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第136話新しい日々03

新しい部屋でさっそく研究の準備を始めようとしたニルスに少し待ったをかけて、まずは近所のご婦人方にニルスのことを紹介する。

ご婦人方は、

「まぁ、可愛らしいお坊ちゃんね。お歳はいくつ?」

というようなことを聞いていたが、ニルスはそれに少し苦笑いを浮かべて、

「僕はノームだからね。みなさんよりもよっぽど年上さ」

と答えていた。

そんな答えに驚くご婦人方に、私が、

「歳はいっているようだが、研究一筋で生活能力は低いらしい。すまんが時々面倒をみてやってくれ」

と苦笑いでひと言添える。

するとご婦人方は、

「じゃぁ、ジェイの旦那たちと一緒ね」

と言っておかしそうに笑った。

そんないかにも辺境の長屋らしいやり取りをして、今度はジェイさんたちがいる醸造所へと向かう。

醸造所に着き、

「おーい。ベル先生の知り合いがきたんで紹介に来たぞー」

と声を掛けると、中からアインさんが出て来て、

「お。こりゃまた珍しいお客さんだな」

とノームの姿に驚きつつも、

「俺はアイン。見ての通りドワーフだ。よろしくな」

と言ってニルスに握手を求めた。

その挨拶にニルスも、

「ああ。ニスルだよ。見ての通りノームだね。しばらくの間この村の長屋に住むことになったから、こっちこそよろしく頼むよ」

と気軽に挨拶を返す。

そして、

「今ジェイの旦那は仕込みで手が離せねえらしいから、挨拶は今晩ゆっくりさせてくれ。どうせみんな集まって酒盛りになるだろうから、まとめて挨拶できるぜ」

と教えてくれた。

それを聞いて私は、

「おお、そうか。それは忙しい時にすまんな。じゃぁ、手数を掛けるが、今晩の酒盛りにニルスも誘ってやってくれ、部屋は一番端の空き部屋を使ってもらうことにしたからな」

と伝えると、

「じゃぁ、後はよろしく頼む」

とアインさんに伝えて、ニルスと共に長屋の方へと引き返していった。

道すがら、

「とりあえず、荷物の整理をしたらベルの所にお茶でも飲ませてもらいにいくよ。森の賢者殿にも挨拶をしたいしね」

と言うニルスと長屋の入り口辺りで別れて私は役場へと戻っていく。

役場に着くころ。気が付けば日はずいぶんと西に傾き始めていた。

(ふっ。これから楽しくなりそうだ)

と思いつつ、役場の玄関をくぐり執務室に入る。

そして、その日はほんの少し残業してから屋敷に戻った。

屋敷に戻り、

「おかえりなさいませ、ルーカス様」

と、まだ初々しさの残るジャックの挨拶を受ける。

「ああ。ただいま。今日はどんな勉強をしたんだ?」

と聞くとジャックは、

「はい。今日はアイロンを教えてもらいました」

と嬉しそうに答えてきた。

「ほう。そうか。あれがあるおかげで私は毎日引き締まった気持ちで仕事に向かうことができている。小さな事かもしれないが、重要なことだ。面倒な仕事かもしれないが、頑張ってくれよ」

と言いながらついついジャックの頭を撫でてしまう。

私は、

(しまった。いくらなんでも子供扱いし過ぎてしまった)

と思ったが、当の本人はかなり照れくさそうにしながらも、嫌だという感じはしていないらしく、どこか嬉しそうにはにかんだような笑顔を浮かべていた。

「ははは。火傷に注意してがんばれよ」

と、ついでのようにひと言添えてリビングに入っていく。

そこにはいつものようにエリーがいて、コユキとなにやら戯れていた。

「きゃん!」(おかえり!)

と言ってコユキが私に駆け寄って来る。

私はそれを抱き上げて、

「ただいま」

と言うと、さっそくいつものようにコユキをしっかりと撫でてやった。

その後ろから、

「うふふ。今日もお疲れ様でした」

と微笑みながら言ってくれるエリーにも、

「ああ。ただいま」

と挨拶をする。

そして、私はコユキを抱いたままいつも通りエリーの隣に座ると、そこへマーサがお茶を持ってきてくれた。

「今日はベル先生の知り合いがいきなり訪ねてきてな…」

とニルスの話を始める。

ニルスの見た目があまりにも怪しいから衛兵隊が詰所に連れていったとか、その昔、研究に没頭するあまり爆発事故を起こしたことがあるらしいというような話をすると、

「なんというか、…楽しそうな方ですわね」

と言うエリーを筆頭にみんなが、苦笑いを浮かべた。

私も同じように苦笑いを浮かべつつ、

「ああ。とんだ変わり者のようだが、きっとジェイさんたちとは気が合うとだろう。なにせ、職人同士だからな」

と、なんとなく予想できることを述べる。

すると父が、

「なんだか、ここ最近変わり者が増えたのう」

と、いかにもおかしそうにそう言った。

「ははは。この分じゃまた増えるかもしれませんね」

と冗談で返す私に父が、

「おいおい。まだ増えるのか?」

と笑いながら答える。

そんな私たち親子の会話に、エリーが、

「うふふ。きっと楽しくなりますわね」

と言って参戦してくると、その場は笑いに包まれた。

そこへミーニャが晩ご飯の準備が出来たことを知らせにくる。

私たちはいつものようにその声に明るく返事をしてそれぞれに席を立った。

「きゃん!」(今日は何かな?ハンバーグかな?)

と先ほどからうずうずして様子のコユキが待ちきれずに今日の献立の予想を始める。

するとエリーが、

「あら。コユキちゃんはすっかりハンバーグの匂いを覚えてしまったのね」

と笑いながら、今日のおかずはハンバーグであることを発表した。

「きゃん!」(目玉焼きは?目玉焼きはのってる?)

と勢い込んで聞くコユキに、

「ええ。トロトロの半熟にしてってお願いしてあるわよ」

とエリーが優しく答える。

そんな言葉にコユキが興奮して、

「きゃふぅ!」

と喜びの声を上げた。

みんなが笑顔で食堂の入り口をくぐる。

そして、それぞれがいつもの席に着くと、じきに運ばれてきた料理を囲み、

「いただきます」

と声を揃えた。

楽しい食事が始まる。

私はその何気ない日常の一コマをかけがえのないものだと感じながら、トロトロの半熟卵にそっとナイフを入れ、黄身がドロッととろける瞬間をこの上なく幸せな気持ちで見つめた。


◇ニルスとドワーフと酒盛りと ベル視点◇

「やぁ。いい部屋を紹介してもらったよ」

と言って満足げ言うニルスをとりあえず応接に招いてセリカにお茶を出してもらう。

「このお茶は美味いねぇ。いったい何の葉っぱを使っているんだい?」

と言うニルスに、茶葉は紅茶と同じものだが製法が違うというとかなり驚いた顔をしていた。

そして、その製法を考え付いたのがルークだと言う話をするとまた驚きつつも、

「あの領主、只者じゃないね」

と、どこかニヤリとしながらそんなことを言った。

その後、ニルスにナツメを紹介する。

ニルスは森の賢者がケットシーだということは知ってはいたらしいが、初めてみるナツメのまるで子猫のような姿に少なからず驚きを覚えているようだった。

そんな簡単な自己紹介を経て長屋にあるニルスの部屋を訪れる。

すると、玄関先にはアインがいて、

「おう。ちょうど良かった。今仕事が終わったんで呼びにきた所だったんでさぁ」

と言ってきた。

「ははは。今日はにぎやかになりそうじゃな」

と言う私にアインが、

「ええ。ドワイトたちも呼んできてますから、ちょっとぎゅうぎゅうになっちまいますが、そこはご勘弁くだせぇ」

と苦笑いで言ってくる。

私は、

「なに。それもまた一興じゃろうて」

と答えるとアインに連れられてさっそくジェイの住む部屋へと入っていった。

そこに続々と仕事を終えたドワーフたちが集まって来る。

確かに部屋はぎゅうぎゅうでたちまちなんとも言えない男臭い雰囲気になってしまった。

私はそれを苦笑いで見つめつつ、

「改めて紹介するが、こいつは私の古い知り合いでニルスという。見ての通りノームじゃ。まぁ、研究バカでそれ以外取り柄の無い奴だが、よろしく頼むぞ」

と適当にニルスを紹介する。

すると、さっそく興味を示したジェイが、

「研究ってのはなんだ?」

という風に話を切り出した。

そこからはいかにも研究者らしい話に花が咲く。

ジェイもルーク同様、ニルスの考えた仕組みを大型化できれば産業の効率化が図れるという点に気が付いたようだ。

それを嬉しく思ったニルスがああだこうだとまくし立てる。

ここに一般人がいたら辟易としてしまう所だろうが、みんなそれぞれに得意分野は違っても同じモノづくりをする人間同士の集まりだ。

話は盛り上がり、その場でノバエフの鍛冶場の横にドワイトたちが少し大き目の作業小屋を建てるということが決まった。

「よっしゃ。そうと決まればあとはルークに計画書を出すだけだな。図面はノバエフが作るとして申請書は俺が作ってやろう。ははは。明日からはまた一仕事増えるな」

と楽しそうにいうジェイに、

「ええ。こりゃ楽しみが増えそうですな」

とアインが同じく嬉しそうな顔で相槌を打つ。

するとその場にいた全員が「がはは」といかにもドワーフらしく豪快に笑ってその場は一層盛り上がった。

やがて、

「まだまだ飲むぞ!」

と息巻くドワーフとそれに付き合わされるであろうニルスを置いてナツメと一緒に長屋を出る。

「にゃぁ」(やつらは相変わらず元気なものじゃなぁ…)

と感心と呆れを足して二で割ったような感じでいうナツメに、

「ああ。ドワーフの体力は底なしじゃからな」

と、こちらも苦笑いで返す。

春の長閑な夜空には三日月がぼんやりと浮かんでいた。

「にゃぁ」(良い夜じゃ)

と、ほろ酔いのナツメが気持ちよさそうにあくびをしながら、私の胸元でなんとも風流なことを言う。

私もそれに続いて、

「ああ。良い夜じゃ」

と同じ言葉を繰り返した。

酒で火照った頬を春の夜風がふんわりと撫でていく。

私はその風を心地よく思いながら、

「なんだかんだで飽きんのう…」

と苦笑いしながらつぶやいた。

「にゃぁ」(まったくじゃ…)

とナツメもおかしそうにそうこぼす。

そんなお互いの言葉に私たちは小さく「ふっ」と笑って、私はなんとなく朗らかな気持ちになるのを感じた。

月は相変わらずぼんやりと浮かび、ふんわりと道を照らしている。

私はそんなこの村の情景を、

(これはこれでいいもんじゃな…)

と思いつつ、のんびりと我が家を目指した。


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