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第141話覚悟

森の奥へ調査に向かうことが急遽決まった昼食会の後。

翌日、改めて役場で会議を行うことになり、その場は解散する。

私はその日の予定を変更して衛兵隊の拠点に向かうと、そこでエバンスに明日のことを伝え、出来る限りの情報を集めておいてくれるよう頼んだ。

私も急いで役場に戻り、これまでの記録や地図を整理する。

そして、あらかたの準備を整えると夕暮れが迫っているのを見て屋敷へと戻っていった。

その日の晩餐はエリーも呼んで和やかに進む。

その席でどうやらシュメも裁縫や料理を得意にしているという話になり、エリーは、

「オーガの方々のお裁縫やお料理はこちらとはずいぶん違っているんでしょうね。ぜひそんなお話がしてみたいものですわ」

と言って楽しそうにシュメに質問をしていた。

シュメは女中という立場上、あまりきゃっきゃとはしゃぐことはなかったが、それでもどこか嬉しそうにエリーと話している。

私もナナオもそんな二人の様子を微笑ましく眺め、夕食は和やかなまま終わった。


翌日。

午前中からさっそく会議を始める。

集まったのは私、父、エバンス、ハンス、ベル先生にナツメ、ジェイさん、ナナオの八名。

まずは、それぞれがこれまでに経験した状況の整理から話が始まり、その話は昨日の昼食の時とさほど変わらなかったが、初めて聞く父やエバンスはかなり驚いたような表情で真剣にその話を聞いていた。

それから情報の整理が終わると今度は地図を見ながら調査地点の絞り込み作業に入る。

とはいえ、今回向かうのは、地図の無い未知の場所だ。

私たちはこれまでに大物が出た地点を確認しながら、ある程度の方向を決め、出来るだけ広い範囲を捜索するという方針を確認すると、そこでいったん話を切り上げ、昼食の席へと向かった。

昼は軽くうどんと天ぷらで済ませ、また会議に戻る。

午後は部隊編成の話になった。

各方面からいろんな意見が出たが、最終的には私が決断を求められ、

「わかった。今回は調査が目的だ。大編成は動きが遅くなることを考えて最低限の人数に絞ろう。こちらからは私とミーニャ、ベル先生とナツメ、ジェイさんとハンスの六名が向かう。そちらはナナオ殿一人で大丈夫だろうか?」

と私なりの結論を出す。

それにみんながうなずいて、次はエバンスと父を中心にして領に残る人員の配置などの話に移った。

時折ナナオの意見も聞きながら、領内の守備を確認していく。

その話の中でシュメはそれなりに剣術を使うという話になったので、いざという時は屋敷の防御やエリーの護衛をお願いした。

やがて、夕暮れが迫り会議はそこで終了となる。

私たちはそれぞれの場所に戻っていく。

私もナナオを連れて屋敷へと戻っていった。

その日の晩。

夕食の席にまたエリーを呼んで今回の調査の話をする。

エリーは少なからず顔を青ざめさせていたが、私が、

「大丈夫だ。必ず帰ってくる」

と言うと、

「お待ちしております」

と真剣な表情でそう言ってくれた。

食堂になんとも言えない空気が流れる。

そんな空気を変えたのは、コユキの、

「きゃん!」(ポテトサラダ好き!)

という元気な言葉だった。

「そうだな。エリーのポテトサラダは最高だ」

と言ってコユキを撫でてやる。

すると、コユキは嬉しそうな顔をして、

「きゃふぅ…」

と甘えたような声を上げた。

「うふふ。お替りもたくさんありますからね」

とエリーも微笑ましくコユキを見つめる。

その視線はいつにも増して慈愛に満ち、食卓の空気に再び和やかさを取り戻してくれた。

私もなんだかほっとして、具だくさんのイノシシ汁をすする。

そして、いつもの温かさを取り戻した食卓を眺め、

(またここに戻って来なければな…)

とひとり密かに気合を入れた。


その日の食後。

詳しい話をして不安を払拭してやろう思い、エリーをリビングに誘う。

私は珍しくワインを持ち出し、エリーにも勧めながら、今回調査に行くことになった経緯なんかをできるだけかみ砕いてエリーに説明した。

その話を聞き終え、エリーが、

「それは、ルーク様にしかできないことなんですね?」

と念を押すように聞いてくる。

私は黙ってうなずき、エリーに真剣な表情を向けた。

「そうですか…」

とエリーが少し顔を伏せつつ、手に持ったワイングラスを見つめる。

私はなんとも申し訳ない気持ちになり、ついつい、

「大丈夫だ。いざという時は父上もいるし、侯爵様も頼れる。心配はいらないさ」

と軽口を言ってしまった。

そんな私にエリーが、

「そんなことをおっしゃってはいけませんわ」

と少し怒ったような口調で真剣な目を向けてくる。

その目を見て私は急に自分の軽口が恥ずかしくなり、また、自分の中で固めたはずの決意がどこかまだもろい物だったことに気付かされ、

「す、すまん…」

と素直に謝罪の言葉を述べた。

そんな私に、エリーが、

「私…、ルーク様が…もし、と思うと…」

と言葉に詰まりながらそう訴えてきて、ついには涙をこぼし始める。

私はただただあたふたするだけで、

「あ、いや、その…」

と言う事しかできなかった。

そんな自分を情けなく思いながら、なんとかエリーを宥めようと慌ててその隣に座り軽く肩をさすってやる。

するとエリーは私の胸に顔を埋め、

「うぅ…」

と嗚咽を漏らしながら本当に泣き始めてしまった。

私はどうすることも出来ず、ただ、エリーの肩を抱き、

「すまん…」

と何度も謝罪の言葉を述べる。

するとやがて、エリーは少し落ち着いたのか、私の胸に顔を埋めたまま、

「ごめんなさい。私、取り乱してしまいました…」

と恥ずかしそうにつぶやいた。

そんなエリーを見て私はまたこんなにもエリーを悲しませてしまった自分を情けなく思い、

「いや、こっちこそすまなかった…」

と謝罪の言葉を述べる。

そして私は、

(ここで言うべきは謝罪の言葉ではなく。決意を示し、エリーを安心させてやる言葉のはずだ)

と思い、なんとかその言葉を探し始めた。

そんな私の胸からエリーの顔が離れていく。

私は、

(ああ、こういう時にはなんと言葉をかけるべきなのだろうか…)

と頭の中をぐしゃぐしゃにしながら、必死で言葉を探し続けた。

しかし、結局その言葉は見つからないままエリーが涙を拭い始める。

私はなんとも情けない気持ちになりながらも、必死で今自分にできることはなんだ?と心の中で問い続けた。

しばし気まずいような空気が流れる。

私もエリーもこの先どうすればいいのかわからずお互いに言葉を探しているような状況になった。

そこで、

「あの…」

「あの…」

と二人の言葉が重なる。

私はまたエリーに何かを伝えるきっかけを失った。

あたふたしたりドキドキしたり、訳の分からない感情が私の中で渦巻く。

私は本当にどうしたものかと思って、思わず顔を伏せてしまった。

そんな私にエリーが再び、

「あの…」

と声を掛けてくる。

私はそこでハッとして顔を上げると、

「あ、ああ…」

となんとも間抜けな感じで、その呼びかけに応じた。

「あの…、私、信じてお待ちしておりますわ…」

と言ってくれるエリーの目には再び涙が浮かんでいる。

その涙を見た私の中にはっきりと、

(ダメだ。この人にこんな顔をさせてはいけない…)

という思いが込み上げてきた。

私は思わずエリーを抱きしめる。

そして、私は、

「えっ…」

と小さく声を上げて驚くエリーに、

「大丈夫だ。きっと帰ってくる。その時はまた美味いカレーを作ってくれ」

と、なんともしまらない言葉を掛けた。

そんな私の言葉に、

「はい…」

という嬉しそうな言葉が返ってくる。

私はそれを心の底から嬉しく思い、思わずエリーを抱く力をほんの少しだけ強くした。


そんな時間がどのくらい続いたのだろうか。

お互いになんとも気まずい雰囲気で抱擁を解く。

そしてまた私たちは、

「あの…」

「あの…」

と言葉を重ねた。

その重なりに二人とも思わず吹き出してしまう。

私は、

「ははは…。なんともしまらんな」

と照れくさそうに頭を掻くと、エリーもおかしそうに、

「うふふ」

と笑った。

私たちはいつの間にかいつものように微笑み合い、その場になんともくすぐったいような空気が流れる。

私は照れ隠しにワインを飲み、それに合わせてエリーもちびりとワインを口にした。

穏やかで優しい時間が流れる。

私はその時間をこの上なく愛おしいと感じると、今度は笑顔で、

「カレー、楽しみにしているぞ」

と冗談を言った。

そんな冗談に笑い合い、なんとも離れがたいような空気を感じつつも、それぞれがそれぞれの場所に戻っていく。

私は自室に入るとベッドに腰掛け、幸せそうな寝息を立てているコユキをそっと撫でてやった。

(帰ってきたらカレーだぞ)

と微笑みながら心の中でそっと問いかける。

その声がコユキに届いたのかどうかはわからないが、その瞬間コユキは、

「くぅん…」

と甘えるような声で寝言らしき声を発した。

私はそれに微笑んでまたコユキをそっと撫でてやる。

そして、私はゆっくり立ち上がると窓の外に浮かぶ星々を見上げ、

(必ず帰ってくる…)

と心の中で強く誓いを立てた。

また、

「くぅん…」

というコユキの甘えた声が聞こえてくる。

私はその声を微笑ましく聞きながら、そっと寝る支度を整え始めた。


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