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第135話新しい日々02

「ああ。ルーク様、いい所においでいただきました」

と言うエバンスに、

「ああ。その御仁のことだろ?」

と苦笑いで聞く。

するとエバンスは少し驚いた表情をしながらも、

「お知り合いでしたか?」

と訊ねてきた。

「いや。私もさっきベル先生に聞いたばかりだ」

と答えてそのニルスと思しき男性の方へ目を向ける。

すると、そのニルスと思しき男性は、

「やぁ。君が領主かい?ベルに会いにきたんだけど、このおじさんに捕まってね。よければ説明してやってくれ」

と、どちらかと言えば能天気な感じでそう声を掛けてきた。

私は、

(たしかに、ベル先生が言う通り、事前情報がなければ不審な少年にしか見えんな…)

と思いつつ、

「ニルス殿か?」

と訊ねる。

するとそのニルスと思しき男性は、

「いかにも、僕がニルスだよ」

と、なんとものんびりした感じの口調で自分がニルスであると答えてきた。

「そうか。うちの衛兵隊が失礼した。だが、忠実に職務をこなすが故のことだ。許してやってくれ」

と、まずは許しを乞う。

するとニルスは苦笑いを浮かべつつもあっけらかんとした感じで、

「ははは。慣れているからね」

と答えて、私の謝罪を軽く受け入れてくれた。

そんなニルスに、

「改めて自己紹介をしよう。私がこの領の領主ルーカス・クルシュテットだ。ルークで構わない」

と改めて名乗る。

そして、

「ああ。了解した。僕のことも普通にニルスと呼んでくれ」

と言うニルスと軽く握手を交わし、さっそく役場に案内することにした。

衛兵隊に頼んで馬車を出してもらう。

私は、その馬車を先導するような形で馬の背に揺られながら、

(…なるほど。ベル先生をして変わり者だと言う訳だ)

と、どことなく納得しながら先ほど通って来た役場までの道をゆっくりと引き返していった。


やがて役場に着くと、ニルスを執務室に通し、

「すまんが、客人だ。私はベル先生を呼んでくるから、茶を出してやってくれ」

とミーニャに頼み、私は薬院に向かう。

薬院に着き、ベル先生にニルスが来たことを伝えると、ベル先生はかなり驚いた顔を見せた後、いかにも、

「あちゃぁ…」

というような顔をして、ため息を吐いた。

「あいつのことだ。おそらく直前の宿場町から手紙を出したんだろう…。まったく、相変わらず常識を知らんやつだ…」

と嘆くベル先生を伴って執務室へと戻っていく。

私たちが執務室に入るとお茶を飲み、なにやらミーニャと談笑していたニルスが、

「やぁ、ベル!久しぶりだね」

と呑気に挨拶をしてきた。

そんなニルスにベル先生が、

「おいおい。相変わらずじゃな…」

と呆れたような顔で挨拶とも言えない挨拶を返す。

その挨拶にニルスは、

「あはは。君も相変わらずだね」

とおかしそうに笑いながら、なんとも平然とした感じで呑気な挨拶を返してきた。

そんな二人の会話を聞き、

「二人は長い付き合いなのか?」

と何気なく質問しながら、ソファに腰掛ける。

すると、ベル先生は少し苦いような顔をして、

「ああ。もう2、30年前になるが、一緒に研究をしていた時期もあってな…」

と答えてきた。

それを聞いて私は、

(あまり深くは聞かん方がいいようだな…)

と思いつつ、

「ほう。そうだったのか」

と言うにとどめる。

しかしニルスは、

「いやぁ、あの頃はずいぶんと迷惑をかけたね。まさか魔導炉が爆発するとは思いもしなかったよ」

と、「あはは」と呑気に笑いながら、何があったのかをぶっちゃけてしまった。

「はぁ…」

とベル先生がため息を吐く。

私も、

(おいおい…)

と思いつつ、いつもより少し苦めの苦笑いを浮かべた。

そんな私に、ニルスが、

「ああ、安心してくれていい。原因は突き止めたからね。もう、あんなことは起こらないさ」

と、またあっけらかんとした感じで言ってくる。

その言葉に私は呆れたような困ったような笑みを返すことしが出来なかった。

そこへベル先生が、

「で。今回の目的はなんじゃ?」

と言って話を変える。

すると、ニルスは、

「ああ。そうだった。いやぁ、たまたまイリスフィア王国によったら君がこの領に身を寄せているというし、それにその後別のところではこの森でオークロードの魔石が獲れたという話も聞いてね。こりゃ面白そうだと思って来てみたわけさ」

と正直にここに来た目的を教えてくれた。

「やはりか…」

と言ってベル先生が軽く眉間を揉む。

どうやらニルスは本当に思い付きでふらっとやって来たらしい。

私はそんな感想を持ちながら、

「ほう。で、ニルスは今どんな研究をしているんだ?」

と、また苦笑いで何気なく話を振ってみた。

その言葉にニルスが、一瞬にして目を輝かせ、

「回転運動だよ!いやぁ、ぜんまいなんかでいかに効率よく物を回せるか、どうしたらその力を効率よく伝える歯車が作れるかって研究をしているんだけどね、これかがなかなか面白いんだ。将来的には自分で歩くおもちゃなんかがつくれたら面白いと思わないかい?きっと子供たちは大喜びで遊んでくれるよ!」

と興奮気味にまくし立ててくる。

私はそれを見て、

(ああ。研究者気質ってのはこういうところか…)

と思いながらも、

(それってちょっと応用すれば、耕作機械に革命が起きるんじゃないか?)

ということも同時に思いついて、

「ほう。そいつは将来につながる面白そうな研究だな」

と思わず褒めるようなことを言ってしまった。

そこで、ニルスが驚きの表情を浮かべる。

「ほ、本当にそう思うかい!?」

と聞いてくるニルスに、私は、

(あ。もしかしてやっちゃったか?)

と思いつつも、

「あ、ああ。おもちゃもそうだろうが、大型化すれば今手動でやっている作業が大幅に効率化できる可能性があるってことだと思ったんだが、違うか?」

と言うとニルスがパッと席を立ち、いきなり私の手を握ったかと思うと、その手をブンブンと振りながら、

「そう。そうなんだよ!みんなおもちゃの研究だと思ってなかなか理解してくれないが、まさか、一発でこの研究の意義を理解してくれる人物がこんなところにいようとはっ…!」

と、なんならうっすら涙ぐみながら私に感動したというようなことを伝えてきた。

私はそのあまりの喜びように、とりあえず、

「ははは…。そうか…」

と応えつつベル先生の方に目をやる。

すると、ベル先生は、いかにも「やれやれ」と言った感じで、

「はぁ…」

と、ため息を吐き、小さく首を横に振った。

その態度を見て私は、

(ああ、私はうっかり地雷を踏んでしまったらしい)

と気が付き苦笑いを浮かべるが、その一方で、

(まぁ、当分の間住処を提供するくらいなら財政的にも負担にならんだろうし、ジェイさんたちと知り合えば面白い化学反応が起こるかもしれんぞ?)

と密かに期待も抱く。

そして、まだ、喜んでなにやら熱弁を振るっているニルスに、

「まぁ、とりあえず当面の住処を確保しに行こう。長屋で構わんか?」

と聞いた。

「ああ。家なんて雨風がしのげればそれで十分さ」

と言うニルスの言葉を聞いて、なんとなく、

(ベル先生といいジェイさんたちといい…。研究者ってのは本当に自分の興味以外には頓着しないものだな…)

というような感想を持ちつつ、さっそくニルスを長屋に案内する。

長屋の入り口に着き、井戸端で水仕事をしていたご婦人に、空き状況を訪ねると、

「一番端が空いてたと思いますよ」

と言ってくれたので、その一番端の部屋へと向かい、そこをニルスに見せた。

部屋を見たニルスは、

「おお。十分じゃないか」

と嬉しそうな顔で、部屋の中を見て回り始める。

そして、私が、

「じゃぁ、当面ここに住んでくれ。ああ、必要なものがあったら言ってくれれば出来る限りのことはするぞ」

と言うとニルスは、

「じゃぁ、そのうち作業小屋を紹介してくれないかい?じきに荷物が増えてくると思うからね、農作業に使うようなボロでもなんでもいいよ」

と作業小屋が欲しいと要望を出してきた。

私は、その場で少し考え、現在の予算状況を何となく思い出しながら、

「ああ、使わなくなった作業小屋なんかならいくつかあるだろうが、どうせなら新しく建ててもいい。本当に農業用の作業小屋程度でいいなら、だがな」

と答える。

するとニルスは、

「ああ。十分だ!」

と、なんとも少年のように瞳を輝かてそう答えてきた。


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