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第145話冒険へ04

そのゴブリンの集団がいたと思われる広場に近づきつつ、

「ゴブリンも引っ越しをするのかねぇ…」

というジェイさんの言葉に、ナナオが、

「そんな話は聞いたことがないな…。あいつらは一度拠点を構えるとそこに居続けるものだと思っていた」

と答える。

ベル先生も、

「ああ。やつらは一度巣を作ったら、そこで着実に数を増やしていくという習性があったはずじゃ」

と言ってナナオの意見に賛同した。

私も、

(ゴブリンが引っ越しをするなら、対処するのは今よりももっと厳しくなるだろうな…)

と考えつつ、歩を進めていく。

そして、その広場に着くと私たちはいっせいに息を呑んだ。

よく見なくともそこには引きちぎられたようなゴブリンの腕や足の残骸がいくつか転がっている。

「…これは…」

と絶句する私の横でナナオも、

「なんだこれは…」

と絶句していた。

ベル先生とジェイさんにも目を向けるが、ぽかんとしたような唖然としたような表情を浮かべている。

私はますます不思議になって、今度は目線を低くし、ナツメの方に目をやった。

ナツメはなにやら考え込むような感じで辺りを観察していたが、やがて、

「にゃぁ…」(食われたということか…?)

と恐ろしいこと口にする。

私は、その言葉に戦慄を覚えながら、

「…どういうことだ?」

と訊ねてみた。

その問いにナツメはなにやら考え込みつつ、

「にゃぁ」(なに。魔獣を襲う魔獣というのもおるでな。コカトリスなんかがそうじゃ。…まぁ、あやつらは普通の獣の方を好んでおるらしいから、滅多なことで魔獣、しかもゴブリンのような魔獣を襲うことはないがのう…)

と自分が知っている知識を披露してくれる。

そして、その言葉に続けて、

「にゃぁ」(ということは、積極的にゴブリンのような魔獣まで襲って食うような魔獣がおっても不思議じゃないということじゃよ。まぁ、それがどんな魔獣なのかは見当もつかんがな…)

と少しシニカルな感じで未知の魔獣の仕業ではないかという見解を付け加えてくれた。

その言葉でその場に重苦しい沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは、

「とにかく行ってみるしかなさそうだな…」

というナナオの声だった。

その言葉に私はハッとして、

「そうだな…」

と賛成の声を上げる。

すると、ジェイさんとベル先生も苦笑いで、

「まぁ、そうなるだろうな…」

「ああ。しかたあるまいて…」

と、これから何が待ち受けているかわからないが、とにかく行ってみようという判断に賛同の意を示してくれた。

「こう言っちゃなんですが、ちょっとワクワクもしちゃうっすね」

と、いつもの軽い口調で言ってくるハンスの言葉に全員が苦笑いを浮かべる。

私は、そんなハンスに微笑みながら、

「おいおい。気を引き締めてついてきてくれよ」

と言うとハンスはいつものニカッとした表情で、

「了解っす!」

と真似事のような敬礼をして応えてくれた。


緊張の中にもどこか前向きさを取り戻してその場を発つ。

しばらく周りを観察してみたが、進むべき方向はすぐに分かった。

「なんだかわからんが、こりゃ相当デカいな…」

とジェイさんが言う通り、獣道と言うにはあまりにも大きな痕跡が森の奥へと向かっている。

私たちはそれを辺りに気を配りながら慎重に追っていくと、やがて小高い丘の上に出た。

そこから辺りを見回し、さらに高い尾根のようなところがあるのを見つけて、いったんそちらに向かう。

痕跡からしておそらくその未知の敵との遭遇は近いだろうから、まずは周辺を探ってみようという話になった。

やがて尾根の上に立ち周辺を観察する。

するとほんの少し森が開けた場所に岩山があるのが見えた。

「痕跡はあの岩山に続いているらしいな…」

とナナオがつぶやいたのに全員がうなずく。

私はそんなみんなに、

「もう少し近寄ってみよう」

と提案して、その岩山が良く見える地点へと慎重に移動を始めた。


やがて、尾根の中腹にある比較的見晴らしのいい場所に出る。

そしてその岩山周辺を詳しく見てみると、そこにはどうやら洞窟らしき穴があいていた。

「あからさまに怪しいな…」

というジェイさんの言葉にうなずきつつ、

「もう少し近づいたところで今日は様子見にしよう。情報なしに突っ込んでいくのはあまりにも危険だ」

と声をかけて洞窟の入り口が観察できるような場所へと移動する。

そして私たちはそこで野営の準備に取り掛かると、その日は交代で見張りを立てながらそこでしばらく洞窟の入り口を観察してみることにした。

お茶を飲みながらゆっくりと体を休める。

食事は行動食で済ませることにした。

そんな簡素な夕食に、

「きゃふぅ…」

と不満げな声を出すコユキを宥めつつ時間を過ごしていると、

「な、なんかきたっす!」

というハンスの焦ったような声が聞こえてきた。

全員でハンスのもとに近寄る。

そしてハンスが指さす方向を見るとそこには見たこともない魔獣がまさしくノシノシとオークらしきものを担いで洞窟の中に入っていくのが見えた。

数は2。

水牛のような大きな角のある頭によく見れば牛のような尻尾が付いている。

体長は4、5メートルほどもあるだろうか。

いかにも筋骨隆々としていて、手には丸太のようなこん棒らしきものまで持っている。

その姿を見て、私が、

(おいおい、あれって…)

と絶句していると、私の横でジェイさんが、

「おいおい…。ありゃミノタウロスってやつじゃねぇか…」

と驚愕の表情でそうつぶやいた。

「ミノタウロスじゃと…!?」

とベル先生がこちらも驚愕の表情をジェイさんに向ける。

そんなベル先生にジェイさんは、

「ああ。…俺も本で知らねぇがおそらくそうだろう。牛頭の巨大な魔獣って書いてあったのを覚えているからな…」

と少し青ざめた顔で自分の知っている知識をみんなに教えてくれた。

「…だとすると、弱点なんかの特徴はわかるか?」

とナナオが意外と冷静な口調でジェイさんに問いかける。

しかし、ジェイさんは力なく首を横に振り、

「いや。そこまではわからん。本に書いてあったのは角がやたらと硬くて武具の材料にもってこいだってことだけだった。まぁ伝説の素材ってやつで、読んだときは眉唾ものだと思ったのを覚えているくらいだ…」

と残念そうにそう言った。

「そうか…」

と答えてナナオが押し黙りなにやら考えるような仕草を見せる。

私はそれを見つつ、

「ここで退却という手もないわけじゃない。しかし、できることなら討伐したいと考えている。おそらくだが、あれが今回の異常の原因の一つだろうからな」

と全員の目を見ながら、はっきりと自分の考えを伝えた。

そんな一見無謀とも思える提案に、まずはジェイさんが、

「ああ。できることならそうした方がいいだろうな」

と言って、なんとなく賛成の意思を示してくれる。

それに続いて、ベル先生も、

「そうじゃな。逃げるという手はなかろうよ」

と苦笑いで答えてくれた。

「にゃぁ」(まぁ、このメンツであればなんとかなるじゃろうて)

とナツメがため息交じりながらもどこか呑気そうに言う。

その意見にナナオもうなずき、

「そうだな。ここはぜひともミノタウロスという魔獣がどんなものかこの目で確かめてみたい」

と言ってなにやらニヤリとした笑みを浮かべて見せた。

「ははは。馬たちの護衛は任せてください!」

とハンスが少し苦笑いで馬たちの護衛を引き受けてくれる。

ミーニャは少し悔しそうにしていたが、

「私も馬たちを…。今の私にできるのはそこまでですから…」

と言って、自分の役割を察し、受け入れてくれた。

「ありがとう」

と素直に頭を下げる。

そんな私にみんなが、

「はっはっは。相変わらず真面目なやつだな!」

「ああ。しかし、なんともルークらしいわい」

「にゃぁ」(うむ。真面目は美徳であるぞ)

「ふっ。そうだな」

と、それぞれに笑顔で声を掛けてくる。

私はその声をなんとも照れくさく、しかし、なんとも頼もしく思いながら、

「よろしく頼む」

と笑顔で再び頭を下げた。


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