哲也が帰った後。
「あんたね、余計なこと言いすぎ」
「痛い痛い痛い、だから耳はやめて耳は」
「なら余計なことを言う口をむしり取るわよ」
「こわっ、兄ちゃんにいうぞ」
「なんで兄ちゃんなのよ」
「俺、兄ちゃん欲しかったんだよな」
「答えになってない」
「だから耳を引っ張るのはやめろって!?」
相変わらず人の話を聞かない弟だ。
いまいち要領を得ないけど友達の兄だから兄ちゃんらしい。
透らしいというかなんというか。
「兄ちゃん良い人だよな」
良い人かぁ。透も同じ感想だったのね。
あたしが哲也と初めて会話した時の印象も「何となく良い人」だった。
特に何か目立ったことがあった訳じゃない。
本当にただ何となく感じたことだった。
そこから進展があったのは少し時間が経った後の着替えの時だ。
移動の面倒さと着替え場所の狭さから男子と一緒に着替えていた。
着替えなんて時間がかかるものじゃないし、
男子が見てきてもにらめばすぐやめる。
哲也もあたしの着替えを見てきた一人だった。
もちろん最初はにらんだ。
でも一向に視線が合わない。
哲也はただひたすらあたしの胸を見ていた。
その時に思ったのは「なんであたしの胸?」だった。
あたしの胸なんて小さいから見ても楽しくない。
少し見て飽きる程度だろう。
隣にいる友里恵の方がよっぽど見ごたえがある。
あんまりにもずっと見ているものだから、
気づかないふりをして胸を隠した。
哲也の顔が露骨に落ち込んだ表情になる。
そこからチラッと見せると食い入るように見てくる。
それだけしてもあたしの顔を一切見ない。
本当に胸だけを見てる。
……ちょっと面白い。
今考えるとその時点で少し意識していたんだと思う。
他の男だったらそんなことせずにらみ続けていただろう。
文化祭の班分けの時は迷った。
哲也と一緒に仕事してみたいと思う気持ちはあれど、
佐々木と一緒に仕事はしたくなかった。
あいつはあたしがやろうとしたことをことごとく先回りしてくる。
班分けも速攻で哲也と同じ班を希望していた。
本当に目障り。
それでも悩んで哲也と一緒に仕事する方を選んだ。
そのおかげで哲也の人となりはよく分かった。
駄目な面はたくさん見えたし、それ以上に楽しい面が見えた。
無駄な知識はあるのに一般常識的な知識はない。
性欲を隠そうとしているけど隠せていない。
素直に言うことを聞くことが多いのに変な所で頑固。
相手の性別や性格や立場は気にしない割に相手の感情はすごく気にする。
なんというかすごく個性的だった。
見ていて飽きない感じ。
あと哲也を見ていて気付いたことがある。
こっそりあたしを見てきたり陰であたしを助けたりしている。
まるであたしに好意を持っているように見えるけど、
面と向かっては何もアピールしてこない。
それに佐々木や島村にも似たような対応をしているのが気になる。
「希望ー、彼氏が持ってきたケーキ食べないのー?」
「彼氏じゃないって言ってるでしょ!!」
「ほら母さんも言ってるし、兄ちゃんが買ってきたケーキ食べなよ」
「まったくもう」
家の中はあたしが哲也を二回も家に呼んだことで大盛りあがりだ。
完全に彼氏扱い。
でも実際は彼氏どころか好意を持ってもらえているのかすら分からない。
哲也がよく話している佐々木とか島村と比べると……。
それに二人とも胸が大きい。
男はみんな大きな胸が好きだから哲也ももしかしたら……。
改めて自分の胸を見る。お世辞にも大きくない。
「どうした姉ちゃん、ない胸見て?」
「そういう時は気づいても黙ってるのが男ってもんでしょうが」
「いたっ、だからすぐ手を出す癖直せよ」
「あんたがすぐ口を滑らせる癖直したらね」
「お淑やかな方がモテるぜ」
透の言った事に動揺してしまう。
つい口か手が出てしまう自分が駄目なのはわかっている。
でもいまさらこの性格を変えられない。
「まあ兄ちゃんは今の姉ちゃんが好きみたいだけど」
「なんであんたがそんなこと知ってんのよ」
「姉ちゃんについてどう思うって聞いたから」
知り合いの弟から、
「姉についてどう思う?」と聞かれたら普通褒めるだろう。
何の信用にもならない。
「姉ちゃん、告白しねーのかよ?」
「する訳ないでしょ」
これまでの人生で告白したこともされたこともない。
何と言えばいいか全然分からない。
もし駄目だったら?
そうなったら今の関係は続けられる?
「好きなんだろ?」
「……」
「「好きなの、抱いて」って言えばいちころだよ」
「出来る訳ないでしょ!?」
「気が強い癖にチキンなんだから」
「軍鶏もチキンなのよ?」
「あだだだだーー」
舐めた口を叩く透を仕置きしながら考える。
本当に付き合えるならそれぐらい……、いや、やっぱり無理だ。
貧相な体で幻滅されるのが落ち。
なんでもっとスタイルの良い体に生まれなかったの。
「いらないならケーキ食べとくわよー」
「いるって言ってるでしょ!!」
とりあえずケーキを食べよう。
このままだとお母さんに食べられる。
あわてて台所に行くとケーキは準備されていた。
フルーツタルトだ。
ただあんまり生のフルーツの乗ったタイプは好きじゃないのよね。
哲也が知らないから無理ないけど。
「俺、ティラミスもらった」
「あんたあたしがティラミス好きなの知ってるでしょ!?」
「兄ちゃんの想定が俺ティラミス姉ちゃんタルトっぽいし」
「そういう時に譲らないからモテないのよ」
「ひでぇ、これでも姉ちゃんよりモテてるんだからな」
「はいはい、妄想はほどほどにね」
透が見栄っ張りなのは昔から変わらない。
……ってあたしもそうか。
「あっ、おいしい」
「だろ、姉ちゃんの学校の近くで売ってるらしいぜ」
「へぇー」
なんか哲也からいろいろ聞いてるっぽい。
やっぱり男同士って仲良くなりやすいのかな?
そういう所は羨ましい、あたしももっと話したいな。
タルトを食べ終わったので自分の部屋に戻る。
気晴らしにゲームでもしよう。
BGM代わりにラジオもつけてっと。
ラジオからはLittle Kissの[A.S.A.P.]が流れてきた。
これぐらい求めることが出来れば哲也も振り向いてくれるだろうか?
ううん、やっぱり出来ない。
透にはああいったけどあたしがチキンなのは間違っていない。
自分から告白なんて出来ない。
そこでふと先輩から聞いた話を思い出した。
文化祭が終わった日は夜も学校が解放されているらしく、
絶好の告白タイムだとか。
月が綺麗な時期なので、
告白成功したら一緒に見ると盛り上がると言っていた。
その日ならきっと出来る。
月よ、私に勇気を。