そのとき ぼくは 目をそらせなくて
じっと ただもうじっと 見入ってしまい
魅入られた
かろうじて水平線らしきものが見えて
なんとか海らしい存在を知り
意外と近いこともわかった
また明日
手を振って
それきりに
あれから何年
ひさしぶりという感覚ではなく
むしろ初対面であるからこそ
みょうに見覚えあるような気がして
わざと友だちっぽく声をかけたのが
かえってあだになったようだ
変わらないね きみは全然
そう 冷たい小枝みたいに胸に刺さってくる
射られた矢ほどでないにせよ
命の核その手前で止まる
ぶわあ
ひるがえるスカートは
一瞬だけ手で押さえられたが
まるで観念したかのように
潮の香りが吹き抜けていく
見たね
見たでしょ
いいや
見てないよ
うそ
ホント
だって
はいてないの?
は
見えると思ったけれど見えなかったから
ひょっとして
はいてないのかなって
ふたたび ぶわあ
ひるがえる
あ
ぼくは気づく
それは言わない約束
だってかまかけただけなのに実際
んなわけあるかいと蹴られる覚悟が
砂粒よりも小さく砕けた
見て見ぬふりってどうやるんだっけ
と考えながら別の話題を探すのに
そんな顔するなよ
なにその表情
それはたしかに ぼくの 知ってる子だった
覚えているのは幼い日のこと
いまではすっかり大人だろうけど
どうしてこんなに変わらないのか
むしろ変わっているのに変わっていない
映像が切り替わったみたいに
現実がバグで再起動した
たまに風に吹かれに来るの
わかるよ その気持ち
わかるの?
わかるさ おれもよくここ来るから
でも会うのは初めて…だよね?
ここではね
ここではね
彼女のあそこは昔のようで昔と違って昔のままだ
ぼくは屹立の律動を制御して途方に暮れかかるのを阻止する
いまこそちゃんと伝えなくては
いまこそちゃんと向き合わなくては
時間は止まらない
ゆっくりしただけ
時間は終わらない
息が止まった
苦しくなって
再呼吸して
再起動の余韻で復活していく
直前の行動
ここへ来るまでの右往左往も
隠しカメラの映像みたいに
ぼくが ぼくを 問いただす
階段ひとつひとつの空間に
サビの破片さらさら花びらのように揺れて
ようやく理解したのは
平日の昼下がり
ふたりとも学校から遠く離れたこの場所で
どう言い訳しようと
なんの助けにもならないばかりか
ちゃんと互いが見えているのに
つい口走ってしまうのだろうね
最初に声に出したのは きみのほうさ
だれもいないね
だれもいないね
だれもいないね
だれもいない