「―――――どう? この姿が一番気に入っているんだよねぇ~そう思わない?」
後ろに控えているうさ耳のメイドに尋ねた。するとうさ耳のメイドは首を縦に振る。
「はい、とてもお似合いだと思います」
「でしょ?」
「我らが至高なるお方はどんなお姿をしていても好きニャー」
そういって猫耳のメイドがゴロニャンと甘えた声を出した。すると、他のメイドたちも同意するようにうさ耳のメイドと同じポーズを取る。
「うん、ありがとうね。そう言ってくれると嬉しいよ~」
「ニャァン♪」
少しでもロランに取り入ろうと媚びる獣のメイドたち。それに眉をピクリと動かしたのはリベルだった。
「……あの、我々がどうして生かされているのか、その理由をお聞かせ願いたいのですが……」
「あぁ、そうだったそうだっだ。すっかり忘れるところだった。君たちを殺さない理由は簡単。僕は無益な争いはしたくない。そこで君たちにはあることを協力してもらいたんだ」
それにマーガレットは笑ってしまう。
「何を今さら……どれほどの勇者を貴方は殺したのですか」
「それはあいつらが悪い。勝手に僕を悪者にして、攻撃してきたからやられるわけにもいかないでしょ? だから全員、返り討ちにしてやったのさ」
先に仕掛けてきた方が悪い、というロランの主張に確かにと思ってしまう部分もあったが、相手は相手だ。魔物を統べる王なのだ。戦いを挑まれて当然ではないか、そう心の中で思ったが、口にはしなかった。少し間を開けてから尋ねる。
「……それで、私たちに協力して欲しいことというのは?」
「君たちはフェレン聖騎士の調査隊だったよね?」
「えぇ。そうですが」
「君たちにはフェレン聖騎士団の本部に「何もなかった」と報告してほしいんだ」
それにマーガレットは眉を顰めた。
「どういうことですか?」
「つまり、君たちは闇の魔法の痕跡をたどって、調査しに来たんだよね? だったら、犯人はそうだな……。そう、ネクロマンサーだったことにして、それを討伐したってことにしよう!」
「……」
あまりにも馬鹿げた話だった。だが、確かにネクロマンサーは闇系の魔法を使う。死霊使いともいわれる彼らは死体をゾンビとして甦らしたり、強力な霊を呼び出したりすることができる。
「でもどうして、そんなことをしないといけないのですか?」
「そうすることで、僕たちの存在を隠すことができる」
それにマーガレットは首を横に振った。
「それは無理ですね。我々の他に複数の騎士隊が動いています。別の部隊が調査しに来るでしょう」
「ふふふ。それなら大丈夫。 この街ごと偽装するつもりだから」
「街全体を……一体どうやって?」
「街の住民たちがね、懇願してきたんだよ。帝国にただ殺されるよりも僕の側についた方が得だって」
その言葉の意味が分からず、困惑するマーガレットだったが、隣にいるリベルは何かに気付いたようでハッとした表情を浮かべていた。
「まさか……魔王様、隠密を得意とするカミラではなく、オドを向かわせたのは街の者を救おうとすることを見通して、さらには、救われた街の住民たちが、魔王様に服従することを見越していた、ということですか?」
「え? あ、ん~まぁ、そういうことになるかなぁ」
ロランの言葉にリベルは愕然としていた。おぉ、と執務室から歓声が上がる。
(―――いや、そこまで全然考えてなかったけど、なんか、みんな勘違いしてくれてるみたいだし、いっか!)
「我ら至高なる魔王様はまさか、そこまでお考えとは、さすがだニャ」
「まさに人知の及ばない優れたお方ですね」
「流石は我らが魔王様」
獣メイドたちが褒め称えると、ロランは照れた様子で頭を掻いた。
「まぁ、そういうわけ。んで、君たちも協力してもらうよ。街は何もなかったように見せなくちゃいけないんだ」
「……」
マーガレットはそれに対して、首を縦に振ろうとはしなかった。交渉相手は魔王だ。フェレン聖騎士団にとっては、騎士団として創設されることになったきっかけでもある。簡単に首を縦には触れない。
「別に断ってもいいよ。その時はどうなるかはわかるよね?」
それと同時にいつの間にか忍び寄っていたうさ耳のメイドと猫耳のメイドが腰に下げていた剣を抜いて、剣刃を首筋に突き付けていた。
「っ……なかなか強引じゃないですか? 断ったら殺す、ってことですよね?」
「僕はオドと同じで、無駄な殺生は好まない主義でね。平和的にいこうじゃないか」
ロランは椅子に深く座ると、足を組みながら頬杖をつく。そして、微笑みを浮かべるのだった。
「平和的ね……」
ギラリと剣刃が光沢を帯びる。
「さぁ、君たちの返答はいかに?」
マーガレットは悔しそうな表情をする。ここで反抗しても殺されてしまうだろう。ギリオンも同じく、抵抗はしないようだ。
「……わかりました」
「ふむ。賢明な判断だ」
満足げに笑うロラン。
こうして、フェレン聖騎士マーガレットと魔王ロランとの間で半ば強引な交渉が成立し、この日より、マーガレット率いる第19騎士隊の聖騎士たち30人は魔王の配下に入ることになったのだった。
♦♦♦♦♦
翌日の朝からソリアの街では、復興作業が始まっていた。
「……酷い……」
炎に包まれ、死にかけていたのを最後に街がどうなったのか、わからなかったレオは今の街の惨状を見て絶句してしまった。
建物は倒壊し、街は瓦礫と化している。
街の大通りでは多くの死体が転がっていて、野ざらしとなっていた。
「よくもこんな酷いこと……」
その隣で同じように見ていたロランが言った。
「これが、人間さ」
「え?」
「人間はね。自分さえよければ、他の人は死んでもいいと思っているんだ」
「そんなのって……あんまりだよ……」
レオは視線を落とした。そこに泥まみれになった馬のオモチャが目に入る。それを拾い上げた。
木製の馬のオモチャには名前が刻まれていた「エル」と書かれていた。レオは涙が溢れ出る。木製の馬を抱きしめた。
その様子を見たロランは何も言わず、レオが泣き止むまで待っていた。しばらくして、レオが泣き止み顔を上げる。
「大丈夫かい?」
「うん……」
「レオ、家はどうする? ここに住んでいたんだろ?」
それにレオは少し考えるような素振りを見せた後、首を左右に振った。
「行きたくない……」
最後に見た自分の家は炎の中だった。父や母、それに飼っていた犬もみんな殺されてしまった。だから、もうそこには戻れないと思ったのだ。
「辛いよね」
そういって、ロランはレオを優しく抱きしめた。レオは驚いたが、すぐに抱き締め返す。魔物なのに暖かくて優しい。それが嬉しかった。
しばらくそのまま二人は抱き合っていた。すると、突然二人の後ろから声がした。
「魔王様」
二人が振り返ると、オドがいた。レオとロランは慌てて離れる。
「お取込み中、申し訳ございません……」
「な、なに?」
恥ずかしかったのか、顔を赤くしてロランが言う。
「復興作業にて必要な資材の購入の許可を頂きたく……」
「あぁ……いいよ」
「ありがとうございます」
そう言ってオドは頭を下げた後、その場を去った。その後ろ姿を見送りながら、ロランはため息をつく。
「まったく、仕事熱心だなぁ……」
視線を巡らせる。そこには作業に取り掛かるオークの作業員たち。木材を運び、瓦礫になった家屋を片付けている。ロランの姿を見た街の住民たちがやってきた。
「これはこれはロラン様、我らをお救いくださりありがとうございました。街を代表してお礼を」
白い髭を蓄えた老人が深々と頭を下げてきた。装備を見たところ、兵士には見えるが見たことがなかった。ロランは小首を傾げる。
「君は?」
「ソリアの街で、守備隊長をしておりました『アルス』と申します。領主が逃げ出したため、私が代わりに街のまとめ役のようなことをさせていただいておりました」
「なるほど」
ロランは納得したようにうなずく。そして、アルスは言った。
「魔王様にそれにオド様のおかげで、生き残ることができました。本当に感謝しております」
「うむ。君たちは僕たちが怖くないのかい?」
「何を仰いますか! あなた方は私たちを助けてくれた命の恩人です! 確かに最初、魔物だと知ったとき、恐れを感じました。しかし、こうして、私たちのために街を復興してくれるようなお方を誰が恐れるのでしょうか」
そういってアルスが両手を広げて言う。他の住民たちも同じ意見だったようで大きくうなずいていた。
「うんうん。良い答えだね」
ロランは満足げに微笑んで見せた。アルスは突然、膝を折り、深々と頭を下げる。
「我らの新たな王、救世主に揺るぎない忠誠を!」
それに集まってきた住民たちも一斉に膝を折った。
「えっ!? ちょっと、やめてよ……照れくさいじゃないか」
慌てるロラン。だが、住民たちは頭を上げなかった。その光景を見たレオが言う。
「ロランってまるで、勇者みたいだね」
その言葉に住民の一人が言った。
「おお、なんと素晴らしい……まさに魔王様が勇者様となられるということですね??」
「えぇ??」
困惑するロラン。住民たちはさらに興奮していた。そんな中でレオはクスリと笑みを浮かべていた。
ソリアの街は魔王の最初の街として歴史に残ることになる。