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第153話恋心

収穫祭が終わり、各村が本格的に冬支度を始めたころ。

私の業務が動き出す。

まずはこの秋の収穫をまとめ、いつものように税金の書類を作成していった。

去年まではひとりで行っていたが、今年はそれを父とバティスにも手伝ってもらう。

手が足りないわけではないが、今年はいつもよりも早めにその作業を終わらせてしまいたかった。

ジャックにも仕事の様子を見学させるのを兼ねて、書類の整理を手伝ってもらう。


そして、そろそろ本格的な冬がやって来ようかというころ。

私は役場の会議室に、エバンスを始めとした衛兵隊の隊長級を呼んで会議を行った。

目的はこの冬の警戒巡視の打ち合わせ。

例年は森の浅い範囲を中心に警戒してもらっているが、今年はそうもいかない。

原因はあのミノタウロスにある。

ミノタウロスは無事討伐できたが、私は、

(果たしてあれだけが原因だったのだろうか…?)

という思いを持っていた。

会議室に集まった面々に向かってまずは、

「みんな。今日は集まってくれてありがとう。知っての通り、この森の奥でミノタウロスが討伐された。相手はかなりの強敵で今の衛兵隊の実力ではかなりの数の犠牲が出てしまうだろう。そこで、みんなの実力を底上げするのも兼ねて今年から森の警戒巡視の態勢を強化したいと思う」

と、今自分が感じている課題を率直に話す。

そして、

「特に、この冬の時期は重要だ。この村には今のところベル先生やジェイさんたちなど、頼れる人物が多くいてくれる。しかし、彼らはずっとこの村に居てくれるとも限らないし、なにより、冬の間は本業が忙しい。ベル先生は村の人達のために薬を作ってくれているし、ジェイさんたちは酒や味噌、醤油の仕込みが本格化しているころだ。ノバエフさんも今は大仕事に取り掛かっていておそらく森に出向くことは難しいだろう。それに『旋風』の三人も今は村を空けている。もちろんどうしても手が足りなければ助力を求めるつもりだが、出来る限り自分たちの手でなんとかしたい。もちろん無理をさせるつもりはないが、自分たちの村は自分たちで守るという意識をこれまで以上に強く持ってほしいと思っている。だから今日の会議ではこの冬だけでなくこれから先のこの領の防衛の強化に関することを話し合いたい」

と、今回の会議の目的をみんなに伝えた。

その声にまずはハンスが、

「この前も話したけど、ミノタウロスは化け物みたいなもんだった。あれに勝とうなんて俺らには10年どころか100年早ぇって感じたぜ。でもよ。ミノタウロスとはいかねぇまでも、せめてあのオークロードくらいには勝てるようになりてぇと思わねぇか?」

と、みんなに問いかける。

すると、みんなからは、

「おうよ!辺境の衛兵隊の意地みせてやろうぜ!」

というような答えが返ってきた。

私はその意気に喜ばしさを感じる。

(みんなこの領を本気で支えようと思ってくれているんだな…)

と思うと自然と熱いものが込み上げてきた。

「よし。じゃぁさっそく作戦会議だ!」

と宣言して会議を始める。

会議はなかなか白熱したが、この冬はこれまでよりも奥地で主にオークやリザードたちを中心に討伐して、それぞれの技能を磨くことになった。

「よし。では集団での戦いを意識して各隊の連携を強化してくれ。特に弓隊の牽制が重要になってくる。エバンスとハンスはその辺りを意識した編成を頼むぞ」

という私の言葉で会議は締めくくられる。

そして、私も出来る限り現場に出て、みんなと一緒に森の中へ入っていくことを伝えてその場は解散となった。


その日の夜。

夕食後のお茶の席。

その日の会議のことを父に報告する。

父は少し厳しい顔で、

「これからが勝負だな」

と言って私に真剣な眼差しを送ってきた。

「はい」

と短く答えて同じく真剣な眼差しを返す。

すると、それまで私たちの横でコユキを撫でてあげてくれていたエリーが、

「ルーク様。どうぞ、ご無理だけは…」

と少し遠慮がちに心配そうな顔でそう言ってきた。

「ああ。もちろんだ。出来る範囲でやるから心配ないぞ」

と微笑んで見せる。

だが、エリーはまだどこか心配そうな顔で、

「はい…」

と答えたきりほんの少し顔を伏せてしまった。

「ははは。大丈夫だ。みんながついている」

と、なんとかエリーを励ますような言葉をかける。

その言葉にエリーはまだ不安そうにしながらもなんとか微笑んで、

「ええ。信じておりますわ」

と答えてくれた。

なんとなくしんみりした感じで食後のお茶が終わる。

私はその何となくしんみりとした気持ちを抱いたまま風呂に向かい、いつものようにどっぷり湯船に浸かると、

「ふぅ…」

と息を吐いて、何も無い天井を見上げた。

先程までのエリーの顔を思い出すと、

(いらない心配をかけてしまっただろか…)

と反省の言葉が胸に浮かんでくる。

(しかし、これからのことを考えると、私がどんなことに向き合っていてこれからどう対処していこうとしているのかをエリーに知っておいてもらう必要があるしな…)

と、ひとり胸の中でため息を吐いたところで私はふと気が付いた。

(これから?)

と自分の言葉に疑問符を投げかける。

私はあくまでも自然にこれからもエリーがそばにいて、私と一緒に歩んでくれると考えてしまっていた。

それはあくまで私のただの願望だ。

エリーの気持ちはわからない。

そう思った瞬間、なんとも言えない苦しさが私の胸を覆いつくしてくる。

私はただ戸惑い、

(おい。いったいどうしたっていうんだ?)

とまた自分に疑問を投げかけた。

答えはもうわかっている。

それはあまりにも単純で本能的な人間の欲求、すなわち「恋」だ。

私はエリーに恋をしている。

しかし、いざとなるとどうにも自分の気持ちに整理がつかない。

いや、整理というより踏ん切りがつかないのだ。

私はそんな自分の気持ちに、

(…ガキじゃあるまいし)

と苦笑いを浮かべつつも、そういえば自分が誰かにこんな気持ちを抱いたのは初めてだということに気付き、

(この歳になって初恋とは…)

と、なんとも複雑な心境になった。

そんな自分の気持ちに気付いて妙に狼狽えるの落ち着けるようにパシャンと顔にお湯をかける。

そして、

「ふぅ…」

と先ほどより大きく息を吐くと、私はまたなにもない天井を見上げ、自分の愚かさを思ってなんとも言えないため息交じりの苦笑いを浮かべた。


風呂から上がり自室に戻る。

なんとなく今日はうまく寝付けないような気がしてジェイさんからもらった強めの火酒をグラスに注いだ。

窓越しに離れを見る。

離れの窓にはまだほんのりとあかりが灯っていた。

(もしかして今日はいらない心配をかけてしまったから、エリーも眠れないのだろうか?)

と自分に都合のよい想像をしてみる。

そんな自分にまた苦笑いを浮かべてちびりと酒を口にする。

強い酒精の刺激とほろ苦い味わいが口いっぱいに広がり、その後、ふわりとした甘さが鼻腔を駆け抜けていった。

「ふぅ…」

と息を吐く。

そして、何を思うでもなく離れを見つめていると、その灯りがふっと消えた。

(どうやら狼狽えているのは私だけだったようだな…)

と、心の中でつぶやいてなんとも皮肉な苦笑いを浮かべる。

そんな私の横でコユキが、

「きゃふぅ…」

と呑気にあくびをした。

「ははは…。すまん、すまん」

と、なぜか謝りながらコユキの頭を軽く撫でてやる。

すると、コユキは、

「きゃぅ…」

と気持ちよさそうな声を上げて、私の脛に頭をぐりぐりとこすりつけてきた。

「そうだな。もう、寝る時間だな」

と言ってグラスに残った酒をくいっと一気に飲み干した。

喉が焼けるような感覚のあと胸の辺りがじんわりと熱くなる。

私はまた、

「ふぅ…」

と息を吐くと、まるで自分にも言い聞かせるように、

「よし、寝るか」

と言いつつコユキを抱えてベッドへと向かっていった。


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