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第140話手紙04

翌朝。

いつものように稽古に出る。

するとそこへミーニャに連れられてナナオとシュメがやって来た。

「おはよう」

と挨拶をすると、

「ああ。おはよう」

とあちらも挨拶を返してくる。

おそらく昨日ミーニャから私が毎朝稽古をしていることを聞いて見に来たのだろう。

そう思った私は、

「拙い稽古だが、よければ見ていってくれ」

と声を掛け、いつも通り型の稽古から初めていった。

人に見られているという緊張もあり、いつもより少し動きがぎこちない。

そんな自分に気が付いた私は、少し気持ちを切り替えるように、

「ふぅ…」

と息を吐いて雑念を振り払う。

そして、再び集中を高めると、いつものように魔力を循環させながら淡々と木刀を振った。

一通り型の稽古が終わり次は魔法の稽古に移る。

そこでも、また集中していつも通りの稽古を終えた。

一通りこなして、

「どうだっただろうか?」

とナナオに訊ねる。

ナナオはなぜか苦笑いをしながら、

「剣についてはまだまだ改善の余地はあると見た。しかし、魔法の方はわからん。とにかくすごいという印象だ」

と正直な感想を教えてくれた。

その後、剣についての細かな動きを少しだけ指導してもらう。

ナナオの指摘は的確で、私のほんのちょっとした癖や動きの無駄などを指摘すると、それをどう修正すればよいかということを丁寧に教えてくれた。

「ありがとう。参考になった」

「いや。役に立ったようで良かった」

と互いに頭を下げて稽古を終える。

そして、私たちはいつものように裏口から屋敷に入ると、いったんそれぞれの部屋に戻り、軽く汗を拭ってから朝食の席に着いた。

エマが気を遣ってくれたのだろう。

なんとも和風な朝食を美味しく食べる。

強いて辺境風な点があるとすれば、味噌汁に腸詰が入っているところだろうか。

最初はなんとも意外な組み合わせに思えたが、慣れてみるとこれがなかなかに美味い。

腸詰からにじみ出た脂が味噌のうま味と絡んで絶妙なコクを生み出しているのがなんとも言えない。

私はそんな辺境の味と前世の記憶が合わさって出来た新たな味を楽しみつつ、いつも通り和やかに朝食を終えた。

その日の午前中はナナオとシュメにはゆっくりとしてもらうことにして、私は仕事に向かう。

最初は領内を案内するのもいいかと思ったが、長旅で疲れているだろうから、せめて今日一日くらいはのんびりしてくれと提案すると、ナナオもシュメもそれに同意してくれてその日は休養日ということになった。

そんな客人を放っておくようなことを少し申し訳なく思いつつも、ナナオとシュメの世話をミーニャに託していつも通り書類に向かう。

書類の内容はこの時期らしい夏野菜の収量予測やそろそろ始まる田植えや綿花の植え付けの準備についての報告書が多く、私はそれらに素早く目を通しながら、計画に無理がないかなどを確認していった。

やがて昼になり屋敷に戻る。

そして直接食堂に入ると、そこには仕事着のジェイさんとベル先生がいてなにやら楽しそうに談笑していた。

「すまん。待たせたか?」

と言いつつ、自分の席に着く。

するとジェイさんがにこやかな顔で、

「いや。俺たちも今来たところだ。それよりナナオっつったか。オーガとの話はどうなった?」

と聞いてきた。

「ああ。なんとかうまくいっている。今日はこれまでのことを聞かせて欲しいということだったから、正直に教えてやってくれ」

と、こちらもにこやかに答える。

そんな私にベル先生が、

「ははは。正直に話したらさぞかし驚かれるじゃろうな」

と楽しそうに笑いながら言い、ジェイさんも、

「ああ。そりゃ違いねぇ」

と言っていつものように豪快に笑った。

そこへ扉が叩かれる音がしてナナオとシュメが入ってくる。

私はそれを快く招き入れると、さっそく午餐というよりも昼食会と言った感じの食事が和やかに始まった。

その席で、私たちの魔獣討伐の話になる。

私たちは楽しい思い出くらいのつもりで話していたが、その話を聞いているナナオの表情はどこか曇っているように思えた。

「なにか気になることでもあるのか?」

と少し心配になって聞く私に、ナナオが真剣な表情で、

「実は、我が国でも同様の傾向が見られる…」

と、かなり衝撃的な事実を告げてくる。

その言葉を聞いた私たちは一瞬互いの顔を見合わせると、私が代表して、

「できれば詳しい状況を教えてくれ」

と言って、そこからはなんとも真剣な会議のような雰囲気になった。


ナナオ曰く、オーガの国はこの辺境と同じく険しい山を越えた広大な盆地の中にあり、広い森に接していると言う。

私は内心、

(もしかしたら同じ森に接しているのかもしれんな)

と思いつつその話を聞くと、どうやら最近になってオークロードも出たし、あちら特有の魔獣で鹿の魔獣、ヨヒトというのが大群で現れたりしたのだそうだ。

それにこれまでにない浅い場所での出現というのも私たちの状況と酷似していると感じた。

その話を聞き終え、まずはベル先生が、

「うーん…」

と唸る。

私は、

(これは放っておけない事態じゃなかろうか…)

と思い内心かなり焦りながら、ベル先生が次の言葉を発するのを待った。

そこへジェイさんが、

「そいつはただごとじゃねぇな…」

と言葉を発する。

そして、

「意外かもしれねぇが、この辺境の森とオーガの国が接している森は同じ森だと俺は踏んでいる。それこそ国をいくつか合わせても足りねぇくらいの広さがあるから正確なことは言えねぇが、地形なんかから見てまず間違いないだろう。となると、その両方で同じような現象が起こっているということになるから、原因はおのずと、その中心付近にあるってことになるだろうな…」

と私が恐れていた通りのことを言った。

「…たしかに、その可能性はあるな…」

とベル先生もジェイさんの意見に同意する。

私は二人の意見にそれなりの衝撃を覚えつつも、努めて冷静に、

「だとすれば、どういう対策が必要だろうか?」

と領主らしいことを訊ねてみた。

そんな漠然とした質問に、一同が顔を伏せる。

(…どうやら、すぐに有効な手立ては誰も思いつかないようだな…)

と私もやや顔を伏せるが、

(いや。このまま手をこまねいていてはいかん。大事になる前に何かしらの手を打たねば…)

と思い直し顔を上げるとその場にいた全員に向かって、

「まずは調査が必要なんじゃなかろうか?」

と今の自分たちにできる唯一の行動を提案してみた。

その言葉に全員がハッとして顔を上げる。

私はそんなみんなの視線を力強く受け止めると、

「ここで手をこまねいていても仕方がない。今自分たちにできることをしよう」

と、まるで励ますかのような口調でそう声を掛けた。

最初にベル先生が、

「ふっ」

と笑う。

すると続いてジェイさんも、

「はっはっは。そうだな!」

と言っていつものように豪快に笑うと、

「じゃぁ、とりあえず未知の領域に突っ込んでみて、何があるのかないのか見てくるってことで決まりだな」

と言って私にいつものニカッとした表情を見せてきてくれた。

そんな様子を見ていたナナオが、

「ふっ」

と笑ってお茶をひと口すする。

そして、ナナオは私に微笑みを向けると、

「その調査、私も同行しよう」

と言ってくれた。

ナナオの横でシュメが若干驚いたような顔を見せる。

私はそれを見て、

「いいのか?」

と訊ねると、ナナオは苦笑いを浮かべながら、

「ああ。問題無い。先ほどのこの領の森と我が国の森がつながっているかもしれないという話が本当ならこれは我が国の安全にもかかわる話だ。それに万が一つながっていなかったとしても、似たような環境で似たような事態が起こっているとなればその原因もまた似通っているという推論が成り立つ。どちらにしろ私もこの目で状況を確認しておきたい」

と言ってくれた。

「よし。じゃぁ、決まりじゃな」

と言ってベル先生が苦笑いを見せる。

そしてまたジェイさんが、

「はっはっは。こりゃ大冒険になりそうだな!」

とおかしそうに笑うと、その場で私たちが森の奥地へ調査に向かうことが決まった。


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