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第54話 願うとき

なにを願いますか

ほんの神頼みです


いわくありなし

縁起ですか

流儀にてらし

減点ですか


教わったとおりの

手順でいくよ


ところで


目を閉じてすぐに宇宙が変わるのは

なぜだろう

おそらく一秒間に

ひと夏の戯れ まるごとすっぽり

はいりそう


用意しておいた願いというのは

すなわち

『これをおまえの願い事にしなさい』

というお仕着せじゃないのか

ふと疑問

だから目を閉じてすぐに宇宙に問いかけた


あのですね

おれ がんばりました

つまりですよ

おれ がんばったんだ

なんていうのかな

おれ やってきた


そりゃあたしかに結果は みじめ

それもそのはず残念な判定

だけどさ

おれ がんばった


知ってるよ

すごくできる子

すごい優秀なやつ

とても成績が良くて

とても頭がいい

こうした比喩でさえ自分の限界を感じてしまう

言葉ってイメージに及ばない


うん知ってる

あんなに上のほう

あんなに高い点数

あんなに見事な合格判定

たまたまなんかじゃない

あの子すごい がんばってた

あいつ すごい がんばってた

あのやろうも同じかな

がんばったうえで

出した結果たち


おれ がんばった がんばったうえで

いまここにいる

いまがあり

ここにいて

いよいよのぞむところだよ


ゴーン

遠くはるばるきこえて響く

ブォゥー

見えない海のほうから


願うときです

願いなさい


ああ


おれは小刀を砥いだ心境で

井戸水で顔を洗ったときを思い出しながら

ぴん と張った糸 その糸をつたってくる

ふるえる意図で申し出る



いつもありがとうございます

やれるだけのことをやってきました

これから

いよいよ挑みます

だから

どうか見守っていてください

どうぞお見守りくださいませ


家族みんな親族一同どうか健康で安全に過ごせますように

そしていよいよ受験の

このおれを見守っていたください



静寂は雄弁に背中を賑わせる

さあ次の参拝者の番だよと

おれは顔を少しあげてから目をあける


参拝の手順は間違えていないはず

おれは あえて 願わなかった

合格しますようにとは


おれは あえて 頼まなかった

合格しますように とは


だって

合格しようがしまいが

しあわせとは関係ない


もうすでにこうして凍える空気のなかで参拝できることが

かえがたいなにかだと思えるし

正直なところ

この おれが 合格 って

いまさらなんだかしらじらしい


けど 


この おれが 合格目指して

がんばってきたことは

事実なのだから


なにを願いますか

合格じゃない

無事だよ

安全だよ

おれはハッキリ自覚した


やるだけやってどうなろうと

ちゃんと見守ってくれればいい

どうか最後まで見届けてくれればいい

せめて恥ずかしくないようにふるまいますから


所詮やせがまん

これでいい

カッコつけてる場合じゃなくても

カッコつけていたいんだ


せめて

親の言いなりで嘘つきになってしまったおれでも

『がんばったな』

そのひとことさえ手に入ればヨシとしよう



だから


おれはもう一度くるりと振り返った

あんなに凛としていた空気がやわらいで

冷たいのに暖かく感じられる

手袋に包まれた指先

靴の中で呼吸する爪先つまさき


わかるのに わからなくなり

わからないけど わかるよと言ってみる


わかるよ

わかります


だからどうか


みはなさないで

見守ってくれていればそれだけでいいです

それさえも高望みだとしても


遠く境内の灯りがにじみ

ずいぶんずれたタイミングでまた

海のほうから

ブゥオゥー


おれは見えない海を見る

闇の中でユラユラする波

いつかまた時間のあるとき展望台を登ろう

結果がどうであろうと

受け止めるから


結果を受け止めたとき

きっと判断できるような気がするんだ

ちゃんと見守られていたかどうか

すなわち

おれの思いが届いたかどうか



なにを願いますか

つねに願って生きてきたから

むしろ初詣は感謝を伝える日

それでいいと思った



いつもありがとうって

思えたのだから

それでいいと思えた



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