「高木じゃないか」
また声をかけられたので振り向くと田中と佐藤さんがいた。
ふたりとも浴衣姿で仲良く手を繋いでいる。
「よう、田中は佐藤さんとデートか」
「デートなんてそんな」
「何度もお願いしてようやく一緒に来てくれたのよ、ひどいよね」
「だって恥ずかしいし」
佐藤さんは俺を怖がっていないので話しやすい。
それに二人仲良くいるのを見るのは興味ある。
(初々しいころはまったく知らないもんな)
熟年夫婦みたいな貫禄で結婚式あげてたからなぁ。
今みたいに恥ずかしがっているのは新鮮だ。
「高木は一人か?」
「あ、一応一緒に来た人がいるよ」
「どこに?」
「今トイレに行ってて」
「あっ」
「ん?」
「そうかそうか、トイレか」
田中がすごく優しい口調になった。
(なんでそんなに生暖かい視線なんだ?)
「なら帰ってくる前に俺たちは行くよ」
「え? すぐ帰ってくると思うぞ」
「いいからいいから」
そのまま去っていった。
(いったい何だったんだ?)
あの察したような表情は一体何を……あっ!?
二人の去っていった方を見るけどもう既に人ごみの中だ。
(あの野郎、イマジナリー彼女だと思ったな!!)
一人で来ているのに誰かと来ている振りをしたと思われたんだろう。
だからあの生暖かい視線だったんだ。
「ただいま、……どうしたの?」
「いや、さっき田中と佐藤さんが来たんだ」
「あの二人付き合ってるから」
「知ってる、最初聞いた時びっくりしたよ」
無言で手を差し出してくる。
手をつなぐとすぐに恋人つなぎにされた。
「お、哲也じゃねーか」
今度は西野……と隣のクラスの女子だ。
(あれ? 二人でいるということは付き合ってる?)
西野は大木さんに気づくとこそこそと耳打ちしてきた。
「お前、島村と付き合ってるんじゃねーのかよ?」
「真紀と付き合ってないし大木さんとは頼まれたから一緒に来ただけだよ」
「頼まれたって……」
「西野こそ彼女と付き合ってるのか?」
「さっきナンパした」
「は?」
「一人でいるみたいだったから声かけたらついてきた」
「すごいな……」
ギャルゲーやらない西野ってこんな感じなのか。
よくナンパ出来るものだと感心する。
「しかしそうか、大木もか、お前すごいな」
「何がだよ」
「俺も負けずに頑張ってみるわ」
「だから何が!?」
「じゃあ行くわ」
西野は何か一人で納得したような顔をして去っていった。
やり直し前もギャルゲーの話題でよくあんな感じになってたけど、
何か琴線に触れるものでもあったのか?
「仲いいの?」
「それなりにいいと思う」
「そう……」
町のお祭りなんだから仕方ないんだけど、
知り合いに会いすぎだな。
一通り回ったし暗くなる前に帰った方がいいかも。
「そろそろ帰ろうか?」
「その前にちょっとこっちに来て」
林の方向に連れていかれる。
明かりがないとちょっと怖いな。
「ここにベンチがあるの」
「へぇー」
林を抜けた先は大きく開けていて、
ぽつんと3人掛けのベンチが1つ置かれていた。
勧められて座ってみると町を一望できる。
(ここはデートスポットだろうな)
彼女と隣に並んで日が沈んでいく町を見るとかロマンだろう。
大木さんは座らないのかな? と思って振り向くと、
すぐそこに大木さんの顔があった。
「哲也……」
キスされた。
人生初めてのキス。
唇が柔らかくてほんのり温かい。
ものすごくいい匂いがして否応なしにあれが大きくなる。
そして舌が入ってきた。
(こんなに積極的なんだ)
身を任せていると舌が俺の口内を蹂躙していく。
「ん、ん」
歯も歯茎も頬の裏も舌も舐められる。
腰がガクガクして体が動かない。
(気持ちよすぎて何も考えられない)
ひとしきりし終わった後に唇を離される。
夕日をバックに見せる笑顔は光り輝いていた。
「口でしてあげる」
~行為後~
「すごくよかったよ、ありがとう」
感想とお礼を言う。
大木さんの動きが少し止まった後また動き出した。
(いつもありがとう)
心を込めて頭をなでる。
この気持ちが伝わりますように。
「小夜って呼んで」
「小夜……」
自然と顔の距離が近づく。
そのままの流れで目を閉じて唇を合わせようとした時、
いきなり押しのけられてしまった。
「どうしたの?」
「口でした後だから……」
悲しそうな顔でそういう大木さん。
きっと今まで男にさせられた時にそう言われたんだろう。
自分で口に出しておいてキスを嫌がるって、
大木さんに失礼だと思わなかったのだろうか。
それを当たり前のこととして受け入れてる大木さんを見て、
俺は初めて自分から大木さんを求めた。
(こんなことを"当たり前"にしてはいけない!!)
「んっ」
「ちゅ、ちゅ」
ちょっと驚いたようだったけど、
すぐに力を抜いて舌を絡めてくる。
柔らかい舌の表面をなぞっていると、
なにか卵の白身のような液体を感じる。
舐めてみても味はとくにない。
口の中に残っているものをすべて舐め取る勢いで動く。
大木さんも俺の舌の動きを邪魔しない程度に絡めてくる。
(こんなに甘く感じるんだ)
抱きしめた手に力が入る。
どのくらいの時間そうしていただろうか。
気づくと辺りは薄暗くなってきていた。
唇を離すとトロンとした目でこちらを見ている。
ああ、かわいい。
そのまま流れで胸に手を当てて……。
「あれ? 哲也くん……と大木さん?」
「さ、さ、佐々木さん?」
「さが多すぎない?」
後ろから突然佐々木さんが現れた。
とっさに大木さんから距離を取る。
「どうしてこんな所に!?」
「ここ、町を一望できるから好きなのよね」
佐々木さんは俺との距離を詰めてくる。
「で、そちらは一体何を?」
「え、あ、いや」
何ていえばいい!?
「恋人です」とか言ったら大木さんに迷惑だろうし、
「たまたま同じ場所に来た」というには距離が近すぎる。
「な、眺めがいいから見てみようって誘ったんだ」
「哲也くんが?」
「そうそう」
「ふーん」
とりあえず俺が誘ったことにしておけば、
何かあっても大木さんに迷惑はかからないだろう。
「で、この場所は空きそう?」
「あ、うん、移動するよ」
「……うん」
急いでこの場から立ち去ろうと佐々木さんの横を通る。
「明日9時に学校の美術室、来ないと分かるね?」
すれ違いざまにそう言われる。
(やっぱり誤魔化せてない)
何か言い訳を考えておかないと大木さんに迷惑がかかる。
急いで祭り会場まで戻った。
(まさか人が来るなんて思わなかった)
よく考えたらあれだけ絶景なんだからデートスポットだよな。
そんな所で俺は何をしようとしてたんだ。
それに冷静になったからわかる。
俺は何を勘違いしてたんだ。
今までの男の仕草に怒るのと、
大木さんにエッチなことをするのとは違うだろう。
大木さんからは一度も好きだと言われていない。
これだけしてくれているのは、
ただの善意や同情なだけかもしれない。
それなのに雰囲気に流されて胸を触ったりして……。
大木さんも本当は嫌だったかもしれないのに、
断れなかったのかもしれない。
大木さんのお母さんにも言ったけど、
モテない男にこういうことをしてくれるのは女神なんだ。
女神に手を出すなんて不敬にも程がある。
そう、大木さんとキス出来ただけで奇跡なんだ。
終始無言のまま、恋人つなぎで家まで送り届けた。
「今日は楽しかったよ」
「……うん」
「またね」
「……またね」
明日は佐々木さんに弁解しないといけない。
なんとか大木さんに迷惑かからないようにしないとな。