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第126話エリーと侯爵領へ08

市場で炉端焼きのようなものをたんまりと買い食いし、侯爵邸へと戻っていく。

その道中私は、

(うーん、これは高過ぎるから返すと言ってもベル先生は受け取らんだろうな。となると…)

と考えながら馬車を進め、ふと思いついて去年子供たちのために本を買った書店へと向かうことにした。

少し道を逸れて去年も訪れた金鳩堂という書店へ向かう。

そして、その書店に着くと、ミーニャと一緒にそのいかにも貴族向けの書店らしい風格のある入り口をくぐって中へと入っていった。

「うわぁ…。本がいっぱいですね…」

と、いかにも辺境出身者らしい驚きの言葉を発するミーニャを微笑ましく思いつつ、近くにいた店員に、

「以前侯爵様の紹介で来た、ルーカス・クルシュテットという者だ。すまんが店主のトーマス殿はおられるか?」

と訊ねる。

すると、その店員は、

「毎度ありがとうございます。呼んでまいりますので少々お待ちください」

と言って奥へと下がっていった。

書棚に並ぶ本を物珍しげに見るミーニャに軽く内容を教えてやったりして待っていると、すぐに店主のトーマスがにこやかな笑顔を浮かべてやって来る。

「ご無沙汰しております」

と言って軽く頭を下げてくるトーマスに、

「ああ。久しぶりだな。…すまんが、今日も本をいくつか求めたい。内容は子供も大人も楽しめるように絵がたくさん載っている図鑑がいいんだが、4冊ずつそろえられるか?」

と、さっそく注文を出すと、トーマスは少し考えて、

「それならいくつかご用意できます。あと、綺麗な絵が載っているものをご希望でしたら、紀行ものの本などいかがでしょうか?各地の観光名所や珍しい風景がたくさんのっておりますから、大人も子供も楽しめると思いますよ」

と自分のおススメを教えてくれた。

「おお。それはいいな。一応、内容を確認したい。軽くでいいから見させてもらってもいいか?」

と聞く私にトーマスは、

「ええ。もちろんでございます」

と、にこやかに答えてくれて、私たちを応接室へと案内してくれた。

すぐに店員が持ってきてくれた紅茶を飲みつつ、本がやって来るのを待つ。

するとしばらくして本が積まれたカートを押してトーマスと店員が応接室に入って来た。

「お待たせいたしました。こちらがおススメのものです。どれも4冊でしたら在庫がございます」

と言ってくれるトーマスに、

「ありがとう。少し見させてくれ」

と言ってさっそく何冊か手に取る。

そして、そのうちの一冊を、

「正直な感想を教えてくれ」

と言ってミーニャに渡した。

「かしこまりました」

と言ってミーニャがさっそく本を開く。

すると、ミーニャはすぐにその絵をみて、

「うわぁ…」

と感嘆の声を上げると、すぐに私にキラキラとした目を見せて来て、

「すっごく綺麗ですね!」

と、まるで子供のような感想を言ってきた。

「ははは。気に入ったか。よし、他にも見てみよう」

と言って何冊かの本を手に取りミーニャに渡しつつ、自分でも眺める。

手に取った本はどれも綺麗な絵がたくさん載っていて、いかにも冒険心や知的好奇心をくすぐるような内容だった。

(これならみんなが喜んでくれるな。特にこの魚の図鑑なんかは面白がってくれるかもしれん)

と満足して、

「よし。これを全部くれ。いくらくらいになる?」

と即決して聞く。

そんな私にトーマスは、

「ありがとうございます。こちらの本が4冊ずつですと金貨20枚ほどになります」

と、けっこうな金額を言ってきた。

しかし、先ほど聖銀貨を7枚ももらってしまった私は、

「わかった。それでいい。明日侯爵邸に届けてくれ。ああ、払いはここで済ませていこう。…聖銀貨でいいか?」

と言うと、懐から例の革製の入れ物を取り出した。

やがて、私もトーマスも満足のいく取引を終え、金鳩堂を後にする。

本の値段を知ったミーニャは、

「本って高いんですね…」

と驚いていたが、

「なに。ああいう絵のついた本は特に高いんだ。普通の字だけの本ならそこまでの値段はしないぞ?」

と教え、ついでに、

「あのくらいの値段で各村に笑顔が増えるなら、安いものさ」

と少しだけ恰好つけたセリフを吐いた。


やがて伯爵邸に戻り、いったん部屋に入る。

そして、礼服に着替え軽く書き物をしつつ時間を潰していると、軽く扉を叩く音がして、

「晩餐のご用意が整いました」

とメイドが声を掛けにきてくれた。


その日の晩餐も楽しく進んでいく。

エリーはすっかりユリア様やアナベルと打ち解けたらしく、楽しそうに話をしていた。

私は私で、

(お。このチーズと魚介のテリーヌは美味いな…。クリームチーズと魚介のバランスがいい。魚は何を使っているんだろうか?うま味が濃いな…)

と思って料理を楽しみつつワインを楽しむ。

そして、美味しい食事はあっと言う間になくなり、食後のお茶の時間となった。

そんな食堂にデザートを載せたカートを押して料理長のエルドさんが入ってくる。

そして、

「本日のデザートはオレンジのケーキでございます」

と言って、生クリームが添えられたオレンジ色のパウンドケーキのようなものをみんなに配ってくれた。

私も、

「ありがとう」

と言ってその皿を受け取る。

すると、エルドさんは私に向かって、

「今回も新しいお料理を思いつかれましたか?」

と聞いてきた。

私はそんなエルドさんに微笑み返しつつ、

「ああ。しかし、それなら私よりエレノア嬢に聞くといい。なにせ、最近うちの台所ではエレノア嬢が大活躍しているからな」

と教えてやる。

するとエルドさんは少し驚いたような顔をして、

「左様でございましたか、それは是非意見交換をしたいものでございますな」

と言ってエリーの方に視線を向けた。

エリーは少し困ったような顔で私を見てくる。

私はそんなエリーを少し微笑ましく思いながら、

「ああ。それはいいな。エレノア嬢。どうだろうか?明日は一日このエルドさんと厨房で意見交換を兼ねて一緒に料理をしてみるというのは?きっといい刺激を受けられるぞ?」

と笑顔でそんな提案をしてみた。

「あの…、えっと…、」

と少し言い淀むエリーに今度はユリア様が、

「まぁ、それは素敵ね。是非そうしてちょうだい?うふふ。明日のお食事が楽しみね」

と言ってその背中を押す。

そんな声に押されたのかエリーは、

「はい。では、お邪魔でなければ…」

と少し遠慮がちにそう答えてエルドさんに困ったような笑みを送った。

そうやって明日のエリーの予定が決まったところで、

(さて、私はどうするか…)

と悩む。

するとそこへアルベルトが、

「ルーク。明日暇ならうちの騎士団の連中に剣を教えてやってくれないか?」

と割と魅力的な提案を持ちかけてきてくれた。

「お。それはいいな。私もそろそろ体を動かしたいと思っていたところだ。私のなまくら剣法でよければいくらでも教えよう」

と言って、さっそく明日の予定を決める。

すると、その話を聞いていたユリア様が、

「うふふ。ルークは相変わらずやんちゃさんね」

と言って笑い、食堂全体に笑顔が溢れた。


その後、自室に戻ってミーニャに明日の予定を伝える。

当然予想していたが、ミーニャは自分も参加したいと申し出て来た。

「ああ。もちろんだ。ここの騎士団は対人戦を得意にしているから、魔獣相手の私たちの剣とは違って勉強になるだろう。しっかり学ぶといい」

と言って笑顔で了承する。

そして、喜びを隠さないミーニャのことを、

(まるで子供みたいだな…)

と密かに微笑ましく思いつつ、私は少しだけ書き物をしてから寝る支度に取り掛かった。

実家とは違うふかふかの布団に入り、軽く目を閉じる。

するとここ数日でさらに朗らかになったエリーの笑顔が浮かんできた。

(よかった…)

と心からそのことを嬉しく思い私も頬を軽く緩める。

そして、実家で待っているみんなもきっとこのことを喜んでくれるだろうと思うと、さらに私の頬は緩んだ。

そんな嬉しさを抑えるように軽く深呼吸をする。

そして、

(明日は久しぶりにみんなと稽古か…)

と嬉しく思いながら、静かに眠りへと落ちていった。


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