな無事に村に帰ろう。そして帰ったら宴会だ!」
と、みんなに明るく声を掛けた。
「おう!」
という明るい声が返ってくる。
私はその声を聞いてなんとも嬉しい気持ちになりながら、みんなと一緒に昼食の準備に取り掛かった。