机の上に手紙があった
届いた一通
いつもの文字
みなれた書き方
くせがないようでいて特徴的
個性的なのに主張なさげ
郵便番号の枠がなくて
数字数字数字ハイフン数字の羅列と
こんなふうに雰囲気が違うんだな
って思わせる文字で書かれた住所と
おれの名前
様
おれの名前のうしろに
様がある
あたりまえとは思いつつ
呼び捨てに「書く」ひとっていないんだろうか
たとえばすごく傍若無人かつ横柄な態度が板についてる
あのひとも
誰かに宛てて書くときは「様」って書く…はずだよな
形式は形式だから性格は反映されにくい
そんなことを考えながら封筒を裏返すと
おれの鼓動は早くなる
知ってる名前
いつもの名前
だけどこんなにも
おれをとろかせる
いつからだ
もともとの名前
初めからの名前
いつも同じなのに
おれを湧きあがらせる
「着いたよ」
「え?」
「ああ、ごめん、返事だよね、でもさ、なんだかさ。話したくて」
電話の向こうの文通相手は
とまどう様子を隠さずに
かといって迷惑そうに感じられないから
おれは少しだけ言葉を交わす
声
っていいよね?
だから声なんだよ
おれにとって彼女の声は
すべてを赦せる原動力になる
親の小言も
変動はげしい成績も
いきなり詰め寄ってくる大人の態度も
どうぞご勝手に
と赦せてしまう
なんという理不尽なことだろう
意味は異なり状況も違うのに
とやかく話をしていないのに
おれの苦悩を溶解させてくれる
声
電話せいぜい2分てところ
またね返事ちゃんと書くからさ
うん
うなづかれたときの声は
息遣いさえ感じられた
おれの耳にダイレクト
ひとり展望台で
無差別な潮風にさらされながら
飛ばされないように便箋ひろげると
不思議なにもかも彼女の声で聞こえてくる
黙って読んでいるだけなのに
会話をしているような感覚に
おれは空を見た
夏ってどんなだったっけ
こんなに青かったような
もっと青かったような
空と海の違いって?