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第205話 したたり

父に説明しようとして

時系列を整理して

気持ちの整理もつけた


はず


父と約束した時刻が近づくにつれ

心臓バクバクばくついてきて

どうにかなりそう


大丈夫


おれならきっとやり遂げられる

自分の言葉で

自分の気持ちを伝えよう

自分の声で

ちゃんと届けよう


冷静に


さあ冷静に落ち着け

深呼吸

なあ準備は万端で

あとは実際の本番だけ


な、はず




そうだろ



はず


はずだった



父が帰宅して

食事の前に話そうかという

大丈夫おれは冷静で落ち着いて

しっかりと返事をする


ああ



秒針が止まる

いや

止まったように見えるだけ

一秒が長く感じる

秒針が刻む

さあ




「おい」

父の言葉が刺さる

「なんだおまえそれは」

「なんなんだと聞いている。その態度は、いったいなんだ」

なんだ…って、いったいなにがなにで、なんのこと?

「ちっ」

父は舌打ちをしてから見限るような視線を向けて

「おまえ、それじゃあ話にならんな。ふざけんな」

え、ち、父上いったい、なんのこと…

「おまえ、いまにも、それ泣きそうじゃないか。なんだその顔は」

思わず自分の目尻やほほを触って確認したが濡れていない


「そんな、いまにも泣き出しそうなやつとまともな話なんかできるわけないだろ」


いや父上、私は泣いておりませぬ


「もう、いい。わかった。おまえ疲れてるんだろ。やすめ。とにかくメシ食って寝ろ」


ぴしゃり

襖が閉じられた


  なに

     いま


なんかあった?




放心状態になっていたとは思わないが

ふと時計を見れば確かに時間が過ぎていて

週に一度の約束

おれと話し合いに応じてくれるという五十分

その半分が過ぎていた



あれ? 時間だよ


「父上」おれは急いでダイニングテーブルへ向かう

「話し合いの」時間ですよ?


チラリおれを見て

ひとこと

「おう、いいから座れ。メシだメシだメシ。うまいぞ、食うぞ。ハラへったろ」



「どうだ調子は、ん? ちゃんと勉強してんだろうな」

父の上機嫌な声はリズミカルに響いて食卓の空気を明るくした



「さっきは、どうなることか思ったぞ? おまえが話がしたいっていうから週末ちゃんと時間つくってやったのに。だがまあ、いい。座れ」


うん?


「それでどうなんだよ、おまえ。ちゃんと点数取れるんだろうな」



母は咀嚼しながらウンウン頷いて

おれは父を直視する

その一瞬ほんの一瞬あたりさわりのない刹那に


『ああ…いまここに姉さんがいてくれたら』


そう思ってしまった

そう思ってしまった自分が情けなくて

いかんいかん強くならなければ

そうだそうだ自分ひとりで乗り越えるんだ

だろうだろう冷静に落ち着いて話し合うために準備して


なにもかも万端に整えていた


んじゃなかったっけか



父と母が会話している

言葉が弾んでいる

なんてなごやかな空気

やさしく穏やかで平和


おれは箸を持つ

じっと見る

ごはんから湯気

サツマイモのてんぷら

味噌汁にワカメ

佃煮 煮干 海苔

いただきます


そうだ

お水ひとくち


飲みたくて手にしたコップ

なにかがポタリ

え なに

コップの水面じっと見る

またなにかポタリ


へんなの

なにもないのに

なにかが落ちてる?


したたって

音がして

でも見えなくて

なにもない

へんなの







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