翌日。
日の出を待ってゆっくりとその場を発つ。
のんびりとした朝の空気の中を進んでいるとやがて森の中にある小さな草地に出た。
「お。たくさん生えてるな」
と、つぶやきライカから降りる。
みんなもそれぞれ馬から降り、さっそく薬草採取の準備に取り掛かった。
「きゃん!」
と鳴いてコユキがさっそく走り出す。
「ははは。遠くにいっちゃだめだぞ」
と笑いながら窘め、軽くライカに目配せをした。
「ぶるる」
と鳴いてライカがコユキの方へ小走りに駆けていく。
きっとお姉さんらしく優しく見守ってくれるのだろう。
私はそんな二人を微笑ましく見つめてからさっそく目の前にある薬草を摘み始めた。
やがて、それなりの量が取れたところで、
「そろそろお昼の準備をしますね」
とミーニャが声を掛けてきてくれた。
「ああ。頼む」
と軽く返事をしていったん採取した薬草や道具を整理し、腰を上げる。
すると遠くの方で、「ドンッ!」という音がした。
ハッとして音がした方に目をやり、様子を窺う。
するとしばらくしてライカがものすごい勢いで駆け戻って来るのが見えてきた。
「みんな!」
と声を掛け急いで準備を整える。
そしてこちらからもライカに駆け寄っていくと、ライカが、
「ひひん!」(オークだよ!)
と言って自分が走ってきた方に目をやった。
よく目を凝らしてみれば、微かに動く影がある。
「よし、ここで迎え撃とう。ライカとコユキは下がっていてくれ。馬たちを頼んだぞ」
と指示を出し、ライカとコユキを避難させる。
するとそれと入れ替わるようにして、ルイージがやってきた。
「来やがりましたか?」
「ああ。そうらしい。けっこういるようだ」
「了解です。前衛はお任せください」
「わかった」
と短くやり取りをする間にエリックとミーニャもやって来てそれぞれ配置に着く。
そして、しばらく敵が来る方向を見つめていると、徐々にその影が大きくなってきた。
「オークです!数は三!」
とルイージが報告してきてくれる。
それを聞いた私は、
「ルイージとミーニャは組んで動け!エリックは後衛から牽制だ。私が守る!」
と瞬時に陣形を指示した。
やがて、ドシドシと足音を立てながらオークが迫って来る。
さっそくルイージが盾を構えたところにエリックが牽制の矢を放った。
私も魔法で続き、まずは一匹の足を止める。
「ブモォッ!」
と雄叫びを上げて一匹が拳を振り下ろす。
それをルイージがなんとかいなしたところでミーニャが懐に突っ込んでいった。
素早く駆け抜けて再びミーニャが距離を取る。
そこへまたエリックの矢が飛んできて、ミーニャに迫ろうとしていたオークの注意を再びこちらに向けさせた。
また怒ったオークが拳を振り上げる。
その様子を見て、私は、
(よし。あの一匹は任せても大丈夫だな)
と判断すると、私たちの脇をすり抜けて馬に迫ろうとしていたもう一匹に軽く牽制の魔法を放ち、こちらへ注意を向けさせた。
そこにまた「ドン!」と音がしてライカの魔法が落ちる。
雷の魔法をもろにくらったオークは声を上げることもなく、全身からぷすぷすと煙を立てながらがっくりと膝をついた。
すかさずそのオークの懐に飛び込み止めを刺す。
そして、素早く振り返り前線に目をやると、ちょうどミーニャにどこかを斬られたオークが、「ドシン」と音を立てて地面に倒れ込んだところだった。
私も急いで前線に戻り、最初に足に魔法を受けて動きを止めてしまっていた個体にトドメを刺しにいく。
その個体は最後の抵抗とばかりに腕をデタラメに振り回してきたが、それも同時に駆けつけてくれたルイージが受け止めてくれて、隙が出来たところに私がトドメを刺し、勝負は一瞬で終わった。
「お疲れ様でした!今度こそお昼の準備に取り掛かりますね」
と明るく言ってさっそく準備に取り掛かるミーニャを見送り私とルイージ、エリックの三人はオークの後始末を始める。
とはいえ、後始末はオークを燃やすだけで終わり、私たちはすぐにひと息吐くべくミーニャが昼の準備をしてくれている場所へと戻っていった。
まずはライカのもとに行き、
「今回は大活躍だったな」
と言ってたっぷり褒めてやる。
しかしライカは、
「ぶるる…」(油断してた…)
と反省の言葉を述べてきた。
「ああ。そうだな。ここは油断できるところじゃないから、今回はちょっと失敗だったかもしれんな。でも、結果、みんな無事だったんだし、これからちゃんと注意して遊べば問題無いさ」
と言って励ましてやる。
そして、同じくシュンとしているコユキを抱き上げると、
「コユキも今度からはちゃんと注意できるよな?」
と言って励ますように背中をわしゃわしゃと少し強めに撫でてあげた。
「きゃん!」(うん!)
と言ってコユキがやる気に満ちた目を見せてくる。
私はそんなコユキをなんとも微笑ましく思いながら、
「さぁ。反省が終わったらご飯にしよう」
と言って、またコユキとライカを交互に撫でてやり、二人が元気を取り戻したところで昼食の席へと向かった。
簡単なスープにサンドイッチという簡素な昼食を素早くお腹に詰めてすぐにその場を発つ。
ライカもコユキも先ほど反省したばかりだからだろうか、いつもより辺りの様子に気を配りながら進んでくれているようだった。
やがて、次の目的地に着く。
そこでも順調に薬草を採取して、その日はその場で野営をすることになった。
ミーニャのスープが出来上がるのを待ちながら、みんなと少し話をする。
「今回、オークが出てきたことについてどう思う?」
という私の質問にまずルイージが、
「珍しいことじゃありやせんが、ちょいと気になりますね。今回は深入りするわけにはいきませんが、戻ったらすぐに調査隊を結成して見回ってみる方がいいんじゃなかと思いますぜ」
と顎に手を当ててなにやら考えながら、そう答えてきてくれた。
その言葉に軽くうなずいて、二人に、
「そうだな。幸い薬草は十分に採取できたから明日は急いで帰路に就こう。一応、フェンリルにも周辺の警戒を頼んでおくが、帰ったら早々に打ち合わせて再度森に入ることにしよう。すまんが、ルイージとエリックもそのつもりでいてくれ」
と、これからの予定を告げる。
そして、二人がそれぞれ私の言葉にうなずいてくれたところにミーニャがスープを持ってきてくれた。
暖かいスープに硬いパンを浸して食べる。
その日はいつもより少しだけ甘えてくるコユキをたっぷりとかまってやりながら、ゆっくりと食事をとり、また交代で見張りに立ちながら寒空の下体を休めた。
翌朝。
さっそくその場を発ち、急いでフェンリルのもとに向かう。
途中一度野営を挟んで昼頃、いつもの場所に着くと、そこにはフェンリルがいて、
「待っていましたよ」
と声を掛けてきた。
「ああ。ちょっと報告したいことがあってきた」
と言い、今回、比較的浅い場所でオークに遭遇したこと、すぐに態勢を整えて再度森に調査に入ることを告げる。
その言葉にフェンリルは満足そうにうなずき、
「気を付けて行動するのですよ」
と、まるで子を心配する母親のような言葉を掛けてきてくれた。
「ああ。わかった。ありがとう」
と答えて私の腕の中でウズウズしているコユキをさっそく母のもとに向かわせてやる。
「きゃん!」
と嬉しそうに鳴いてさっそく母の胸に飛び込んで行くコユキをなんとも微笑ましい気持ちで見送り、私たちは、その場で簡単な昼休憩をさせてもらうことにした。
サンドイッチをつまみ、お茶を飲みながら、フェンリルに軽く最近の森の様子を聞いてみる。
フェンリル曰く、今のところ差し迫った危機があるようには感じていないようだが、小さな変化であれば気が付かないこともあるらしいから、そこは私たちの方で丁寧に調査するようにとのことだった。
その後、少し渋るコユキに、
「またすぐに来ることになるさ」
と慰めるような言葉をかけ、早々に村へと戻っていく。
私はちょっとした胸騒ぎを感じつつも、
(大丈夫。みんなを信じろ。あの自分たちの力でこの領を守りたいと思っているみんなの気持ちがひとつになればきっと無事、乗り越えられるはずだ)
と言い聞かせながらライカの背に揺られた。