ギリオンの号令と共にフェレン聖騎士らが一斉に飛び掛かった。しかし、オドはそれを嘲笑うかのように鼻で笑う。
「愚かなり!!」
オドは再び、構え直すと今度はフェレン聖騎士たちの方へと突っ込んで行った。次々にねじ伏せていき、ギリオンへと迫る。
「おのれ、バケモノめ!!!」
そう叫び、ギリオンは剣を振るう。しかし、虚空を切り裂くだけだった。
「ばかなっ?!」
驚愕するギリオンの腹部に強烈なパンチが叩き込まれる。
「ぐふぅっ!?」
腹を押さえて倒れ込むギリオン。その頭部にオドの手刀が振り下ろされた。
「かはぁ……」
そのまま地面に突っ伏した。一瞬で、30人のフェレン聖騎士を全員、黙らせたのである。それも、手加減をしている。本気になれば、この場にいる全ての人間を殺すことも可能だろう。
「さて、力の差をその身で味わったことだ。この辺りでお互いの為にも無駄な戦いはやめておかないか?」
マーガレットは戦うつもりはなかった。上級聖騎士と対等、もしくはそれ以上の魔物に戦う術はない。苦笑いするしかなかった。するとオドが何かに感づいた。視線を向けると地面にできた影が徐々に大きくなり、そこからリベルが現れた。その光景を見ていた帝国兵たちからどよめき声があがる。
「オドッ!!」
「ぬ。リベルか。何しに来た?」
「何しに来た? じゃないわよ!! あなた、一体何をやっているの?!」
「見ての通りだが……?」
オドはそう言うと視線を向けた。そこにはフェレン聖騎士たちが横たわり、気絶していた。リベルも一瞥したあと、ため息をつく。
「殺しては、いないようね……慈悲でもかけたつもりかしら……?」
最後の声は小さくてオドには聞こえなかった。
もう呆れた、と肩を竦める。
「ところで、おぬしが何故ここにいるのだ?」
「なぜ来たのかもわからないの? この低能が……」
侮辱した言葉にオドは反応は示さなかった。侮辱されたとは思っていないからだ。それはリベルも理解していないということをわかっていたので、話を続ける。
「いい? 魔、あ、……コホン。我らが忠誠を誓うお方がお怒りですよ」
「ぬっ……。我が至高なるお方が、か……?」
「命令違反までしたんだから。怒られるのも仕方がないわね」
「……」
オドは遠くで様子を伺っている女の子へとチラリと見る。静観しろ、と命じられたにもかかわらず、自分が行った行動がよかったのかどうかを考えた。しかし、オドは自分が間違っていたとは思わなかった。その態度を見抜いたリベルは怒りを覚えたが、自分がとやかくいう立場ではないと考え、またため息をついた。
切り替えるように、リベルは後方で待機していたオークの兵士たちへ告げる。
「我が兵士たちよ。しかと聞け。これは我らが忠誠を誓うお方の命令である!」
リベルの言葉にオークたちはいっせいに、姿勢を正し、胸を叩いた。
「目障りな帝国兵はすべて皆殺しにせよ! 一人残らずだ。捕虜は一切、捕らない!! ただし、フェレン聖騎士は生かしておくようにとのことだ」
その命令にオークたちは「ブヒィィイイッ!!」とオーク兵らは雄たけびをあげながら、帝国兵士たちに襲い掛かる。悲鳴を上げながら逃げ惑う兵士もいたが、すぐに捕まり殺されていった。フェレン聖騎士たちには一切見向きもせず、ただひたすらに帝国兵を殺し続ける。その様子を見ていたギリオンは、呆然とした。
「な、なんなんだ……。あいつらは……なんで、俺たちを殺さない……?」
その問いにリベルはギロリと見下ろす。
「本来であれば、あなたたちも殺しにしたいところなのですが、我らが忠誠を誓うお方が生かしておくように仰っておられたので」
「我々を生かして、一体何をするつもりだ?」
その問いにリベルは考える素振りをしたが、首を横に振る。
「我らが至高なるお方のお考えは我々には想像もつかないことです。お考えは常に先を読み、最善の答えを持っております。あのお方はまさかに、すべての魔を統べる資格を持たれております……っと少し脱線してしまいましたが、とりあえず、あなたたちには大人しく、捕虜となってもらいます。あ、抵抗しても構いませんよ? そうすると殺す理由ができますので」
リベルはニヤリと口橋を吊り上げる。それにギリオンがふざけんな、とボヤいて剣を握ろうとしたとき、マーガレットが止める。
「やめておきなさい。抵抗したら殺されるわよ」
「しかし、騎士長、いいのですか?」
「いいわけないでしょう! でも、ここは従うしかないわ。このままじゃ私たちもあの化け物たちの餌食になるだけよ」
マーガレットの視線先には血だまりになった場所、累々と横たわる帝国兵たちがいた。ギリオンも無駄死にだけはしたくないと、悔しそうな表情を浮かべながらも諦めるしかなかった。
リベルは少し感嘆したような声を漏らす。
「賢いわね。人間にしては」
「私はこんな場所で、死にたくないですからね。それに私の部下を無駄死にさせるのは気が引けます」
「ふ~ん。聖騎士にしては、まともな考えね。まぁ、いいわ」
するとリベルの背後からメイド服の受けから鎧を身に着けた獣耳の生えた少女たちが現れる。
「リベル様。この街にある領主の屋敷にて、我らが至高なるお方がお待ちです」
「流石は我らが主様。行動が早い。もう、押さえておられるとは……わかったわ。すぐに行きましょう。さぁ、あんたたち。大人しくしてなさいよね」
獣耳のメイドたちがフェレン聖騎士たちを縄で縛り上げていく。うさ耳、犬耳、猫耳といった様々な種類の亜人で構成されたメイドたちだった。腰には立派な剣をぶら下げていて、メイド服の上から軽装の鎧をまとっていた。
「くそぉ……。なんなんだ、お前らは……一体、何が目的なんだ……?」
それにリベルはニヤリと笑みを浮かべる。
♦♦♦♦♦
マーガレットとギリオンはソリアの街の領主が住んでいた屋敷へと連れていかれ、そのまま領主の執務部屋へと連れ込まれた。
乱雑に椅子に座らされ、手は後ろに回されて縛られていた。
執務机に中性的な顔立ちをした少年が足を組んで座っていた。その傍らにはリベルと先ほどのメイドらが控える。メイドの一人が紅茶を入れ始め、白い湯気が立つのが見えた。そして、お皿の上にはお菓子が置かれていた。
何をするのかと思いきや、クッキーを一つ手に取り、口に放り込む。サクッという音が聞こえ、咀噛しているのがわかる。ゴクリ、という音とともに飲み込んだあとに今度は紅茶を一口。満足げな顔をした後、ようやく口を開いた。
「さてと、まずは自己紹介からはじめようか。君たちは一体誰だい?」
それにギリオンは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。それにリベルは白い歯をむき出し、今にも腰に下げた剣を引き抜こうとした。それを手で制する。
あっさりと従うことにマーガレットは驚きが隠せなかった。
目の前にいる少年はどう見ても、この部屋の中では一番の最年少、そして、弱そうだった。
それなのにもかかわらず、身体からは薄っすらと闇のオーラが放たれていた。それが隠しているようにも見える。マーガレットは中級聖騎士。魔物から発せられるオーラ、つまりは力量や魔法などの痕跡を目で見ることができる。その闇が尋常じゃないほどに濃密なことは見て取れた。
(――――ただ者ではない……)
そう感じた。
マーガレットはギリオンの行動が危険だと考え、相手に不快に思わせないようにあっさりと告げる。
「私はマーガレット。フェレン聖騎士団の第19騎士隊。聖騎士長を務めさせてもらっています」
「ほう……。聖騎士長殿ねぇ……」
「えぇ、そして、私の横にいるのは聖騎士副隊長のギリオンです」
「なるほどね。何しにここへ?」
それにマーガレットは考えた。正直に答えるか、嘘をつくか。しかし、今更、嘘をついても無駄だろうと思い、本当のことを話す。
「……この街で、闇の魔法が使われたという情報がありました。そこで近くにいた我々が調査をしにと……」
「ふむ。で、その正体はわかったのかな?」
「えぇ。ある程度は。そして、あなたが何者なのかも大体は想像がついています」
マーガレットの言葉に赤目の少年が興味深そうに眼を細めた。
「じゃあ、隠しても意味がなさそうだから自己紹介するとしよう。僕の名はロラン。魔王ロランさ」
「魔王ッ?!」
ギリオンは驚き腰を浮かせる。マーガレットも冷や汗を頬から垂れ流した。
「……やはり、魔族。しかも――――――魔王だったとは……。これは驚きですね……」
残されていた闇魔法の痕跡。そして、口々にいう『至高なるお方』だいたいの予測はしていたが、魔王が目の前にいることに現実味がなかった。数百年の間、姿を見せていない魔王が今、ここにいるのだから。勇者に倒されたのではないのか、そして、これまで、聞かされていた魔王の容姿とまったく違い、人間に近い姿をしていることに余計に混乱してしまう。