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第137話手紙01

晩春。

侯爵様から手紙が届く。

手紙というよりも小包と言った方が正しいかもしれない。

それは、軽く一抱えするほどの大きさの箱で、

(はて、なんだろうか?)

と思って開けてみると、私への手紙や書類に混じって、なにやら刺繍が施された布とエリー宛ての手紙が入っていた。

(ああ。例の刺繍交換か)

と微笑ましく思いつつ、それを持ってエリーがいる離れを訪ねる。

エリーはいつものように離れではなく裏庭にいてコユキやライカと遊んでくれていた。

(お。今日はナツメもいるのか)

と思いつつ、なにやらままごとらしきことをして遊んでいるエリーたちに近づく。

すると、私に気付いたコユキが、

「きゃん!」(ルーク、おかえり!)

と言ってまっさきに飛びついてきた。

「ははは。まだ仕事が終わったわけじゃないんだ。エリーに手紙が届いていたからそれを持って来ただけだぞ」

と苦笑いで言いつつそれでも喜んで私の周りを駆け回るコユキを微笑ましく思いながら、

「おそらく例の刺繍とアナベル殿からの手紙だ。あとでじっくり読んでくれ」

と言って手紙と刺繍を手渡す。

するとエリーはパッと顔を華やがせて、

「まぁ、それはありがとう存じますわ!」

と言いその刺繍と手紙を嬉しそうに受け取ってくれた。

エリーの喜ぶ姿を我が事のように嬉しく思いながら、

「きゃん!」(ルークも一緒に遊ぼう?)

と言ってくるコユキの誘いをなんとか断り役場に戻る。

そして私宛の手紙を開くとそこには貿易関係の話に混じって、エリーの両親に関する進捗状況が書かれていた。

手紙によると、状況は上手くいっているらしい。

証拠の書類も無事揃い、この手紙が届く頃にはいよいよことが動き始めていることだろうと書いてある。

しかし、各方面への根回しや諸々の手続きがあるから、もう少し時間がかかるという事だった。

冬までにはなんとかしたいが、少し時期が遅れるかもしれないから、今年の帰省は連絡を待ってからにするようにと書かれている。

私はその「帰省」という言葉になんとも嬉しいような気持ちを持ちながら、その手紙に、了解した旨の返事を書き始めた。


翌日。

また手紙が届く。

今度は私宛ではなく、ベル先生宛に届いたものをわざわざベル先生が持ってきてくれた。

「私宛に届いた手紙じゃが中身はルーク宛てじゃったからもってきたぞ」

と言うベル先生からその縦長の、どちらかと言えば和風に感じる手紙を受け取る。

(はて…)

と思いながら、その和紙のような紙質の手紙を開くと、それはオーガからの手紙だった。

差出人はナナオとなっている。

(ほう。名前までどこか和風だな…)

と思いながら読み進めていくと、その手紙は律儀にも時候の挨拶から始まり、私の手元にある刀を見たいから近いうちにこちらを訪ねてくるということが丁寧な文体で書いてあった。

「ほう。来るのか…」

と思わずつぶやく。

オーガとの対面は初めてだ。

私は少なからず緊張しながら、その手紙をベル先生に戻し、

「大丈夫だろうか?」

と漠然とした質問をしてみた。

「ん?ああ、あやつらは滅多に外に出んし、かなり保守的なところはあるが攻撃的ではない。おそらくじゃが大丈夫じゃろう」

と、なんとなくそう答えてくれるベル先生の言葉に安心しつつも、

「やはり返せと言われるんだろうか…」

と少し不安を覗かせる。

そんな私に、ベル先生も、

「うーん。それはどうじゃろうなぁ」

と首をひねったが、結局は来てから話を聞いてみなければどうなるかわからないという話になって、その話はいったんそこで終わった。

私は次こそ衛兵隊がひっ捕らえてしまったりすることがないよう、衛兵隊の詰所に向かう。

そして、ベル先生から聞いたオーガの特徴や、ナナオと名乗る自分は私の客だから丁寧に対応するよう伝えると、夕暮れの道をその日はそのまま屋敷へ戻っていった。


それから数日。

役場の執務室に一人の衛兵がやって来る。

「お客様がいらっしゃったようなので、先ぶれに参りました。ナナオとおっしゃる男性とシュメとおっしゃる女性の二人です」

と言ってくれる衛兵に礼を言って、

「役場ではなく屋敷へ案内してきてくれ」

と伝えると、私は役場を出て屋敷へと向かった。

バティスにこれから客人が来ることを伝え、準備を頼む。

そして、私はミーニャと共に玄関先に出て客人が来るのを待っていると、屋敷の門をくぐってハンスに先導されたナナオとシュメと思われる二人が黒くやや小柄な馬に乗ってこちらに近づいてくるのが見えた。

初めて見るオーガは二人とも編み笠のような物を被っていて人相はよくわからない。

しかし、よく見れば和服のようないで立ちをしている。

私は、

(ほう。ここまで和風なのか…。やはり私の知っている日本となにか関係があるのだろうか…)

というようなことを考えつつも、その二人が玄関先に到着するのを緊張しながら待った。

やがて、先導してきてくれたハンスが馬を降り、

「お客様をお連れいたしました」

と、ややよそ行きの言葉で報告してくれる。

するとその後ろからついて来ていたナナオとシュメというオーガ二人も馬から降り、編み笠を取った。

「お初にお目にかかる。この領の領主、ルーカス・クルシュテットだ。ルークで構わない」

と挨拶をし右手を差し出す私に、ナナオと思われる男性の方が、

「申し遅れもうした。私の名はナナオ。こちらが女中のシュメと申す」

と言って丁寧に頭を下げてきた。

(なるほど。握手よりもおじぎの文化なのか…)

と苦笑いしつつ、こちらも、

「ご挨拶痛み入る。長旅でさぞお疲れのことだろう。馬と荷物はそのハンスとこのミーニャに任せてどうぞ中へ」

と言って、二人を屋敷の中へ招き入れる。

するとナナオは、

「かたじけない」

と短い言葉を発し、きっちりと頭を下げてきた。

後でシュメという女中も同じく頭を下げている。

私はそんな様子に、

(まるで武士だな…)

と思いつつ、

「ささ。どうぞ中へ」

と言いバティスが開けてくれた扉をくぐり二人の先に立つ。

すると、ナナオとシュメはそれぞれに、

「失礼いたす」

「失礼いたします」

と挨拶をしてから、私の後について屋敷の中へと入ってきてくれた。

さっそくリビングに入り二人に、

「どうぞおかけください」

と言ってソファを勧める。

そして、また、

「かたじけない」

と言ってソファに腰掛けるナナオとその後ろに控えるシュメを見、ふと思いついて、

「もしかしてお茶は紅茶よりも緑茶の方がよろしいか?」

と何気なく問いかけてみた。

その言葉に、ナナオが驚きの表情を見せ、

「ほう。こちらは緑茶を作っておられるのか…」

と感心したようなことを言う。

シュメの方もチラリと見たが、どうやら同じく驚いている様子だった。

私はまた、

(ああ。やはり和風なんだな…)

と思いつつ、ほんの少し苦笑いを浮かべ、

「ああ。つい最近作り始めたばかりだから味はまだまだだが、一応生産している。よければそちらを用意させよう」

と申し出る。

するとナナオがまた、

「かたじけない」

と短く言って丁寧に頭を下げてきた。

私はそれにうなずいてエマに、

「緑茶を。お茶請けは干し柿がいいだろう」

と頼む。

そして、その干し柿という言葉にまた驚く二人を見て、

「こちらも最近作り始めたばかりだ」

と苦笑いでそう言うと、さっそくお茶を淹れに下がってくれたエマを見送り、改めてナナオとシュメの様子を少し観察させてもらった。

ナナオは和服を着ているように見えたが、実際は和服っぽい洋服を着ているように見える。

上着は着物のように前で襟を合わせるような服だが、下は皮のズボンを履いているようだ。

シュメも同じような服を着ているから、これは旅装ということなんだろう。

(…普段着は着物を着ているんだろうか?)

とどうでもいいことを考えつつも、オーガの最大の特徴である頭に生えた二本の角の部分にふと目をやった。

角は黒く、牙のような形をしている。

長さは十センチほどだろうか。

(ほう。なかなかかっこいいな)

と、どうでもいいことを思っていると、ナナオが、

「オーガを見るのは初めてか?」

と、こちらを少し訝しがるような表情でそう問うてきた。

私はハッとして、

「ああ。すまん。ついつい見てしまった。申し訳ない」

と言って素直に頭を下げる。

すると、ナナオも、

「いや。当然と言えば当然だ。こちらこそ失礼した」

と言って頭を下げてきた。

それから、ほんの少し間が開く。

私はその間になんとも言えない気まずさを感じつつ、「こほん」と軽く咳払いをして、

「この度はわざわざお越しいただき痛み入る。クララベル殿に聞いて初めて知ったんだが、刀はオーガ族にとって大事なものらしいな」

とナナオに刀の話を振った。

その言葉にナナオは重々しくうなずき、

「ああ。その通りだ。刀は我が一族の魂とも言える。それがなぜこの国にあり、貴殿の手に渡ったのかわからんが、もし本物なら一族にとっての一大事となるという話になって、この度は私が代表してその実態を見せてもらいにきた」

と、ここへ来ることになった経緯を説明してくれた。

私もその話にうなずき、

「すまんが、私の部屋から刀を取ってきてくれ」

と、そばに控えていたバティスに命じる。

すると、バティスは、

「かしこまりました」

と一礼してすぐに私の部屋に向かってくれた。

そこへエマが、やって来て

「粗茶でございますが」

と言ってお茶を出してくれる。

その緑茶を見てナナオは、

「ほう…」

と驚いた様子を見せ、私の、

「どうぞ。味を見てみてくれ」

という言葉に、

「かたじけない」

と言うと、さっそく興味津々といった感じで緑茶を口に運んだ。

「おお…」

とナナオが思わずと言った感じで声を漏らす。

私はそれに、

「忌憚のない意見を聞かせて欲しい」

と言うと、ナナオは、やや遠慮がちながらも、

「我が国の最高級品とは比べられないが、普段飲むものとしてはなかなかの出来だと存ずる」

と感想を述べてくれた。

その言葉を聞いて私は内心、

(ほう。一応の合格点はもらえたみたいだな…)

と、ほっとする。

そして、一応謙遜しながら、

「そうか。それは良かった。私もこの領の緑茶はまだまだ美味くなると思って改良をさせているところだ。そのうち、その高級品とやらも作れるようになると良いと思っているが、これがなかなか難しくてな。今いろいろと試行錯誤させている」

と言うと、自分もひと口緑茶を口に含んだ。


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