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第119話エリーと侯爵領へ01

収穫祭が大盛り上がりで終わってから数日。

領内各地では冬支度が始まっている。

「にゃぁ…」(あの酒はよかったのう…)

とナツメが私の膝の上で丸くなりながら、収穫祭で飲んだワインのことを思い出しつつあくびをした。

私はそんなナツメを軽く撫でてやりながらも、

「ああ。あれは絶品だったな。しかし、もう少し寝かせたらもっと絶品になるぞ?」

と言いつつ書類を捌き、次々に決裁していく。

この時期は収穫量のまとめや決算、次の春に向けた準備なんかでわりと忙しい。

それはベル先生も同じらしく、今は風邪薬作りで忙しいのだとか。

そんな中、ナツメは寒いし話し相手がいないと暇だという理由で暖炉がある私の執務室に来てのんびりしていた。

「そう言えば、なんで研究室には暖炉をつけなかったんだ?」

と今更そんな単純な疑問をナツメにぶつけてみる。

するとナツメは、また軽くあくびをしながら、

「にゃぁ」(危険な薬品もあるし、この寒くて乾燥した状態でないと調合できん薬草もあるからのう…)

と退屈そうにそう教えてくれた。

「なるほど。薬作りというのも大変なものなんだな…」

と、まるで他人事のようにそんな感想を言いつつ、また書類をめくる。

そして、

(お。今年の柿は出来がいいみたいだな。となると農家は干し柿作りで大忙しか…。あれはお菓子にも使えるからこの冬は子供たちが大喜びだな)

と思いながら、ひとりにんまりしているとそこへ、

「お手紙が届きました」

と言ってミーニャがいくつかの手紙を持ってきてくれた。

「お。ありがとう」

と軽く礼を言ってその手紙を受け取る。

手紙は簡素なものが1通と、豪華なものが1通。

どちらも前世の記憶的に言えばA4くらいの大きさで、中には書類がたっぷり詰まっているんだろうなという重さと厚さをしていた。

差出人は簡素な方が公爵領の大商会、リッツ商会からのもので、おそらく貿易関係の書類だろうということがわかる。

そして、豪華な方はどこからどう見ても侯爵様からのものだとわかった。

まずは、事務的な方の手紙を開き中を確かめる。

内容は予想通り、貿易関係の書類で、請求書や領収書などの書類に加えて、今後取引したい品目やその量が記されていた。

(綿と米か…。後は竹細工や木工品があるな。…あれは冬の間、農家が手仕事で作っているようなものだが、意外と需要があったみたいだな。よし、そのうちアーズマさんに、さらにいい物が出来ないか検討と助言をお願いしよう)

と思いつつその書類を貿易関係の書類をまとめた箱に入れる。

そして、次に侯爵家から届いた手紙の封を切った。

中から事務的な書類に混じって2通の手紙が出てくる。

まず1通は、ギルバート・エレスフィア伯爵に嫁いだシンシアからのもので、読んでみると、そこには懐妊の報告と、今年の冬は実家に行けないから会えない。残念だ。というようなことが書いてあった。

私は大喜びで、

「おおっ…!」

と感動の声を上げ、立ち上がってしまう。

すると、私の足元から、

「にゃ!」(ぬわっ!)

というナツメの驚く声が聞こえた。

「ああ、すまん、すまん。妹みたいに可愛がっている侯爵家の令嬢から懐妊の報告が来てな。ついつい興奮してしまった」

とナツメに謝る。

そんな私にナツメは、

「にゃぁ」(うむ。それはめでたいな。後でベルに妊婦に良い薬でも作ってもらうと良いぞ)

と祝いの言葉を述べてくれた。

「ああ。ありがとう」

と礼を述べて再び椅子に腰掛ける。

そして、また私の膝の上に戻って来たナツメを軽く撫でてやると次は侯爵様からの手紙を開いた。

手紙はまず時候の挨拶から始まる。

(息子同然の私相手の手紙こういう形式は省いてもいいのだが…。相変わらずまじめな方だな)

と思いながら読み進めていくと、この冬は来る時はエレノア嬢も伴ってくるように。進展があった。くれぐれもエレノア嬢の身分が覚られないよう、私の指図で偽名の通行証を作成しておいたからそれを使ってくれ。というようなことが書かれていた。

「なっ!?」

と叫んでまたたちあがる。

するとまた、

「にゃ!」(ぬわっ!)

と足下から声がして、ナツメが私に軽くジト目を送ってきているのが見えた。

「すまん…。いや、エリーのことで進展があったらしいんだ。…ああ、そう言えばナツメはエリーの事情を知らんかったな…。まぁ、なんというか、エリーにとってとても重要なことがあったんだ。すまんかった」

と言って素直に謝る。

そんな私に、ナツメは、

「にゃぁ」(ならば仕方あるまい。しかし、気をつけろよ)

と言うと、再び椅子に座った私の膝の上に乗って来て丸くなった。

さっそく返事を書き始める。

シンシアには丁寧に喜びの声を伝え、子が生まれたら是非会いに行きたいというようなことを真剣な文章で綴った。

次に侯爵様宛の返信を書く。

この冬は必ずエレノア嬢を伴ってお訪ねする。ついては、新しく村でワインを作ったからその味見もしてもらいたい。というようなことを書き終えると、今度こそナツメを落とさないように、まずはナツメをゆっくりと抱きかかえてから、控室にいるミーニャを呼んだ。


「すまんが、リリアーヌの所に行って、一番いい布を一束もらってきてくれるか?貴族家に生まれる赤ん坊の産着にすると伝えればわかってくれるはずだ」

と伝えるとすぐにミーニャが執務室を出ていく。

そして私は書いたばかりの手紙に封をすると、急いで屋敷へと戻っていった。

屋敷について、まずは台所に向かう。

そして、そこにいたエマに、

「今エリーはどこにいるかわかるか?」

と聞くと、

「ええ。先ほどコユキちゃんにせかされて外に出て行かれましたからきっと裏庭か離れで遊んでらっしゃると思いますよ」

と言うので私はさっそく勝手口をくぐり裏庭に出てみた。

しかし、そこにエリーの姿はない。

そこで私はやや急ぎ足で離れに向かう。

そして、離れに着くと、軽く扉を叩き、

「すまん。ルークだ。急用があってきた」

と声を掛けた。

するとしばらくして扉が開き、マーサが対応に出て来てくれる。

「あら。ルーカス様。いかがなさいました?」

と聞いてくるマーサに、

「ああ。エリーに報せがあってな。いるだろうか?」

と言うと、

「ええ。今お庭でコユキちゃんやライカちゃんと遊んでおりますので、すぐにお呼びします。とりあえず中でお待ちください」

と言ってくれたので、私は離れの中に入りリビングのソファに腰掛けた。

しばらくすると、エリーがやってきて、

「いかがなさいましたの?」

と心配そうに声を掛けてくる。

そんなエリーに私は侯爵様から届いた手紙のことを告げた。

「まぁ…」

と絶句してエリーが驚きと喜び、そして不安が入り混じったような複雑な表情を浮かべる。

「まだ内容はわからんが、侯爵様が進展があったというからにはおそらく良い方向に動いたんだろう。近いうちに侯爵領へ行くことになるだろうから今のうちから準備を進めておいてくれ」

と言うとエリーはその複雑な表情を少しだけ引き締めて、

「はい」

と、しっかり返事をしてくれた。

それから、まだ少し混乱しているエリーに、

「大丈夫だ。侯爵様は信頼できるお方だし、万事任せておけば良いようにしてくださるだろう。それにいざとなれば私が付いている。安心してついて来てほしい」

と声を掛け、これからのことについて打ち合わせをした。


その後、私の仕事が落ち着き次第出発することを決めて私は役場に戻る。

すると、ちょうどミーニャも木箱を抱えて戻って来ていて、

「一番上等な布をもらって来ました!」

と笑顔で報告してくれた。

そんなミーニャにも、エリーのことを報告しつつ、旅の準備を頼む。

話を聞いたミーニャは、

「よかったですね!」

と満面の笑みでそう言うと、

「準備はお任せください。すぐに取り掛かります」

と言って、執務室を出て行った。

そんなミーニャを見送ってからシンシアへの手紙と木箱一杯の布を持って、荷物の手配をしてくれる雑貨屋へと向かう。

シンシアの住むエレスフィア領までは2か月ほどかかるとのことだったから、この荷物が届く頃にはシンシアのお腹はずいぶんと大きくなっていることだろう。

(無事、元気な子を産んでくれよ…)

と願いながら荷物を預け、私はなぜだか妙にそわそわするような気持ちで来た道を戻っていった。


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