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第120話エリーと侯爵領へ02

それから数日。

ようやく仕事に一区切りついたところで、早めに仕事を切り上げベル先生が働く薬院に向かう。

そこで私はベル先生に今回の事情を説明し、

「すまんが、コユキたちのことを頼めるか?」

と少し遠慮がちにそんなお願いをした。

「ははは。コユキは拗ねるじゃろうな」

と苦笑いで言うベル先生の横で、寒そうに丸まっていたナツメが、

「にゃぁ」(うむ。あれはまだ子供じゃからのう…。よし、吾輩も一肌脱いでやろう)

と言って私の留守中コユキたちの相手をしてくれると言ってきてくれた。

「ありがとう。助かる」

と素直に礼を述べて頭を下げる。

そんな私にベル先生もナツメも、

「相変わらずまじめなやつじゃのう…」

とか、

「にゃぁ」(真面目は美徳じゃが、我々にはもう少し気楽に接しても構わんぞ?)

と言って苦笑いを浮かべた。

そんな二人を今夜の食事に誘う。

「コユキのこともあるが、食事は大勢で食べた方が美味しいからな」

と言うと、ベル先生は、

「そうじゃな。たまにはセリカにも楽をさせてやらんといかん。お言葉に甘えさせてもらうぞ」

と快く誘いに応じてくれた。


(さて。コユキのご機嫌もとらんといかんし、今夜はすき焼きなんてどうだろうか?)

と考えながら、屋敷に戻る。

そして、一番に台所に向かうと、

「今夜はすき焼きにしないか?」

とエマとミーニャに笑顔でそう伝えた。


その後今夜はベル先生とナツメ、セリカが来ることを告げ、リビングに入る。

しばし父とお茶を飲みながら、今後の話をした。

「ミリアルドのことだ、万事抜かりはなかろうて」

と言いながらお茶をすする父に、

「ええ。そこは信頼しています。しかし、エリーの心中を思うとやはり緊張してしまいますよ」

と返して苦笑いを浮かべながら私もお茶をすする。

そんな私を見て父は、

「ふっ」

と軽く笑い、

「いざと言う時は覚悟を決めればたいていのことはなんとかなるもんだ」

と重いのか軽いのかわからないような言葉を掛けてきた。

「そうですね…」

と返して軽くため息を吐く。

すると父は、少し呆れたような顔で、

「お前がそんなんでどうする?大切なのはエリーをしっかり支えてやることだぞ?」

と声を掛けてきた。

その言葉にハッとする。

どうやら私はいつの間にか、自分のことばかり考えていたようだ。

(おいおい。今一番辛いのはエリーじゃないか。それなのに私は…)

と思い直すと、なんだか自分で自分を恥ずかしく思うような気持ちが湧いてきた。

「そうですね」

と答えて父を真っすぐに見つめる。

すると父は、

「気合を入れろよ?」

と言ってにこりと笑った。

そこへ扉の外から、

「きゃん!」(今日のご飯なにかな?)

という声が聞こえてくる。

私は、

(お。今日も一日楽しかったみたいだな)

と微笑ましく思いつつ、コユキとエリーがリビングに入ってくると、

「今夜はすき焼きだぞ」

と、にこやかに声を掛けた。

「きゃん!」(やった!)

と喜びつつ私に駆け寄って来て甘えるコユキを抱き上げて撫でてやる。

そんな私たちの横にエリーが座って、

「よかったわね」

とコユキに声を掛けた。

二人して微笑みながらコユキを愛でる。

そんな和やかな空気を楽しんでいると、ナツメを抱いたベル先生とセリカがリビングに入って来た。

さっそくセリカがお茶を淹れてベル先生とナツメに差し出す。

そして、セリカが、

「ではお食事の手伝いにいってまいります」

と言い台所に下がると、私はさっそくコユキに冬の間しばらく留守にするという話を切り出した。

案の定コユキが泣きじゃくる。

私とエリーはそれを慰めるように、

「すまん。仕事なんだ。わかってくれ」

「ごめんなさい。でも、大切なご用があってどうしても行かなければならないの…」

と言い、なるべく優しくコユキを撫でてやった。

それでも、

「きゃん…」(やだ…)

と言ってぐずるコユキにナツメが近寄って来て、

「にゃぁ」(留守番の間は吾輩とベルが遊んでやるでのう)

と声を掛け、前脚で器用にコユキの背中を撫でてくれる。

そんなみんなの励ましのおかげか、コユキは徐々に泣き止み、最終的には、

「きゃぅ…」(うん、わかった…)

と言ってくれた。

そんなコユキに、

「ありがとう」

と声を掛ける。

そんな私に続いてエリーも、

「ありがとうね」

と声を掛けると、みんなもそれに続いて、

「我慢出来て偉いぞ」

とか、

「いい子で待っておればお土産をたくさん買ってきてもらえるじゃろうて」

というような声を掛け、順にコユキを撫でてあげた。

そんなみんなの励ましを受けて、

「きゃん!」(わかった。私いい子にしてるね!)

と言ってくれるコユキを愛らしく思って抱きしめてやる。

すると、コユキは少しくすぐったそうな顔をしつつ私の胸にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。

リビング全体にほんわかとした空気が流れる。

すると、そこへ、

「ご飯の準備ができましたよ」

というミーニャの明るい声が聞こえて来た。

「ははは。今夜はすき焼きだ。思う存分食って行ってくれ」

という私の言葉にベル先生が、

「お!それはよいのう」

と嬉しそうな顔を見せる。

しかし、ナツメは、

「にゃ?」(すき焼き?)

と言って不思議そうな顔をした。

「お。ナツメはすき焼きは初めてだったか」

と言いつつナツメにすき焼きの概要を説明する。

するとナツメは、

「にゃ!?」(な、生卵を使うじゃと!?)

と驚きの声を上げた。

そんなナツメに、ジェイさんに頼んで作ってもらった酒精の強い特別な酒で洗浄すれば問題無く食べられることを教えてやる。

その説明を聞いてもナツメはまだ半信半疑の様子だったが、横からベル先生が、

「あれを一度食ったら、たとえ腹を壊してでもまた食いたいと思うぞ」

と、したり顔でそんなことを言った。

「にゃ、にゃぁ…」(うーむ。ベルがそう言うならよほど美味いんじゃろうが…)

と言うナツメに、

「ははは。安心しろ。みんな何回か食っているが、こうしてピンピンしてるからな」

と笑いながらそう言うとナツメはどこか覚悟を決めたような顔で、

「にゃぁ!」(よし。そのすき焼きとやら食ってやろうではないか!)

と力強くそう宣言した。

そんなナツメの横で、

「きゃん!」(すき焼き大好き!)

と、いつのまにか元気を取り戻したコユキが嬉しそうな声を上げる。

私はそんなコユキの笑顔を見て、ほっと一安心しつつ、

「よし。今日はすき焼きパーティーだ!」

と威勢よくそう宣言して食堂へと向かっていった。

魔石を燃料にしたコンロというよりも薄い七輪のような魔道具の上に鍋が置かれ、まずは肉が焼かれる。

そこへジュッと音を立てて割り下が投入されると、あの香ばしい香りが食堂中に広がった。

「にゃ、にゃぁ…」(おお…、これはたまらん匂いじゃのう…)

と言ってナツメが鼻をひくひくさせる。

「うふふ。じゃぁ、今日のお肉はまずナツメさんからですね」

と言って鍋の世話をしてくれていたミーニャが焼き上がった肉をまずナツメの前に置かれた生卵の中に入れてやった。

「にゃ、にゃぁ…」(お、おお…)

とナツメが少し慄いたような声を上げる。

そして、

「にゃぁ…」(うむ。覚悟はよいぞ…)

とベル先生にそう告げると、ベル先生が生卵にたっぷりと浸かった肉をナツメ用の取り皿の上に載せてやった。

「にゃぁ…」(いただきます…)

と言ってナツメが肉にかじりつく。

すると次の瞬間、

「んみゃぁ!」

と言葉にならない鳴き声を発した。

「きゃん!」(次、私!)

と待ちきれない様子のコユキに、

「うふふ」

と笑いながらミーニャが肉を取り分けてやる。

そして私がコユキ用の皿に肉を載せてやるとコユキは、

「きゃん!」(いただきます!)

と言うやいなやさっそく肉にかじりついた。

こちらも、

「きゃうーん!」

と言葉にならない鳴き声を上げる。

そんな様子を微笑ましく見ていたミーニャが、

「はーい。じゃぁどんどん焼きますよ!」

と宣言してどんどん肉を焼いていく。

そして、みんなが順番に肉を食べ、食卓に笑顔をこぼした。

やがて、ぐつぐつと音を立てる鍋をみんなでつつき始める。

いろいろと不安もあるだろうエリーも笑顔で食べている。

私はその美味しそうな笑顔を嬉しく眺め、

(次は豆腐を開発せねば…)

と変なことを考えつつ、大きなひと口で思いっきり肉を頬張った。


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