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第150話 美味しい兆し02

「なにか、新しいお料理を思いつかれたんですのね?」

というエリーの言葉にみんながハッとして私に好奇の視線を浴びせてくる。

私はその視線にしっかりうなずくと、

「ああ。私の勘だがそのノームの麺の可能性は無限大だ。やりようによってはこの世界の麺に革命が起きるぞ」

と宣言する。

そんな私の宣言に、エリーが、

「まぁ…」

と期待に満ちた表情で目を見開き、続いて父が、

「ふっ。長生きはするもんじゃのう」

と、どこか感慨深げにそんな言葉をつぶやいた。

そんな私たち家族の様子をやや呆気にとられたような感じで見ていたナナオが、

「どうやらルークは食に対する執着が強いようだな」

と苦笑いでそんな言葉を掛けてくる。

私はいまさら照れることでもないだろうと思い、

「ああ。根っからの食いしん坊だ」

と堂々と答えてみせた。

「はっはっは!」

とナナオがおかしそうに笑い声を上げる。

それにつられたのみんなもおかしそうに笑い出したので、私も、

「はっはっは!」

と豪快に笑い、その日の昼食はみんなの笑顔に包まれてなんとも楽しく進んでいった。


やがて、

「じゃぁさっそく故郷に手紙を出しておくよ」

と言ってニルスが帰っていく。

私はその小さな背中をなんとも頼もしく見送りながら、

(ついにラーメンが…)

と心のそこから感動し、そうつぶやいた。


それから数日。

簡単にまとめた藍の生産方法や種をナナオに渡す。

ナナオはそれを、

「ありがたい。いい土産になった」

と言って喜んで受け取ってくれた。

そんなナナオが続けて、

「そろそろ国に帰ろうと思っている」

と切り出してくる。

私はなんとなく予想はしていたものの、やはり寂しさを感じ、

「わかった。明日の晩はこの間の戦いに参加した連中を呼んでみんなで送別会をやろう。それからでもかまわんか?」

と少し引き留めるようなことを言った。

「ああ。ありがたい」

と言ってナナオが軽く頭を下げてくる。

私はその真面目な態度に苦笑いを浮かべつつ、

「よし。じゃぁ決まりだな。さっそくこれからみんなに伝えてこよう」

と言って、さっそくみんなの所に声を掛けにいった。


翌日の夕方。

ベル先生とナツメそしてジェイさんとハンスが屋敷にやって来る。

その日は牛に似たミノタウロスを討伐した記念ということですき焼きにした。

この料理にもナナオ達は驚いていたが、きちんとした処理さえすれば生卵も食べることができるということを教えてやる。

そして、

「生卵と米の相性は抜群だぞ」

と言うと、興味津々といった感じで、さっそく肉を卵につけて食べてみてくれた。

当然のように食事は楽しく進み、冒険の話で盛り上がる。

エリーはそれをどこか恐々とした感じで聞き、

「あまり危ないことはして欲しくありませんわ…」

と言いつつも、私たちがなんとも楽しそうに話しているのをなんとも微笑ましいような顔で見守っていてくれた。


やがて、〆のうどんと卵かけご飯の両方を楽しみ食事が終わる。

「にゃぁ…」(やはりすき焼きはよいものじゃ…)

「きゃふぅ…」(毎日すき焼きでもいいかも…)

と言って床にゴロンと寝転ぶナツメとコユキをベル先生と私が抱えて食後のお茶を楽しむべく一行はリビングへと移動していった。

そこで、シュメが私たちの留守中に将棋を覚えたという話を聞く。

父がシュメを見ながら、

「なかなかの策士じゃぞ」

と褒めるとシュメはなんとも恥ずかしそうにしていたが、

「あれは大変面白いものでございます。きっと我が国でも流行ることでしょう」

と控えめに、しかし楽しそうにそう言ってくれた。

「シュメ様はお裁縫も大変お上手でいらっしゃいますのよ。私たちの国とは違ったやり方をされておりましたので、とっても勉強になりましたわ」

と楽しそうに言うエリーとシュメが目を合わせて、

「うふふ」

と微笑み合う。

そんな様子を見て、私は、二人がかなり仲良くなってくれたことを嬉しく思い、微笑ましい気持ちで私の留守中に起きたいろんなことの話を聞いた。

父曰く、私たちの留守中は大きな事件こそなかったが、それでも屋敷の中の空気は少し硬くなっていたのだそうだ。

しかし、エリーもシュメの努めて明るく振舞おうとしてくれていたらしく、見た目は穏やかな日々が続いていたと言う。

父が、

「久しぶりの執務で肩が凝ったくらいかのう…」

と言い私に冗談っぽく苦笑いをしてみせると、その場に和やかな笑いが生まれた。

暖かくゆっくりと夜が更けていく。

私たちは食後の余韻をじっくりと噛みしめつつ、別れを惜しんで軽く酒を酌み交わした。


翌朝。

「世話になった」

「いや。こちらこそ」

という簡単な挨拶を交わしてナナオとシュメが旅立っていく。

ナナオとは魔獣関連のことはもとより、これからは互いの国の文化についても情報交換していこうということを約束した。

(これで、お互いの国がもっと美味しくなっていくな…)

と呑気なことを思いつつ、その背中を見送る。

そんな私の横でエリーは少し涙ぐみつつ、

「またお会いできますよね」

と寂しそうにそうつぶやいた。

「ああ。きっとまた会えるさ」

と励ますように言って、その肩にそっと手を乗せる。

すると、その手にエリーもそっと手を乗せてきて、お互いの手の温もりが重なった。

そして、そのナナオとシュメの姿が見えなくなると、私は、

「さて。今日からまたいつもの生活に戻るな」

とエリーに声を掛ける。

そんな私にエリーは、

「はい」

と答えて微笑み、私もエリーに微笑んで見せると、

「ふっ」

「うふふ」

と、どちらからともなく笑みをこぼして私たちは屋敷の中へと戻っていった。

それから私はいつものように役場に赴き、執務室で今回の顛末をまとめた報告書を作成する。

そして、それを侯爵様宛に送る封筒の中に入れると、それを持って「旋風」の住む長屋へと向かった。

ちょうどよく冒険から帰って来ていた「旋風」のシルフィーに、

「すまんが、大切な手紙なんだ。依頼料ははずむから確実に届けてくれないか?」

と頼む。

そんな私に、シルフィーは、

「ああ。ちょうど冬になったら溜まった魔石を換金しに一度王都に行こうって話をしてたところだ。そのついでにでよければ依頼料は普通くらいでいいぜ」

と言ってくれた。

私は、

(まぁ、特に急ぎでもないし、冬のうちに着けばいいだろう)

と考え、

「そうか。それはありがたい」

と言って手紙を託し、依頼料に金貨を何枚か払う。

そして、ついでに持って来たワインを一本手渡すと、

「飲み過ぎないでくれよ」

と、ひと言冗談を言って長屋を後にした。

帰り道、今回の冒険のことをぼんやりと思い返す。

気になるのはなんといっても森の異変のことだろう。

しかし、それは今考えてもしょうがない。

私たちに今できることはそれぞれの能力を高め、いつ何時、何があっても対応できるよう精進しておくことだけだ。

その辺りの指示は今後衛兵隊を含め、周知徹底していけばいいだろう。

それに今回、侯爵様への手紙の中に将来のギルドの誘致についてもお願いする文書を入れて置いた。

ジュール鉱という餌といってはなんだが、そういう目玉商品があればかなりの数の冒険者がこの領に来てくれるはずだ。

私は、

(となると、宿屋に酒場、それに銭湯も必要になってくるし、定住する連中が出てくることも見据えて長屋の建設を急がんとな…)

と考えながら、西日が眩しさを増す田舎道をぼちぼち歩きながら、屋敷を目指した。

屋敷に着くと、まずは裏庭に回る。

すると、そこには私の予想通り、きゃっきゃと声を上げて遊ぶコユキとライカの姿があった。

「ただいま。今日も楽しかったか?」

と声を掛けると二人が駆け寄って来て、

「きゃん!」(うん!鬼ごっこしたよ!)

「ひひん!」(おかえりなさい。今日もエリーに遊んでもらったの)

と楽しそうに言って私に甘えてきた。

私はコユキを抱き上げてから、ライカを撫でてやり、

「ははは。それは良かったな」

と微笑みかける。

そんな私に、そばにいたエリーが、

「おかえりなさいませ」

と微笑みながら声を掛けてきてくれた。

「ああ。ただいま」

と私もにこやかに微笑みながら帰宅の挨拶をする。

「今日も一日ありがとう」

と声を掛けるとエリーは少し照れたように微笑み、

「いえ。私も楽しかったですから」

と言ってくれた。

そんな私に、

「きゃん!」(晩ご飯なにかな?)

とコユキがいつものように晩飯の献立を訊ねてくる。

私は、

「ははは。なんだろうな?しかし、きっと美味しいものだぞ」

と言うとコユキは嬉しそうに、

「きゃん!」(だね!)

と言って、私に頭を擦り付けてきた。

「うふふ。じゃぁ、今日はそろそろお家にもどりましょうね」

と言うエリーに促されて、いつものようにライカに別れの挨拶をし、三人で屋敷へと入っていく。

私はいったん自室に戻って軽く着替えを済ませ、ミーニャが呼びに来てくれるのを待った。

そこへミーニャではなくジャックがやって来る。

「お食事の準備ができました」

と少し緊張気味に言ってくれるジャックに、

「ありがとう。今日もたくさん勉強できたか?」

と聞くと、ジャックは嬉しそうに、

「はい。今日は庭掃除と算術を習いました」

と答えてきてくれた。

「そうか、そうか。それは良かったな。ゆっくりでいい。確実に覚えていってくれよ」

と声を掛け、その頭をガシガシと撫でてやる。

そんな私にジャックは少し恥ずかしそうにしながらも、元気に、

「はい!」

と返事をしてくれた。

ジャックはすぐに配膳の手伝いに戻るというので、一人で食堂に向かう。

そして、

「きゃん!」(今日はクリームシチューの匂いがするよ!)

と教えてくれるコユキを微笑みながら撫でてやり、いつもの席に着いた。

やがて温かい料理が運ばれてきて、家族全員が席に着く。

私はその光景をなんとも愛おしく思いながら、

「じゃぁ。みんな揃ったところでさっそく食べよう」

と声を掛けた。

「いただきます」の声が揃う。

私はその声を心から嬉しく、そしてありがたくも感じながら、トロトロに煮込まれた温かいクリームシチューを口に運んだ。


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