自分の気持ちにようやく気が付いた次の日。
なんとも微妙な気持ちで朝を迎える。
(まったく。なにをやっているんだか…)
と思いつつも私はいつも通り裏庭に稽古に出た。
「おはようございます!」
と明るく挨拶をしてくるミーニャに、
「ああ。おはよう」
と、いつも通りに挨拶を返すが、ミーニャから、
「少しお疲れですか?」
と聞かれてしまった。
「ん?いや、少し寝つきが悪くてな」
と苦笑いで応えつつ、
(いかんな。これじゃ領主失格だ)
と思って密かに気持ちを引き締めなおす。
そして、いつも通り木刀を振っているとそこに珍しくナツメがやってきた。
「にゃぁ」(励んでおるのう。うむ。けっこう、けっこう)
と言いつつ裏庭の隅に座りいかにも猫らしくクシクシと髭の手入れをするナツメに、
「珍しいな。なにかあったのか?」
と訊ねる。
するとナツメはのんびりとした様子のまま、
「にゃぁ」(うむ。ちと薬草が心もとなくなってのう。採取を頼みにきたんじゃ)
と意外と重要なことを言ってきた。
「それはいかんな。急いで行った方がいいだろう」
と少し驚いて言う私にナツメは、
「にゃぁ」(いやいや。それほど急ぎというわけではない。多少予備があった方がよいだろうかという程度じゃからな)
と呑気な感じで言ってくる。
私はどうしたものかと思いつつも、とりあえず、
「薬草はけっこう余裕があると聞いていたが、なにかあったのか?」
と聞いてみた。
そんな私にナツメが少し苦笑いを浮かべ、
「にゃぁ」(ああ。マリアとアンナがちょっと失敗して薬草をいくつかダメにしてしまってのう…。まぁ、最初の頃にはよくあることじゃ)
と、薬草が心もとなくなってしまった理由を教えてくれた。
「そうか」
「にゃぁ」(そういうわけじゃから、近いうちに頼むぞ)
「ああ。了解した」
と短く会話をして私たちは稽古の続きに戻る。
そして、一通りの稽古を済ませると、一応ナツメに、
「飯はどうする?」
と聞き、ナツメが、
「にゃぁ」(うむ。たまには馳走になろう)
と言ったので、そのままナツメを抱き上げ、屋敷の中へと入っていった。
食堂にはいつもの顔が揃っている。
私はなるべくいつも通りにと心の中で唱えながら、
「おはよう。待たせたな」
と朗らかに言いつつ自分の席に着いた。
みんないつものように「おはよう」の言葉をかけてきてくれる。
もちろん、その中にはエリーの朗らかな声もあった。
私はその声にほんの少しの気恥ずかしさを感じながらも、
「じゃぁ、さっそく食べようか」
と言って目の前の朝食に手を付ける。
そんな私の横からは、さっそく目玉焼きにかじりついたらしいコユキとナツメの、
「きゃん!」(半熟目玉焼き美味しい!)
「にゃぁ」(うむ。吾輩はもう少し硬めが好みであるが、これもまたよいの)
という呑気な声が聞こえてきた。
そんな私にとっては少しだけぎこちない朝食を終え、ナツメを伴って役場に向かう。
道中ナツメは足りない薬草の種類と量を教えてくれたが、どれも基本的な薬の材料に使う比較的ありふれた薬草で、ベル先生やナツメがいなくとも私たちだけで採取してこれそうなものばかりだった。
「わかった。それくらいなら私たちだけでなんとかできるだろう。さっそく明日にでも衛兵隊の連中と森に入ってくるから少しの間待っていてくれ。急ぎじゃないんだよな?」
「にゃぁ」(ああ。ゆっくり行ってくるといい)
と最終確認をして役場の前でナツメと別れる。
私はさっそくミーニャに頼んで衛兵隊の拠点にその旨を伝えにいってもらった。
とりあえず執務室に入り目の前の書類を片付け始める。
そうしていつも通りの作業をしていると、私の心は徐々に平常に戻っていった。
そこへミーニャが戻って来て、
「ハンスさんに伝えたら今回のお供はルイージさんとエリックさんでお願いしたいとのことです。大丈夫ですか?」
と聞いてきたので、
「ああ。あの二人ならよく知っているし問題ないだろう。じゃぁ、明日はその予定でいこう。ミーニャもそれでいいか?」
と、一応ミーニャにも明日のことを確認する。
するとミーニャからは当然、
「はい!」
といういつも通りの元気な声が返って来て、私たちは明日から森に薬草採りに行くことがきまった。
昼。
昼食の席でそのことをみんなに伝える。
エリーは少し心配そうな顔をしていたが、私が苦笑いで、
「大丈夫。今回は森の奥までは入らない。ほんの少し薬草を採ってくるだけだから、心配無いぞ」
と伝えると、ほっとしたような表情で、
「お気をつけてくださいましね?」
と、なんとか微笑みながらそう言ってくれた。
翌朝。
「きゃん!」
「ひひん!」
と嬉しそうにはしゃぐコユキとライカを連れ、まずは衛兵隊の拠点に向かう。
衛兵隊の拠点に着くと、さっそく準備万端整えているように見えるルイージとエリックから挨拶を受けた。
「今回もお供させていただきます」
「よろしくお願いいたします」
と言う二人に、
「ああ。こっちこそよろしくな」
と軽く挨拶をしてさっそく出発する。
途中、森の入り口手前で軽く昼食をとったりしながら順調に進み、その日はいつも衛兵隊が使っている野営地で野営をすることになった。
手早く設営を終え、ミーニャが作ってくれたスープで夕食にする。
その時、ルイージとエリックの二人から最近の衛兵隊の様子を聞いてみたが、あの会議以降、ずいぶんと士気が上がっているらしくみんなやる気に満ちているそうだ。
私はその話をなんとも心強く思いながら、いつも通り美味しいミーニャのスープを微笑んで口に運んだ。
やがて、夜の帳が降りた頃。
ライカの背にもたれかかりコユキを抱いて目を閉じる。
私は、
(ふっ。野営にもずいぶんと慣れたものだな…)
と呑気な感想を抱きつつ、さっさと眠りに落ちていった。
翌朝。
さっそく薬草を摘みに、群生地を目指す。
今回、行きはフェンリルへの挨拶をせずまずは薬草採取を優先することになった。
「帰りはちゃんと挨拶に寄るからな」
と少しぐずるコユキを宥めつつ、フェンリルの縄張りをやや急ぎ足で通り抜ける。
そして、その日はフェンリルの縄張りを出て少し進んだところで野営となった。
今夜は少し緊張しながらも、
「ぶるる」(近くに魔獣はいないよ)
と言ってくれるライカの言葉に安心しつつ一応交代で見張りをしながら各自体を休めることにする。
私とミーニャが先に見張りをすることになり、二人でお茶を飲みながら少し話をした。
「最近どうだ?」
「はい。毎日とっても楽しいです」
「そうか。この頃はなにかと忙しいから疲れていないか心配していたんだが、元気そうでなによりだ」
「はい。セリカとも話してるんですが、最近の村はみんな明るくなりましたし、新しい人たちも来てにぎやかになりましたから、なんだか生活が充実してるって感じです」
「そうか。それは良かった。領主として嬉しく思うよ」
「はい。さすがルーク様だなって思います」
「ははは。そう面と向かって言われると照れるな」
「いえ。本当のことを言ったまでです。村のみんなもきっと同じように思っていますよ?」
「ははは。そうか。これからもみんなが笑顔で暮らせるように気合を入れて働かんとな」
「はい」
「ああ。これからもよろしく頼むぞ」
「もちろんです。全力で頑張ります!」
と朗らかに答えてくれるミーニャのことをなんとも微笑ましく思いながらゆっくりとお茶をすする。
緊張を強いられるはずの森の中だが、私はパチパチとはじける暖かい焚火に当たりながら気心の知れた人間と過ごす時間はなんだかキャンプをしているみたいだと妙な前世の記憶を思い出しながら、なんとものんびりした気分でその夜を過ごした。