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第94話 錆びとカビ

おれひとりだけだった


舟が着く

降りる

海に突出している桟橋から砂浜まで距離があって

波打ち際も越えて丘のほうまで続く


だから引き返さないと波と戯れることはできない


おれは海が好きだけれど

波と戯れたいわけじゃないので

いつも

このまま

いただきを目指してしまう


本当は波打ち際で

砂を蹴りたい気持ちもある


どうしようか迷いながら

迷いながら歩いてしまうから

さて

と気づくと高台だ


冬は落葉で見晴らしがいい

いつもは隠れている景色

おれの心もスカスカだろう

今日なら全部すみずみまで見えそうだ


高校に進学したとき

なぜかしらないけどワクワクしてた

きっと退屈する

って

わかっていたから

ワクワクが止まらなかった


クラスメイトと話もしたけれど

一年生の夏休みがあけたら

おれは興味を失った

とくに誰とも話したくない

そもそも『ゆうべドラマ観た?』とか

テレビの話題ばかりで

うんざりしてる


おれだって見たい番組あるんだよ

その時間ちょっと別空間だから

って

説明しても

なにそれって感じだろう

ただの言い訳にすぎないし


あー

早く帰りて


あんなにイヤでしかたなかった予備校が

いまでは癒しと救いの場所だ

好きか嫌いか別に問いたださなくても

テキストを開いて目をとおすとき

未知ゆえの好奇心にふるえる



好きか嫌いか

どっちかといえば好き

なのにテストの点数それほど良くないのは

なんでだろう

知るかよ



ネットにつないで

なにを誰と

インスタントカメラの現像ができた

電話で声だけ

手紙で文字だけ

おそらく

おれはこの世界で浮いている


でも


これっぽっちも浮いていない

ふわりともせず

むしろ鎮座しかねず

たまりかねて歩く歩く歩く


歩いて逆方向

そんな街外まちはず

たまたまだった

一時間に一本しかない発着の

まさに

『おーぃ 出るぞー』

のタイミングだった




無料じゃないのに

予約もしてないし

ちゃんと帰ってこれるんだろうな?


波に揺られて

しぶき浴びて

パシャなら笑える

ザバッで唇かんだ

いきなりびしょ濡れかよ


乾かすために歩く

風に吹かれて

ひとりごとを言いかけて

ハナウタでも歌いたいが


乾いてからまた濡れる

汗だ

本当は泣きたくて涙の準備なら万端なのに

ほら誰もいないし

みなよ

舟も戻った

あと約一時間は本当に自分だけの時間だ


ひとめを気にせず自由になって

なのに不自由な縛りをほどけずに

石を蹴る

靴の裏に小石

はさまる

不自然なほどの自然な環境


かつては集落があったらしい

文字が消えかかった掲示板

砲台のびた鉄

ころがりっぱなしの赤茶あかちゃけた棒

あんまり触りたくないな


風の中に感じる鉄の匂いは好きだけど

自分の指に付着して取れなくなった匂いは嫌いだ

錆びとカビの区別がつかない壁がそびえて

おれを孤立させている


でも

本当に

なんでこんなに気楽で

むしろワクワクしてきちゃうんだろう


そのカーブを曲がって斜面を進めば

この島いちばん高い場所



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