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第37話 空と海の違い

机の上に手紙があった

届いた一通

いつもの文字

みなれた書き方

くせがないようでいて特徴的

個性的なのに主張なさげ


郵便番号の枠がなくて

数字数字数字ハイフン数字の羅列と

こんなふうに雰囲気が違うんだな

って思わせる文字で書かれた住所と

おれの名前



おれの名前のうしろに


様がある



あたりまえとは思いつつ

呼び捨てに「書く」ひとっていないんだろうか


たとえばすごく傍若無人かつ横柄な態度が板についてる

あのひとも

誰かに宛てて書くときは「様」って書く…はずだよな


形式は形式だから性格は反映されにくい

そんなことを考えながら封筒を裏返すと

おれの鼓動は早くなる


知ってる名前

いつもの名前

だけどこんなにも

おれをとろかせる


いつからだ


もともとの名前

初めからの名前

いつも同じなのに

おれを湧きあがらせる




「着いたよ」


 「え?」


「ああ、ごめん、返事だよね、でもさ、なんだかさ。話したくて」




電話の向こうの文通相手は

とまどう様子を隠さずに

かといって迷惑そうに感じられないから

おれは少しだけ言葉を交わす

っていいよね?



だから声なんだよ


おれにとって彼女の声は

すべてを赦せる原動力になる

親の小言も

変動はげしい成績も

いきなり詰め寄ってくる大人の態度も

どうぞご勝手に

と赦せてしまう


なんという理不尽なことだろう

意味は異なり状況も違うのに

とやかく話をしていないのに

おれの苦悩を溶解させてくれる





電話せいぜい2分てところ

またね返事ちゃんと書くからさ

うん

うなづかれたときの声は

息遣いさえ感じられた

おれの耳にダイレクト



ひとり展望台で

無差別な潮風にさらされながら

飛ばされないように便箋ひろげると

不思議なにもかも彼女の声で聞こえてくる

黙って読んでいるだけなのに

会話をしているような感覚に



おれは空を見た

夏ってどんなだったっけ

こんなに青かったような

もっと青かったような

空と海の違いって?


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