目次
ブックマーク
応援する
14
コメント
シェア
通報

第139話手紙03

大木の前に着くと軽く後ろを振り返る。

私の視線を受けたナナオが軽くうなずくのを見て、私も軽くうなずき、私はいつもの要領で、集中して気を練り始めた。

やがて、全身に魔力が漲っていく。

私はその漲った魔力が満遍なく全身を循環していることを確認すると、

「ふっ」

と短く気合の息を吐いてからゆっくりと刀を抜いた。

刀に魔力を込めて袈裟懸けに一閃する。

そして身体強化を使い、木が倒れるよりも早く次の目標に向かって移動すると、今度は横なぎに刀を振るって、先ほどよりもやや細い木を斬った。

また次に向かう。

それを五度ほど繰り返しただろうか。

いい感じに一帯が開けた所で安全な場所に避難し、刀を納めた。

バキバキと音を立てて最後に斬った木が倒れていく。

私はその様子を見届けると、すぐに今度は地面に手を当てて土魔法を発動した。

ボコボコと音を立てて地面が小さく波打つ。

そして、先ほど斬った木の切り株が浮き上がって来るのを確認すると、そこで魔法を止め、

「ふぅ…」

と息を吐いて、近くにいるであろう村人たちに向かって、

「終わったぞー!」

と声を掛けてから、ナナオたちがいる方へと戻っていった。

驚いたような表情で固まるナナオに、

「どうだっただろうか?」

と声を掛ける。

すると、ナナオはそこで正気を取り戻したような感じで、ひと言、

「…見たことも、聞いたこともない」

とだけ言った。

そこへジェイさんがやって来て、

「ははは。驚くのも無理はねぇ。なにせ、こんなことをやるのはこいつだけだからな」

と、おかしそうに声を掛けてくる。

その言葉を聞いた私は困ったような笑みを浮かべ、

「すまんな」

と二人に向かってとりあえず謝罪の言葉を述べることしかできなかった。


その後、まだ呆然とするナナオとシュメを伴って屋敷へと戻っていく。

日はずいぶんと西に傾き、村人たちはそろそろ農作業を終えてそれぞれの家に帰る準備をしているところだった。

道々、

「ああ、なんというか、あれはあくまでも稽古の一環であって、主たる使い方じゃない。その辺は理解してくれると助かるが…」

とナナオに声を掛ける。

すると、ナナオは、

「ああ。それはなんとなくわかった。あれはそれなりに稽古を積んでいる者でないとできない技だ」

と一応の理解を示してくれた。

私はそのことにほっとしつつ、

ライカの背に揺られる。

私の胸元ではコユキがやや退屈そうに、

「くわぁ…」

とあくびをした。

やがて屋敷に着き、

「付き合わせてすまんかったな。とりあえず、夕飯の前に風呂を使ってくれ」

とナナオとシュメに声を掛け、エマとバティスに後のことを頼む。

そして、私は自室に戻ると、

(さて、どうしたものか…)

と思いながら、自分の刀をじっと見つめた。

そんな私にコユキが、

「きゃん!」(今日はトンカツの匂いがする!)

と嬉しそうに声をかけてくる。

私はその無邪気さになんとも救われたような気持ちになりながら、

「ははは。そいつは楽しみだな」

と声を掛けると、コユキを抱き上げ、わしゃわしゃと撫でてやった。


しばらくして私も風呂を使い、一応正装に着替えてから食堂に入る。

そこには先に旅装から正装らしき和服と洋服の間のような着物を着たナナオとシュメがすでにいて席について、父となにやら話をしていた。

(父上との挨拶は終わったらしいな…)

と思いつつ、

「お待たせしてしまったようだな」

と軽く謝罪の言葉を述べ私も席に着く。

そして料理がやってくると、客人を招いての簡単な晩餐会が始まった。

献立はコユキが言った通り、トンカツ。

そこにこの時期ならではの野菜がたっぷりと入った味噌汁とご飯、漬物や煮物がなどが付いている。

前世の記憶的に言えば少し豪華なトンカツ定食といったところだろうか。

(さて。トンカツはオーガの口に合うだろうか?)

と思いつつ私はワインが注がれたグラスを手に取り、

「では、まずはオーガ族ご一行に歓迎の意味を込めて」

と乾杯の音頭を取った。

「乾杯」

と落ち着いた声が返って来て晩餐が始まる。

真剣な話もあるだろうからどうだろうかと思ったが、私はあえてコユキも同席させた。

その考えはどうやら的を射ていたようで、食事は和やかに進んでいく。

オーガの二人は器用に当然のように器用に箸を使い、トンカツを美味しそうに食べていた。

「我が領の米はどうだろうか?」

という私の気さくに問にナナオが、

「うむ。我が国の米よりも少し粘りが薄いだろうか。しかし、その分しっかりとしたうま味があって、おかずによく合っている」

と、こちらも気さくに答てくる。

そんな様子に父もほっとしたのか、私が帰ってくる前まで米は食べていなかったことや、この領がいかに貧しく厳しい土地だったかというようなことをオーガの二人に紹介し、

「こんなにも充実した食事が食べられるようになったのも、このルーカスのおかげというものです」

と私を自慢するようなことを言った。

その話にオーガの二人は驚いた顔で私を見てくる。

私は少し照れながら、

「たまたま森で発見することが出来たおかげだ。私の力じゃない」

というような感じで謙遜してみせた。

そんな食事が終わり食後のお茶の時間。

おそらくエリーが作ったのであろうイチゴのタルトに驚くナナオとシュメに、

「これも森で発見したものだ」

と紹介して美味しくいただく。

そして、デザートまで食べ終わると、そこからは少し真剣な話になった。

「刀と出会った経緯はクララベル殿からの手紙でなんとなく聞いたが、町の武具屋に売られていたというのは本当だろうか?」

と聞いてくるナナオに、

「ああ。私が幼少期を過ごしたシュタインバッハ侯爵領…、ここからひと月ほど旅をしたところにある領地だが、そこの領都シュテルの町の武具屋に捨て値同然の価格で売られていた。もう十五年から二十年ほど前のことになるだろうか」

と正直に当時の状況を伝える。

その話を聞きナナオは、

「…いったいなぜ、そんなことになったのだろうか?…それにあの刀。代々名刀を受け継ぐ我が家の家宝と比べても遜色ないように見えた。…それほどの名品であれば我が国でその存在が知られていないはずはないのだが、なぜそれほどのものが流出してしまったのか…」

とますます首をひねり、なにやら深く考えるような仕草を見せた。

私も無駄だとはわかっていつつ考え込む。

(これも私が日本の記憶を思い出したということと何か関わり合いがあるのだろうか…)

と考えもしたが、結局私はなにもわからずそこで深く考えることを放棄した。

「すまん。まったく見当がつかん。ただ、わかっていることはここに刀があり、私が曲がりなりにもそれを扱えているということだけだな…」

と、ため息交じりにそう答える。

その結論はナナオにしても同じだったらしく、ナナオは私にコクリとうなずくと、

「このことの最終的な決断は私に一任されている。すまんが、しばらく考えさせてくれ」

と、やや重たい口調でそう言って私に真剣な目を向けてきた。

「わかった。とくと見定めてくれ」

と答えて苦笑いを見せる。

そんな私にナナオも苦笑いを見せ、

「難儀な役を仰せつかったものだ」

と、わざとため息を吐くような感じでそんな言葉を発した。


その日の話はそれで終わる。

明日は改めてベル先生やジェイさん、ナツメを招いて昼食を取ろうということになった。

おそらくその場でも結論は出ないだろうが、これまでの話を聞いてみたいのだそうだ。

私は当然それを了承し、客室へと戻っていくナナオとシュメを見送ると少しお茶を飲んでからコユキを抱き、自室へと戻っていった。

食事と一緒に飲んだワインで少し火照った頬を冷まそうとベランダに出る。

灯りの消えた離れを見て、ふと、

(ああ、今日はあまり言葉を交わせなかったな…)

と思うとなんとも寂しいような気持ちが湧いてきた。

(…何を考えているんだか)

と自分で自分を笑うように苦笑いを浮かべる。

そして、そんな気持ちを切り替えるように、

「ふぅ…」

と一つ息を吐くと、

(さて。明日も忙しくなりそうだな…)

と、ひとり心の中でつぶやいて、凛として輝く晩春の月を見上げた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?