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第121話エリーと侯爵領へ03

それから数日。

諸々の準備が整い、出発の日を迎える。

コユキはかなり寂しそうな顔をしていたが、泣くことなく、

「きゃぅん…」(いってらっしゃい…)

と言ってくれた。

そんなコユキを抱き上げて撫でてやる。

そして、その横でこちらもどこか寂しそうにしているライカにも、

「なるべく早く帰って来るからな」

と声を掛け、その首筋を優しく撫でてあげた。

「ぶるる!」(うん。コユキのことは任せてね!)

と言ってくれるライカを頼もしく思いつつも、

(お姉ちゃんだからといって我慢させ過ぎだろうか…)

と少し不憫に思う。

するとそんな空気を察したのか、ベル先生が、

「ははは。薬草を採りに行くときは一緒に行こう。森の中で思いっきり遊んでよいからの」

とライカを励ますように明るい言葉を掛けてくれた。

「ひひん!」

と鳴いてライカが嬉しそうな顔をする。

私がそんなベル先生の優しさを思って、

「ありがとう。よろしく頼む」

と言い、頭を下げると、ベル先生は少し照れたような顔で、

「相変わらずまじめじゃのう」

と言い苦笑いを浮かべた。

やがて、コユキを父に預け、馬車に乗り込む。

そして、かなり後ろ髪を引かれつつも、

「じゃぁ、いってくる」

と声を掛けて馬車を前に進めた。

後から、

「きゃうーん!」

というコユキの鳴き声が聞こえる。

私はそれに軽く手を挙げて応えつつ寂しさを振り切るように前を向き、屋敷を後にした。


やがて村の門のところでハンスにも、

「留守中、頼んだぞ」

と声を掛け、田舎道を進んで行く。

道が悪くなったせいか、ガタゴトという馬車の音が少しだけ大きくなった。

(村の中の道はずいぶんと整備されてきたが、そろそろこの辺りの道の整備も本格的に始めなければならんな…)

と領主らしいことを考えつつ進んで行く。

そして、例の領を見下ろせる峠までくると、その日はそこで野営をすることになった。

思いのほか楽しそうにスープを作るミーニャとエリーを眺めつつ、マーサが淹れてくれたお茶を飲む。

山の上ということもあって、その場はかなり冷えたが、エリーの笑顔を見ているとなんとも温かい気持ちになった。


翌朝。

朝日に照らされる領地を遠くに眺める。

私の横で同じ風景を見ていたエリーもどこか懐かしいものを見るような目で、

「あそこにみんなが暮らしているんですのね…」

と感慨深そうにそんな言葉をつぶやいた。

「ああ」

と短くつぶやいて小さな点にしか見えない村々を見る。

そんな風景を見て私は、

(早く帰って来なければな…)

という思いを新たにした。

そんな私の横で、エリーが、

「コユキちゃん泣いてないでしょうか?」

と心配そうな顔でそんなことを言ってくる。

私は少し苦笑いしつつ、

「大丈夫だ。みんながついていてくれる」

と言うが、エリーはまだ心配そうな顔で、

「そうですわね…」

と言った。

「ははは。じゃぁ、なるべく早く帰ってきてやらねばな」

と冗談交じりに言う私にエリーが、

「はい!」

と明るく答えてくる。

私はその顔を見て、

(上手くいけばエリーはいずれこの領を去っていくんだがな…)

と思い複雑な思いになりながらも、

「ああ。そうだな」

と微笑みながらそう返した。


やがて、簡単な朝食を終え出発する。

その後の下りの道は順調に進み、4日後には最寄りの宿場町へと到着した。

「やっぱり人がいる町は落ち着きますわね…」

と少し疲れた様子で苦笑いしながらそう言うエリーに、

「ああ。とりあえず風呂に入ってゆっくりしよう」

と言うと、エリーはどこかほっとしたように、

「楽しみですわね」

と言ってくれた。

(やはり貴族のご令嬢に野営は辛かったんだろうな…)

と当たり前のことを思いつつも、

(しかし、うちの領に行くにはどう頑張っても野営しなければならんからな…)

と、少し申し訳ないような気持ちにもなる。

そんな私にエリーはいかにも気を遣った様子で、

「あの、でも、お外で食べる料理も美味しかったですわ」

と言ってくれた。

「ははは。じゃぁ、帰ったらまたピクニックでもするか」

と答えて苦笑いを送る。

すると、エリーは少し気まずそうにしながらも、

「はい」

と微笑みながらそう答えてくれた。


やがて、適当な宿を取り銭湯に向かう。

残念ながら風呂付の宿は満室で取れなかった。

私はそのことをなんとも申し訳なく思いつつ、

「すまんな」

と謝る。

しかし、エリーはどこか楽しそうに、

「いいえ。むしろ楽しみですわ」

と明るくそう答えてくれた。

そんなエリーの笑顔に安心して銭湯に入っていく。

入り口で別れて私はひとり久しぶりの風呂に浸かると、思わず、

「ふいー…」

と息を漏らしてしまった。

ひとり、なにもない銭湯の天井を見上げながらボーっとする。

頭に浮かぶのはやはりこれからエリーにどんな話が待っているのかということだったが、

(おいおい。私が今ここで考えたところで仕方ないじゃないか)

と割り切って顔にパシャンとお湯を掛ける。

そして、

(なにがあってもとにかくエリーを支えることだけ考えろ…)

と自分に言い聞かせて、また、

「ふぅ…」

と一つ大きく息を吐いた。

やがて風呂から上がり待合室で女性陣が風呂から上がって来るのを待つ。

するとしばらくして女性陣が「きゃっきゃ」とおしゃべりをしながら待合室にやってきた。

「初めての銭湯はどうだった?」

と聞く私にエリーが、

「とっても楽しかったですわ!」

と笑顔で答えてくれる。

私はその笑顔を見て、

(どうやら本当に楽しかったらしいな)

と思うと、なんだか無性に嬉しくなって、

「よかった」

と微笑みながらそう応えた。

そんな私にミーニャが、

「お食事はどうしますか?」

と、こちらも笑顔で聞いてくる。

私はそんな楽しそうに笑顔を浮かべるみんなを見て、

「ははは。そうだな。適当な酒場でピザでも食べながら一杯やるか」

と言うと、さっそく立ち上がってみんなの先に立ち夕暮れの町へと繰り出していった。

やがて入ったわりと大きな酒場でとりあえずエールとお茶を頼む。

私とミーニャ、それにエリーもエールを頼んだが、マーサは、

「一応、使用人でございますから…」

と言って遠慮した。

聞けばマーサはこれまでの人生で酒というものを飲んだことが無いのだという。

(真面目な人だな…)

と感心しつつも遠慮なくエールを口にする。

エリーはエールを飲むのは初めてだったらしいが、

「あら。苦いですけど、しゅわしゅわしていてとっても面白い飲み物ですわね」

と言って楽しそうにくぴくぴとエールを飲んでいた。

そんな様子を見て、

(…エリーは実は酒豪なんじゃなかろうか?)

と妙なことを考えつつも、さっそく注文を取りに来た店員に人数分のピザと揚げ鶏を頼んでまたエールを飲む。

やがて、ガヤガヤとした雰囲気の中楽しく食事を進め、私たちは大満足でその酒場を後にした。

宿屋へ戻る道すがら、エリーが、

「今日はなんだかとっても楽しかったですわ。お風呂屋さんも酒場屋さんもとっても賑やかで新鮮な感じがしましたの」

と少し頬を赤く染めながら楽しそうに私にそう言ってくる。

私はその無邪気な表情がなんともおかしくて、

「ははは。じゃぁ、領に帰ったらさっそく銭湯と酒場の建設計画を練らねばな」

と冗談交じりにそう返した。

すると、それを聞いたエリーが、

「まぁ!それは素敵ですわね!」

と、まるで子供のような感じで喜びをあらわにする。

私はその無邪気過ぎる表情になんとも言えない微笑ましい気持ちを覚えると、

「ははは。帰ったらさっそくドワイトさんに相談だな。どうせなら各村にひとつずつ作ろう」

と笑いながらそう返して、すっかり世の更けた宿場町の通りをなんとも言えない楽しい気持ちで意気揚々と歩いた。

酒で熱くなった頬を初冬の冷たい風が撫でていく。

私はそんな風をどこか心地よく感じながら宿に戻ると、いつもの癖でほんの少しだけ書き物をし、その楽しい気持ちを抱えたまま温かい布団にくるまった。


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