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第118話長閑な秋の一コマ02

翌日。

溜まった書類をなんとか片付け終わり午後からは久しぶりに村の様子を見て回る。

まずは、最近あまり顔を出せていなかった織物工場へと足を向けた。

「すまん。邪魔するぞ」

と言って静かに工場の扉を開ける。

すると中からはバタンバタンと機織りの音がしてみんなが一生懸命作業している様子が目に飛び込んできた。

(いかん。突然来たのは迷惑だっただろうか?)

と思っていると、私に気が付いた機織り職人のリリアーヌが少し慌てた様子で作業の手を止め、私の元にやってくる。

「いかがなさいました?」

と聞いてくるリリアーヌに、

「ああ、いや。ここ最近顔を出せていなかったから順調かと思ってな…」

と少しバツが悪そうな顔でそう言うと、リリアーヌは少し安心したように微笑み、

「そうでしたか。何かあったのかと思いましたが、安心しました。奥の事務所にアリアやエチカがいますから、お茶でも飲んでいってください」

と言ってくれた。

「忙しい所邪魔してすまんかったな」

と言いつつリリアーヌの案内でその奥の事務所に向かう。

するとそこにはエルフの技術者3姉妹の長女アリアと意匠担当のエチカがいて、なにやら図面らしきものを見ながら話し合いをしていた。

「久しぶりだな。順調か?」

と声を掛けながら握手を求める。

「はい。生産は順調ですよ」

と言うアリアや、

「今、新作のことで話し合いをしてたんです」

と言うエチカとにこやかに握手を交わし、

「今、お茶をお持ちしますね」

と言ってくれるリリアーヌに礼を言ってエチカの横に腰掛けた。

「新作っていうのはどんなものだ?」

と聞き、机の上に置いてあったデッサンらしきものを見る。

「…それが、イマイチ、ピンとくるものがなくって…」

と言って残念そうな顔をするエチカの様子を見ながらそのデッサンが書かれた紙を手に取ると、庶民向けのちょっとしたドレスなど、たしかにこの領内では珍しいものだったが、都会ではありふれた商品ばかりのように見えた。

「うーん。たしかに商品自体はありふれたものだが、それでもこの意匠は新鮮で美しいし、この領では喜ばれるんじゃないか?」

と言って軽くエチカを慰める。

しかし、エチカは少し苦笑いを浮かべた後、

「そうなんですけどねぇ…」

と言って、考え込むような仕草をした。

「エチカはもっと普段から使ってもらえてお洒落な服を作りたいらしいんです」

とアリアが少し困ったような顔で笑いながらそんなことを言う。

「なるほど。普段着か…。それでいて物珍しいものとなると、少し難しいな…」

と言って私もついつい考え込む。

そんなところへリリアーヌが、

「粗茶ですが」

と言ってお茶を持ってきてくれた。

「ああ。ありがとう」

と言いつつ何気なく受け取る。

そして、ふとリリアーヌの姿を見て、

「そう言えば、エプロンが無いな…」

とつぶやいてしまった。

「え?」

とエチカが不思議そうな声を上げる。

アリアも、

「エプロンですか?」

と言い、リリアーヌの方に目をやった。

そんな視線を向けられたリリアーヌが不思議そうに、

「エプロンならいつもしていますが…」

と言って自分の腰に巻き付けられた作業用のエプロンを軽く触りながら見る。

私はそんな不思議そうな三人の様子を見ながら、

(そうか。この世界でエプロンと言えば腰に巻くタイプのものだけだったよな…)

と思いつつ、

「ああ、いや。エプロンの布が胸まで覆ってたら便利じゃないかと思ってな」

と言って苦笑いをして見せた。

頭に疑問符を浮かべてぽかんとする三人にどう説明した物かと思って手近にあった紙とペンをとる。

そして、

「例えばだが…」

と言いつつ、前世の記憶にあるいわゆるスタンダードなエプロンの形を書いて見せた。

するとそれを見たエチカが、

「なるほど。それは便利そうですね」

と言って真っ先に反応する。

続いてアリアも、

「ええ。これなら上着の汚れも防げますし、いいかもしれませんね」

と言って、ちょっと驚いたような顔を見せてくれた。

そんな二人に、私は、

「ああ。作業着としてはこんなものだが、これは服にも応用できるんじゃないか?」

と言って、いわゆるエプロンドレスやオーバーオールの説明を始める。

オーバーオールは農作業をする人には受けそうだし、エプロンドレスはちょっとしたフリルの一つでもつければご婦人方のちょっとしたお洒落着になりそうだというような説明をすると、段々エチカの目が輝きだす。

そしてエチカは、なにやらぶつぶつとつぶやき、考え込むような仕草を見せると、その場で紙になにやら走り書きを始めた。

そんな様子を見ていたアリアが、

「うふふ。何か浮かんだみたいですわね」

と言って少し困ったような微笑みを浮かべたのに対して、私も、

「ああ。少しは手伝いが出来たみたいで良かったよ」

と苦笑いを浮かべてそれに応じた。

その後、

「さっそく素案が完成したらお見せしに行きます!」

と言って事務所を出ていくエチカを微笑ましく見送り、工員として働く領のみんなに軽く声を掛け、私は織物工場を後にした。

その後、ノバエフさんの鍛冶場で世間話をしながら手押しポンプの話をしたり、ドワイトさんやガルフさん、アーズマさんが働く工事現場に行って、腰を屈めずに稲刈りが出来る道具があったら便利なんだがな、というような話をして夕方には屋敷に戻っていった。


そして屋敷に戻り、いつものようにリビングでくつろぎながら、

「村の様子はどうだった?」

と聞く父に、

「いつも通り平和なものでしたよ。この領じゃそうそう大きな変化はおきませんからね」

と笑顔で答えてお茶を飲む。

そこへまたいつものようにコユキを抱いたエリーがやって来て、さらに楽しいお茶会が始まった。

父が私の留守中、ジェイさんとナツメに将棋を教えた話やベシャメルソ―スがあるならクリームコロッケも出来るのではないかというような話で盛り上がる。

そして、そんな話に花を咲かせていると、

「ご飯の準備ができましたよ」

というエマの優しい声がして、私たちはにこやかに微笑み合いながら、食堂に向かった。


翌々日。

村の広場を会場にして衛兵隊の慰労会を行う。

我が家からはここ最近村の宴会の定番になりつつあるカレーと、普通の家庭ではなかなか作らないという揚げ物の炊き出しをミーニャとセリカが行ってくれた。

衛兵隊からは狩りで仕留めたというイノシシ肉の塊が届く。

それを調理班が豪快に丸焼きにしてくれて、料理の準備が整ったところで、みんなにジェイさんから差し入れられたワインの新酒を配り、私が壇上に立った。

「みんな、今回はありがとう。おかげでまたこの領の平和が守られた。ささやかだが、今日は思いっきり飲んで食ってくれ」

と簡単に挨拶をし、

「乾杯!」

と大声で言ってグラスを掲げる。

すると、参加したみんなも、

「乾杯!」

と一斉にグラスを掲げて、楽しい宴会が始まった。

次の瞬間、

「うんめぇーっ!」

とか、

「なんじゃこりゃ!」

というような驚きの声が上がる。

私もそんなみんなの驚きの表情を嬉しく眺めながら、そのワインをひと口飲んだ。

ひと口飲んだ瞬間思わず目を見開く。

さすがにまだ若いとあって、重厚感は無い。

しかし、その鮮烈な香りと爽やかな酸味、そしてほのかにする甘味のバランスはこれまで飲んだどのワインよりも見事なものだった。

(おいおい。これをきちんと寝かせたらとんでもない味になるぞ…。これはものすごい名産品が出来てしまったな…)

と思いつつ、またひと口飲む。

そして、

(これは来年から貿易関係の書類がまた増えてしまうな…)

と心の中で嬉しい苦情を言いつつ、微笑みを浮かべた。


やがて、日が暮れ。

宴会もお開きの時間を迎える。

帰り道、

「楽しかったですね」

と言ってくるミーニャに、

「ああ。またやりたいな」

と答えると、

「じゃぁ、収穫が終わったら、領を上げて大々的にお祭りをしましょう!」

とミーニャがやる気一杯な感じでそんなことを言ってきた。

そんなミーニャのキラキラとした視線を浴びながら、

「ははは。それはいいな。じゃぁ各村に酒と食材を配って大々的にやるか」

と笑顔で答える。

するとミーニャは喜びの表情を顔いっぱいに浮かべて、

「はい!楽しみです!」

と元気のいい返事をしてきてくれた。

「うふふ。ベル先生もジェイさんたちも張り切って準備してくれそうですよね」

と、おかしそうに笑うセリカやウキウキとした歩調で歩くミーニャと一緒に月明かりに照らされた道を歩く。

そして、ふと、

(そう言えば、灯りの魔道具はノームの秘伝だと言われているが、あれはどんな仕組みになってるんだろうな…。今のところ室内用の大型の物しかないし、かなり高価だが、あれが小型化できれば便利になるぞ)

と思いつつ、一応腰から下げて来たランタンに手をやった。

「あ。おつけしますか?」

と聞くミーニャに、

一瞬迷いつつも、

「いや。今日は月が明るい。このまま帰ろう」

と答えて、

(この村に街灯はしばらく必要無さそうだな)

と思いそっと笑みを浮かべる。

そして、

(この領にはこの領なりの発展の仕方があるさ)

と、どこか哲学的なことを思いながら、屋敷へと続くぼんやりと明るい道をのんびりと歩いていった。


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