翌朝。
いつものように早朝に起きる。
そして、
(みんなとの稽古の前に少し調子を確かめておくか…)
と思って荷物の中から木刀を取り出すと、控室の方から遠慮がちに扉を叩く音が聞こえて、
「あの…、私も一緒に稽古してもよろしいですか?」
とミーニャが声を掛けてきた。
「ああ。もちろん」
と軽く了承し、二人して裏庭に部屋を出る。
そして、昔のように裏庭に出ると、そこでいつものように型の稽古を始めた。
しばらく熱中しているとそこへメイドのサナさんがやって来る。
「朝から精が出ますねぇ」
と、にこやかに微笑みながらそう言ってくれるサナさんから手ぬぐいをもらうとそれで軽く汗を拭き、
「もう。そんな時間だったか?」
と軽く空を見上げながらそう聞いた。
「はい。朝食の準備が整っておりますよ」
というサナさんの言葉通り、辺りはすっかり明るくなっている。
私は、
(ははは。これはうっかりしていたな…)
と思いつつ、サナさんに向かって、
「すまん。久しぶりだったのでつい熱中してしまった」
と少し申し訳なさそうな笑みを返すと、ミーニャと一緒に部屋へと戻っていった。
朝食後。
すこしゆっくりとお茶を飲んでから動きやすい服に着替え騎士の訓練場に向かう。
昔も通った懐かしい道を通って広い敷地内の訓練場に着くと、そこには騎士団長のイワンを始め、懐かしい顔が揃っていた。
「お久しぶりですな、ルーク様」
と、にこやかに右手を差し出してくるイワンにこちらも、
「ああ。久しぶりに稽古をつけてもらいに来た。よろしく頼む」
と言ってその手を握り返す。
するとイワンは少し嬉しそうな顔をして、
「いまでも毎日剣を振ってらっしゃるようですね」
と言ってきた。
「ははは。辺境の領主にはそういう仕事もあるからな」
と苦笑いで答える。
そして、
「ああ。そうだ。今日はうちのメイドのミーニャを連れて来た。剣は一通り扱えるが、対人戦の経験はほとんどない。その辺りの違いを教えてやって欲しい」
と言ってミーニャを紹介した。
「ミーニャです。よろしくお願いします!」
と元気に挨拶をして頭を下げるミーニャに、
「ああ。こちらこそよろしくな」
と言ってイワンが右手を差し出す。
その右手をミーニャがもう一度、
「よろしくお願いします」
と言いつつ握ると、イワンは少し驚いたような顔をして、
「おい。ケニー。このお嬢さんのお相手をしてやってくれ」
と、やや大きな声で後方にいた副団長のケニーを呼んだ。
「はい!」
と答えてケニーが一歩前に出る。
そんなケニーにイワンは、
「案外、いい勉強になるかもしれんぞ。本気でいけ」
と少し怖いことをいった。
「おいおい。うちの大切なメイドにケガだけはさせんでくれよ」
と言ってイワンとケニー両方に苦笑いを送る。
するとイワンが、
「少しは本気でいかないと逆にうちの副団長がケガをしてしまいかねません」
と冗談なのか本気なのかわからないような苦笑いを浮かべてそんなことを言ってきた。
「ははは。ともかくお手柔らかに頼むよ」
と声を掛けてさっそく稽古を始める。
最初は軽く体を動かし基本の動きを繰り返すような稽古をし、それからは相手を決めてゆっくりと打ち合う稽古に移った。
私は騎士団長のイワンと組んでやる。
久しぶりにイワンと剣を交えたが、やはりその剣筋は重く鋭いものだと感じた。
(身体強化を使わずにこれだからな…)
と妙なところで感心しつつ、イワンの相手をする。
そして、ある程度の打ち合いが終わったところで、イワンが、
「よし。いったんそれまで」
と声を掛け、全体の動きが止まった。
「さすがですな。ルーク様」
と言うイワンに、
「いや。そっちこそ相変わらずだ」
と返してお互いに笑い合う。
そして、その後は相手を変えて同じような稽古を繰り返した。
私はあえて若手の相手をする。
ミーニャはベテラン組に連続で相手をしてもらっているようだ。
(ほう。やはり少し苦戦しているな…)
と思いながらも真っすぐに打ち込まれてくる若い騎士たちの剣を捌いていると、私はなんだか昔イワンに稽古をつけられていたころのことを思い出し、なんとも微笑ましい気持ちになった。
そんな風に稽古をしていると、
「団長、昼の準備が整いました!」
と若い騎士が声を掛けてくる。
おそらく今日の昼食当番になっている班の一員だろう。
その声を聞いたイワンは、
「よし。いったんやめ!飯の時間だ!」
と大声を張り上げて、稽古をいったん止めた。
軽く汗を拭いつつ、訓練場の脇にある食堂に向かう。
すると食堂の入り口からなんともいえないいい香りがしてきた。
「今日は我が騎士団の名物、モツ鍋ですよ」
と言うイワンに、
「おお!それは懐かしいな」
と満面の笑みで答える。
そして私は、
(あのモツ鍋はいかにも男飯って感じで美味いんだよな…。なんでも適当にモツと野菜を入れて煮込むだけだらしいが、そういう豪快さが味の秘訣なんだろうな。やはり大鍋で大量に作るとなんでも妙に美味くなるもんだ…)
と昔の味の記憶を思い出しながらウキウキとした気持ちで自分の順番が来るのを待った。
やがて、モツ鍋をもらい席に着く。
ミーニャは初めての料理に興味津々という感じで、さっそく、
「いただきます!」
と言うとモツを豪快に口に放り込んだ。
「ん!おいひいれふっ!」
と子供のような笑顔で感想を述べてくるミーニャに、
「だろ?」
と、なぜか自慢げな態度で答え、私も懐かしい味をひと口頬張る。
(そうそう。これだよ、これ…)
と思いながら食べるが、同時に、
(ああ、ここに米があればな…)
とも思ってしまった。
そんな私たちの様子を見て、イワンが満足げに、
「ははは。まるであの頃を思い出すような味ですな」
と感慨深そうにそんな声を掛けてくる。
私はそれに笑顔でうなずいて、
「ああ。小さい頃イワンに勝てなくて悔し泣きしながら食った味が蘇ってくるよ」
と冗談交じりにそう返した。
「はっはっは。それはまたずいぶん懐かしい記憶を思い出されましたな」
とイワンが豪快に笑ってまたモツ鍋を口に運ぶ。
そうやって昼食は楽しく進み、十分に英気を養ったところで、私たちはまた稽古に戻っていった。
午後もまずは腹ごなしに軽く体を動かすことから始める。
そして、本来であれば団体行動や鎮圧作戦の訓練をするところだが、その日はイワンの指示で模擬戦を行う事になった。
「まずは私とルーク様がやる。せっかくの機会だ。よく見ておけよ!」
とイワンが団員に声を掛ける。
私はなんとも気恥ずかしい思いをしながらイワンの相手をすべく訓練場の中央へと進み出た。
「お手柔らかに頼む」
と言う私に、イワンは、
「それでは訓練になりませんので」
と少し不敵な笑みを浮かべてそう言ってくる。
私は密かに、
(おいおい…)
と思いながらも、いつものように集中して木刀を構えた。
私とイワンの間に静かな緊張感が漂う。
そして、何をきっかけにしたのかわからないが、お互いが同時に動いた。
私の木刀とイワンの木剣が2度、3度とぶつかる。
そして、その後いったん距離を取ると、今度はお互いが動いて激しい打ち合いとなった。
私の横なぎの一閃をイワンが軽く受け止め、逆に下段から強烈な一撃を放ってくる。
私はそれをギリギリでかわし、イワンの木剣を跳ね上げるように木刀を振るった。
しかし、それをイワンはするりとかわして私の懐に飛び込んでくる。
私は少し慌てつつもそれをなんとか受け止めると、そこからいったん鍔迫り合いの形になった。
「成長されましたな…」
と声を掛けてくるイワンに、
「誰かさんにしごかれたおかげでな」
と冗談を返す。
するとお互いが、
「ふっ」
と短く笑って素早く距離を取った。
今度は私から突っ込む。
低い姿勢から一気にイワンの懐をめがけて突きを放ったが、ギリギリのところでかわされ、逆に袈裟懸けの一撃を繰り出されてしまった。
(いかん…)
と思いつつその一撃をなんとかかわして素早く体勢を整える。
しかしイワンはその隙を逃さず次々と木剣を叩き込んできた。
(くっ…)
と思いながらも必死にその猛攻をしのぐ。
そして、その猛攻に一瞬の緩みが見えた瞬間、私は、
(そこっ!)
と思いイワンの胴をめがけて木刀を突きこんだ。
しかし、それはイワンの罠だったらしい。
私の木刀がものの見事に弾かれ、宙を舞う。
そこで私は、
「まいりました」
という声を発した。
「ははは。攻め急ぎましたな」
と言って笑うイワンに、
「ああ。あれはいただけなかった」
と自分でも反省の言葉を述べる。
そして軽く握手を交わす時イワンが、
「まだなにか隠してらっしゃいますな」
と私にしか聞こえないような声でそんなことを言ってきた。
一瞬ギクッとしながら、
「…あとでこっそり見せよう」
とだけ答えてイワンと別れる。
その後、ミーニャが副団長のケニーに善戦しつつも結局敗れてしまうという一戦を見届け、午後の稽古は終わった。
片付けと礼が終わり団員たちは兵舎に戻っていく。
そんな中私の所にイワンがやって来て、
「この裏にちょっとした空き地があります。そこで見せていただけますかな?」
と、やや厳しい顔で私に声を掛けてきた。
「ああ」
と苦笑いで答えて、ミーニャと共にイワンの後に続く。
そして、普段は物置小屋として使っているのだろうボロ小屋の脇にある小さな空き地に着くと、イワンがおもむろに木剣を手にした。
(おそらく本気でかかって来いというつもりなんだろうな…)
とその行動の意味を察しつつも、
「いや。まずは見てもらいたい。適当な目標を用意してくれないか?」
と頼んでボロ小屋の方を見る。
すると、イワンは少し怪訝な顔をしつつもその小屋の中からボロボロの鎧と2メートルほどある棒っ切れを持ってきてくれた。
「新人に打ち込み稽古をさせる時に使う使い古しの鎧です。どうぞ、ご存分に」
と言ってくれるイワンに軽くうなずき、その棒を適当に地面突き刺して鎧を軽く引っかける。
そして、私は、
「危ないから私の後から見ていてくれ」
と念のためイワンに注意を促すと、いつものように魔力を操作し、それを丹田に集めるよう意識しながら、気を練っていった。
やがて、全身に魔力が行き渡る。
私はそれを確認すると、いつもの稽古の要領で身体強化を使い、一瞬で鎧との間を詰めると、木刀を素早く袈裟懸け振り下ろし、目の前にあった鎧を棒ごと両断してみせた。
「ふぅ…」
と息を吐いてイワンの方を振り返る。
すると、そこには驚きのあまり絶句しているイワンの姿があった。
「さすがです、ルーク様!」
と言ってミーニャが手ぬぐいを差し出してきてくれる。
私はそれを、
「ありがとう」
と言って受け取りつつ、イワンの方に視線を向けたまま、
「実は魔法が使えるようになってな…」
と苦笑いでそう言った。
「……」
と、まだ言葉を発せずにいるイワンに、
「当然だが、このことは内密に頼むぞ」
と頼む。
するとイワンはようやく正気を取り戻し、
「ははは…。ええ。それはもう…」
と言いつつ引きつった笑みを私に向けてきた。
その後、
「いやぁ、化け物はお父上のバルガス様だけかと思っておりましたが、まさかルーカス様までそうなるとは…」
と言うイワンに、
「おいおい。それを言うならイワンだって立派な化け物だぞ?」
と冗談を返しつつ、屋敷へと戻っていく。
私はなんだかんだで、自分がまだまだ未熟であることを痛感しながらも、そのことをどこか清々しく思いながら、
「今日も飯が楽しみだ」
と呑気なことを言いつつ裏口から侯爵様の屋敷へと入っていった。