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第134話新しい日々01

我が家に新しい人材を迎え入れることを決めてから10日ほどが経つ。

私がいつものように役場で仕事をしていると、部屋の扉が遠慮がちに叩かれ、村長のバルドさんが一人の少年を伴って執務室に入って来た。

「お忙しいところすみません。ジャックを連れてまいりました」

という言葉に、

「おお。もう来てくれたのか。早かったな」

と返事をして立ち上がる。

すると、その少年、ジャックは、

「初めまして、ジャックです!」

と、かなり緊張気味に声を上ずらせながらも深々と頭を下げてきた。

「ああ。こちらこそ初めまして。領主のルーカス・クルシュテットだ。ルークでいい。これからよろしくな」

と挨拶を返し、ソファに座るよう促す。

そして、ミーニャにお茶を頼むと、私は改めてそのジャックという少年に目を向けた。

ジャックはこの領の子供としては色が白く、少しやせている。

しかし、その分身長はやや高いようで病弱とか軟弱といったような印象は受けなかった。

(ほう。いかにも真面目そうな少年だな)

と思いながら、ジャックを微笑ましく眺める。

その視線にジャックは照れたのか少し顔を伏せ、緊張しているような様子を見せた。

その様子に少し苦笑いを浮かべつつ、

「これからは親元を離れて暮らすことになるが、大丈夫か?」

と、なるべく優しく問いかける。

するとジャックはなにやら決意したような顔で、

「はい」

とやや重々しい様子でうなずきしっかりと私を見て答えてきた。

(ほう…)

と感心しつつ、その目を見つめる。

そして、私はまた緊張した様子のジャックに優しく微笑むと、

「安心していい。ちゃんと休暇はやるからな。それに最初のうちは見習いだ。うちの執事のバティスやメイドのエマに付いてしっかり礼法の基礎を学ぶといい。役場で働くからにはそういう貴族的な礼法や文法にも慣れておく必要があるから、基礎訓練だと思って取り組んでくれ」

と激励の意味も込めつつそう言葉を掛けた。

「はい」

とキラキラした目でジャックが返事をしてくる。

私はそれにしっかりとうなずいて、

「じゃぁ、お茶を飲んだら次は屋敷の方に案内しよう。荷物はどうした?」

と聞いた。

そこに村長のバルドさんが横から、

「荷物は先ほどお屋敷に預けてまいりました。忘れ物はないと思いますが、なにかあればすぐにお知らせください」

と言い添えてくれる。

私はその言葉にも軽くうなずき、

「そうか。じゃぁ、とりあえず一服してその間にゆっくりと話を聞かせてくれ」

と言うと、ミーニャが持ってきてくれたお茶を飲みながらジャックに普段の生活の様子や両親のことなんかをぼちぼちと訊ね始めた。

ジャックによると、ジャックは次男で、家は最近になってリンゴに挑戦している農家らしい。

それまでは細々と麦や野菜を栽培していたから村の大多数の家同様、家計に余裕はなく、進学は諦めていたそうだ。

健康に不安はないが、やせていて力のない自分には衛兵隊や土木、建築の仕事が向いているとは思えない。

だから、将来は実家の兄を手伝うしかないと思っていたが、そこに私が人手を求めているという話があって受験してみたという。

そんな話を聞いて私は、

(残念ながらこの領にはそういう境遇の子がたくさんいるんだよな…)

と思って心を痛めながらも、

(これから先はこういう子をなるべく少なくしていくのが私の務めだな)

と思って密かに決意を新たにした。

その後、屋敷に戻ってみんなにジャックを紹介する。

そこでもまたジャックはかなり緊張した様子を見せていたが、コユキが、

「きゃん!」(ジャック、よろしくね!)

と言うと少しは和んでくれたのか、

「はい!」

と少年らしい微笑みを見せてくれた。

そんなジャックをバティスとエマに任せ、私はまた役場に戻る。

そして、さっそく予算書の束を開きながら、将来の学校建設にかかる予算をはじき出し始めた。


それから十数日。

ジャックがようやくうちの飯に慣れ、少年らしい笑顔を見せ始めたころ。

役場の執務室をいつものようにベル先生が訪ねてくる。

私も慣れたもので気さくに招き入れ、

「マリアとアンナもそろそろ慣れたころか?」

と気軽に声を掛けた。

そんな私の問いかけにベル先生が、

「ん?ああ、ずいぶんと慣れてきたようじゃな。マリアは少し人見知りする感じじゃったがアンナがあの通り明るい子じゃから、すぐ我が家にもなじんだわい」

と、どこか嬉しそうに答えつつ、いつものように遠慮なくソファに座る。

そこにミーニャがすかさずお茶を持ってきてくれたので、私も席を立ちソファに腰掛けた。

「今日のお茶請けはメレンゲクッキーですよ」

と嬉しそうにいってお茶とお茶請けを出してくれるミーニャに軽く礼を言って、出されたお茶をすすりながら、

「で、今日はどうしたんだ?」

とベル先生に話を促がす。

すると、ベル先生は少し困ったような顔をしながら、

「うむ。まだ確かなことは言えんが、突然知り合いから手紙がきてな…。もしかしたら近いうちに私を訪ねてくるかもしれんということじゃったから一応知らせにきた」

と言ってきた。

私は、そんなベル先生の表情を見て、

(なにか厄介ごとでもあるんだろうか?)

と思いつつ、

「ほう。まぁ、ベル先生の知り合いなら歓迎するが、どういう人なんだ?」

と何気なくどんな人物が来るのかと聞く。

その問いにベル先生はまた困ったような顔をしながら、

「うーん。それがなんというか、見た目がまず怪しいんじゃ。それに、よく言えば研究者気質なんじゃが、悪く言えば変わり者でな。まぁ、慣れてしまえば悪いやつじゃないんじゃが、門番の衛兵が怪しんでひっ捕らえたりせんように一応知らせておこうと思ってな…」

と、やや歯切れが悪いような感じでそんなことを言ってきた。

私は、

(ベル先生が変わり者というからにはかなり変わった人物なんだろうな…)

と、わりと失礼なことを思いつつ、

「ほう。じゃぁ、衛兵隊にはあとで知らせておこう。その人の見た目やらの特徴を教えてくれるか?」

とその人物の特徴を訊ねる。

すると、ベル先生はひと言、

「ノームじゃ」

と言った。

私は、

(え?ノームってあのノームか?)

と思いつつ、

「ノーム?」

とオウム返しに聞き返す。

そんな私にベル先生は、

「ん?ノームを知らんかったか?」

と聞いてきた。

「いや。知ってはいる。あの灯りの魔道具の核になる魔導石を作っている種族だろ?だが、極端に他種族との交流を嫌うとも聞いているから、そのノームがなんでまた、と思ってな」

と苦笑いで言う私にベル先生も、

「ああ、概ねその理解で間違いない。しかし、そのノーム、ああ、名をニルスというんじゃが、ニルスは珍しく外に出ているノームでのう。若干放浪癖があるんじゃよ。それで、たまたま私の故郷イリスフィア王国に寄った時、私がここに住んでいることを知ったらしい。おそらくここを訪ねてくる目的はこの未知の森の奥の情報収集と珍しい魔石の買い付けだろうよ」

と苦笑いで答える。

そして、

「まぁ、黒い色眼鏡をしてボロボロのフードを被った少年が来たら私の知り合いだから怪しまないでくれとでも伝えておいてくれ」

と言うと美味そうに緑茶をすすり、メレンゲクッキーを口に入れた。

「ははは。それはなんとも珍しい恰好をしているな。うん。うちの衛兵隊が常識的ならとっ捕まえてここに引っ張ってこないとも限らない。よし、さっそく伝えてこよう」

と言って席を立つ。

そして、

「ああ、ついでに長屋に空きがあるかどうかも確認しておいてくれ」

と言うベル先生に了解の意を伝えると、さっそく役場を出て衛兵隊の詰所へと向かった。


のんびり馬を走らせ衛兵隊の詰所に向かう。

道すがら農作業の様子を見てみたが、村人たちはいつもと変わらない様子で農作業に精を出していた。

(相変わらず平和だな…)

と思いつつ、衛兵隊の詰所に着き、馬を降りる。

そして、さっそくエバンスがいる指揮所の中に入ると、そこには、どこからどう見てもそのニルスと思しき男性がのんびりとお茶を飲みながら、エバンスの質問を受けていた。


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