世の中にはズルイひとがいます
あなたを狙っているとは限りませんが
あなたを巻き込んでしまうかもしれません
わるいひとばかりじゃないよ?
あなたは言うけれど
だったらなぜに疑問形
知らないとしても
うすうす
気づいているんじゃありませんか
世の中にはズルイひともいます
気をつけてください
それ以上のことは言いません
自分では意識していなくても
見えない糸が張られているよ
「知らなかった」は
言えない意図が
ザザザざざっと波
黒い砂に白く泡が残る
裸足で駆けたい気持ちを抑えて
あなたの手をギュッてする
このへんがいいかな
つぶやくあなた
そっか
ざわつくおれ
ぱっと手を
ちいさなショルダーバックから取り出されたボトル
聞いていたより大きく見えた
まるで占い師が未来を
陽射しを受けてキラキラ反射
てっきり手紙を入れるんだと思ってました
おれの勘違い
身勝手な空想
やや青みを
ミニチュアの一戸建て
とんがった赤い屋根
こまかな模様の白い壁
それと
折りたたまれた白い紙
「つまんない話、聞く?」
あなたが水平線を見つめて言う
「聞く」
そっけなく答えるおれ
「昔よく夢に見たの」
「どんな夢」
「ちいさなガラスの
「拾って?」
「
「手紙は読めた?」
「読めたけど外国語だった」
「よく読めたね?」
「夢のなかだからね」
「でも外国語だってわかったんだ?」
「わかった」
「英語?」
「どうかな…でも外国語」
「へえ?」
「
「なんて書いてあった?」
「明日、迎えに
「明日…迎えに行きます?」
「目が覚めてからもドキドキしててね?
明日って明日?
迎えに行くって、迎えに来るの?
だれを、わたしを?
夢がなにかを伝えてるのかな。
わたしが夢占いに興味を持つきっかけ」
「ちなみに夢占いだとどんな意味?」
「ガラス瓶は健康と金運の高まりを意味してるって。
流れ着いた瓶を拾うのはメッセージ。
明日…明日には、なんかあったかな」
「…メッセージは、なんて?」
「メッセージ?」
「手紙さ。書いてあったんだろ。で読んだ」
「外国語だったけどね」
「でも読めた。なんて書いてあったって?」
「だから外国語だったんだって」
「でも意味がわかったんだろ」
「…
「明日、迎えに行きます?」
「それをどう解釈したらいいのかわからなくて」
「いま手にしているボトルとの関係は?」
「ああ、これね?」
あなたは潮風に吹かれながら面倒くさそうに答えてくれる
ワンピースがバッサバッサと揺れ広がって踊り狂ってるみたいだ
沈黙の崩壊が来るとして
きっかけは?
おれはボトルを見た
「想像したの。童話みたいに。誰かが誰かを迎えに行くの。
ふたりは仲良く一緒に暮らしました。
たとえばこんなふうに、ちいさなお
いつまでもいつまでも
「めでたし、めでたし?」
「ガラス瓶のなかのお
そう言ってあなたは微笑んだけれど
どこか悪だくみが感じられて
おれは言葉を失った
すると歌うように
「いつまでもいつまでも」
まるで嘆くように
「
どこか
「ふたりは暮らしました」
あなたは言わない
あなたは泣かない
あなたは
おれは想像ふくらませるけど
物語にくちを
すると
「さあ、いっておいで!」
ざぶーんと音を立てそうな勢いで投げたボトル
けれども波と風が
「なあ?」
おれは問う
「なに?」
あなたは言う
「なんか紙…
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「忘れちゃった」
「手紙?」
「うーん…もしコレ拾ったら、良かったら連絡してね?」
「なにそれ」
「なにかの縁でしょ?」
「だからなにそれ」
「拾われるだけでも奇跡だし、
だったら天文学的な導きになるかもしれないんだもん」
なに言ってんのそれ
「一度やって見たかったのかも。運命の出会い。宇宙の導き」
「赤い糸とか」言うなよ?
「いいね。赤い糸」無邪気な笑顔で「ちょっと素敵」
どこがだよ
おれはなにも言い返せない
見える
ボトルが波間に
見える
赤い屋根
見える
どんぶらこというより
ひょっこり
緑の芝生
このまえの電話で言ってたよな
なんの話だったっけ
とてつもなく他愛のない話題で
でも
もしかしたら
とんでもなく重要な意味合いだったとか
波
足元
「濡れちゃうよ?」
あなたの声が背中
ボトルどこ
見えない
「濡れちゃうってば。ねえ聞いてる?」
おれは吐き捨てた「聞いてねえ」
ほぼ同時に波、波、波というか海そのもの
かきわけて進んで
見えた
ボトル
白いなにか
「えー。なんで?」
あなたが困惑を隠さない
おれは栓を抜く
…けど、これどうやって
おおきなボトル
ちいさな
おれは振る
「こわれちゃうよ」
あなたは悲しそうな声だけど
なにかを期待している顔にも見える
びしょ濡れのまま海岸通りに戻れば
ポタリポタリの
こんなに湿った潮風なのに
服が乾いていくのがわかる
「出た」
おれの手に白い紙
「うそ」
あなたの驚きが怒りに変わる前に
急がなきゃ
「すげえ奇跡…だよな」
おれが言うと
「いやいやいや」
あなたは否定する
「しかもホラちゃんと
「いやいやいや」
「これぞまさしく銀河の導き、天文学的な確率の」
「…ちげえだろ」
ものすごい顔を
なかなか開かないのはなぜだろう
「いちおう両面テープで」
なにそれどういう意図の細工
おれは、そおっと、こじ
すこし破けたけれど
「お」
「まさか」
「そのまさか」
白い紙には、
WELCOME
と書かれていた
「…なんて書いてあった?」
「ようこそ」
おれは答える
「いやいや、いや?」
不機嫌そうな表情であなたは
おれを見る
じっと
こんなふうに
目と目が合うのは久しぶり
なにか言いかけたあなたの唇
おれは言わせない
「なにするの」
あなたが小さく叫んだ
「明日、迎えに行くから」
「…え?」
「だから明日」
「なんで」
「この町を出て一緒に暮らそう」
「な…」
「あ、やっぱりやめた」
おれは言う
「…は?」
困ったような不思議顔あなた
「うん。ごめん。やっぱ今の言葉ナシ」
おれは視線そらす
「…なにそれ」
「明日迎えに行くの中止しました」
なにも言い返さないあなたの手をつかむ
すっごく無抵抗かつ無気力な感じ
だらりと無防備おれにつかまれるがままに
「…」
おれは告げる
「今日にします」
ちょっと声を低くしてボッソリ
「
あなたは声を出さずに
おれに疑いの
その指先に
いやならいやでかまわないさ
むりやりなんておれらしくない
だからせめて
あなたが本気でおれの手を振り払うまでは
もう放さない
おれが手から力を
あなたが手を離さなかったから
おれは調子に乗ってバス停まで
次のバス
おそらく一時間以上先
だから服も乾ききって
ふかふかのイスに座れるさ
世の中にはズルイひとがいます
あなたを狙っているとは限りませんが
あなたを選んでしまうのです
たとえそれが仕組まれたこととは知らず
用意された導きだとしても
まるで自分で選び取ったみたいな顔
黄昏の海岸線を走るバスの後部座席で
知らず知らずにウトウトしてたら
聞こえないはずの声
あなたが言うわけないセリフ
「もう離さない…からね?」
うっすら見えた横顔は
してやったりに嬉しそうで
そのあとおれの肩にもたれて
ずしりとなにかが重かった
なに言ってんだよ
こっちのセリフだ
予期せぬ出来事なんてものは
何度も夢で体験させられてる
幾重に張り巡らされた意図が
形を浮かびあがらせるときに
すべてを忘れてしまっている
まるで初めてと言わんばかり
なにもかもを知っているのに
なんにも知らないみたいな声
ただ ひとこと
あ