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第149話 美味しい兆し01

ミノタウロス討伐から帰って来た二日後。

突然役場にニルスがやってくる。

執務室に入って来るなり、ニルスは、

「あのジュール鉱を使わせてくれ!ほんのちょっとでいい!」

と勢い込んで私に迫ってきた。

「あ、ああ…」

と答えると、

「おっしゃ!」

と言って、さっさと執務室を出て行こうとする。

そんなニルスを慌てて呼び止め、

「おいおい。一応、使用用途を教えてくれ。あと、申請書も出してもらおう」

と苦笑いで諸注意を与えるとニルスは、少しつまらなそうな顔をして、

「なんだかお役所みたいなことをいうじゃないか…」

と言ってきた。

「ははは。ここはお役所だ」

と肩をすくめつつ、苦笑いで答える。

そんな私の言葉にニルスはどこかぽかんとした顔を見せた後、やはり肩をすくめて苦笑いしながら、

「ははは。そう言えばそうだったね」

と言いつつ無遠慮にソファに腰掛けた。

私はまたしても苦笑いしつつ、ミーニャにお茶を頼み、ニルスの対面に座る。

するとニルスは、

「あのジュール鉱ってやつは、魔力の制御にうってつけなんだよ」

と、まずジュール鉱の特性から説明を始めた。

長い話になりそうだったが私の知らない知識ということもあって、勉強がてらお茶を飲みつつ、じっくりとその話を聞く。

ニルスの話をまとめると、どうやらジュール鉱を使って独特の回路を作ると魔力を効率よく狙った方向に制御できるという事だった。

(なるほど。半導体のようなものか…)

と、おぼろげな記憶でなんとなく想像する。

そんな私にニルスは色々と使用方法を説明してくれたが、どれも今ある魔道具をかなり効率化させるというものだった。

そんなニルスに、

「正確に作動するというのなら、時計でも作ってみたらどうだ?」

と何気なく新しいアイデアを与える。

するとニルスはハッとした顔をしたあと、なにやらぶつぶつとつぶやいて考え込み始めた。

そんなニルスを微笑ましいような気持ちで見つめつつ、

「とりあえず考えるのは後にしてくれないか?そろそろ昼だからな。…ああ、そうだ。せっかく来たんだしうちで昼飯を食って行ってくれ」

と、ついでのように昼に誘う。

その言葉にニルスは、

「ははは。そうだね。そうしよう」

と言ってくれて、急遽ニルスを昼食に誘うことが決定した。

屋敷に向かう道すがら、ニルスが、

「いやぁ、あのカレーはいい食べ物だね、あとケチャップもいいが、マヨネーズというのがたまらない。なんでも作るのにそうとう手間がかかるらしいから、たまにしか食えないのが残念だけど、あれは是非量産してほしいよ」

と呑気に話し掛けてくる。

私は、我が領の食い物を褒められて、嬉しかったのもあり、

「ああ。マヨネーズだったら、それこそ泡立て器を自動で回転させる魔道具があればそれなりに量産できると思うぞ?まぁ、食い過ぎると健康に悪いからそれはそれで考えものだが…」

と、ついついマヨネーズの量産は道具さえあればそれほど難しいことではないということを教えてしまった。

「本当かいっ!?」

と、さっそくニルスが食いついてくる。

私は、

(あ。しまった…)

と思ったが、結局、そのニルスの勢いにやや気圧され、

「あ、ああ…」

と答えてしまった。

「ははは。これはこれから忙しくなるね!」

と陽気に笑うニルスをなんともいえない苦笑いでながめつつ屋敷に戻る。

そして、

「急にすまんが、ニルスを昼食に招いた。一人分多く作ってもらえるか?」

とミーニャに声を掛けると、

「かしこまりました!」

と明るく言ってくれたので、少し安心してニルスを食堂へと招き入れた。

「いやぁ、美味いと評判の領主様屋敷の料理が食べられるなんて光栄だね」

と冗談を言うニルスに、

「ああ。そう言えばニルスを招くのは初めてだったな…。すまん、急遽だから普通の昼飯が出てくると思うが、そこは勘弁してくれ」

と、軽く謝罪の言葉を述べながら食事を待つ。

やがて、父を始めとしてナナオやシュメ、エリーとマーサも食堂にやって来ると、ニルスと和やかなに挨拶を交わし始めた。

やがて、

「今日はパスタですよ」

というミーニャの明るい声が聞こえてくる。

その日の昼の献立はミーニャの言った通り普通のベーコンと野菜の和風パスタで、そこにスパニッシュオムレツやサラダ、そしてスープが添えられていた。

さっそく、みんなでわいわいと食べ始める。

ニルスという客人がいるが、そこはニルスのどこかあけっぴろげな性格もあって食事はいつもの通りにぎやかに進んでいった。

その席で、ニルスが、

「やっぱりこっちの麺は故郷の麺とは違うね。だが、このパスタやうどんもいいものだ」

と言って美味しそうにパスタを頬張る。

それに、続いてナナオも、

「うむ。我が国ではうどんと蕎麦が主流だが、これはこれでよいものだから、帰ったら是非紹介したいものだ」

と言った。

その言葉を聞き私は、まず、

「蕎麦があるのか!?」

とナナオに勢い込んで聞く。

すると、ナナオは、

「あ、ああ…。こちらにはないのか?」

と逆に聞き返してきた。

「いや。最近試験的に栽培を開始したばかりでな。まだ製麺の段階まではいっていないどころか、脱穀と製粉をどうしたものかと思っているところだ」

と現状を正直に伝え、続いて、

「そういう技術を教えてもらうことは可能だろうか?もちろん、対価の要求にはできる限り応える」

と願い出る。

そんな私にナナオは、

「わかった。対価は各種料理のレシピとあの藍という植物でどうだろうか?あれはきっと我が国でも重宝されるはずだ」

と言うので、私は一も二もなく了承し、

「ああ。わかった。すぐにでも種を準備して栽培のちょっとした指南書を作らせよう」

と伝えた。

そこへ、

「へぇ。なんだかよくわからないけど、取引がまとまってよかったね」

とパスタを頬張りながら、ニルスがニコニコとした目でそう言ってくる。

私はそんなニルスのどこか能天気な態度に軽く苦笑いを浮かべながら、

「ああ。ありがとう。ついでと言ってはなんだが、ノームの麺というのはどんなものなんだ?」

と何気なく聞く。

すると、ニルスは、

「ん?ああ、あれは我が国独自の製法ってやつで作っててね。色が少し黄色いんだ。食感は舌触りがつるつるで噛むともちもちしているのが特徴かな?鉱物…というほどでもないけど、白い石の粉を入れて作るちょっと変わった麺だよ」

と、そのノームの麺の特徴をさらっと教えてくれた。

私の脳に特大級の衝撃が走る。

気が付けば私は立ち上がり、ニルスの肩を掴みながら、

「食べ方は?食べ方はどうしている!?」

と詰め寄っていた。

「え…、えっと…」

と、かなり引き気味のニルスが、

「普通に汁につけて…」

と答えるが、私はさらに、

「どんな汁だ?」

と詰め寄る。

そんな私の気迫に押されたのか、ニルスは、

「…確か鶏でとったスープに唐辛子とか肉とかを入れたやつかな?…えっと、かなり特徴的な料理だから、他の国では流行らんと思うが…」

と恐る恐ると言った感じで言ってきた。

私はそれを聞き、真っ先に「担々麺」という言葉を思い出す。

そして、心の中で、

(革命だ…。この世界にカレーに次ぐ第二の革命が起こるぞ…)

と戦慄にも似た大きな感動を噛みしめるようにつぶやくと、

「ジュール鉱の対価としてその麺の製法と独特の粉とやらの輸入は可能か?」

と、おそらく怖いほど真剣な眼差しでニルスを見つめながら、静かにそう語り掛けた。

「あ、ああ…。そのくらいなら…」

というニルスの言葉が天使の歌に聞こえる。

私の心の中では盛大なファンファーレが鳴り、頭上からは無数の花びらが落ちてきているような錯覚を覚えた。

「…ありがとう」

と涙ぐみながらニルスに礼を言う。

そんな私をニルスだけでなく、その場にいた全員がぽかんとした表情で見つめ、その場がなんとも言えない不思議な空気に包まれた。


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