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第26話 死者には安らぎを

―――その日、ソリアの街の死者を丁重に弔い、墓が作られた。その中には、レオの家族の墓も作られることになる。深い悲しみと泣き声が上がる中、レオもまた悲しげな表情で、墓石を見つめる。


「お父さん……お母さん……」


 いつも優しかったお母さん、いつも大きな背中で守ってくれたお父さん、自分を逃すために帝国兵の前に立ち塞がり、殺されることもわかってて、自分を守ってくれた。


 家族を失ったレオはただただ、墓石に刻まれた名前を見つめる事しか出来ない。


 魔王ロランに訪ねた。魔王なら、死んだ人間を蘇らせることはできないのかと。ロランはできないことはないが、時間が経ってしまった死体はゾンビのように自我を持たない魔物なってしまうらしい。


 自我を持たず、身が腐り、骨となるのを見るより、土の中で、ゆっくりと眠ってもらった方が絶対にいいと思った。


 だけど、やっぱり、生き返って欲しい気持ちもある。どうしたらいいのか、どれが正解なのか、自問自答をし続けた。


 重たい空気が流れていることにロランが気を使って、あることを提案した。


「そうだ。みんなで死者を弔うための祭りをしましょうよ!」


 その声に俯いていた住民たちが顔を上げ、ロランへ視線を向ける。


「みんなで、弔おうよ! どうだい? お酒や、音楽、美味しい料理を食べて、みんなで騒ごうじゃないか!」


 それに住人たちは戸惑うような顔をした。それもそうだろう。大切な人が死に、土の中にいるのだ。考えただけで耐えられないほどに辛いはず。


 しばらく、沈黙が続くとレオが視線を上げた。


「私、みんなのためにも、お祭りがしたいです」


 レオの言葉に住民たちは互いに顔を見合わせると頷き合った。


「あぁそれはいい考えだ」

「きっと、喜ぶよ」

「早速準備しよう」


 そう言って、住民たちはお祭りの準備に動き出した。


「リベル」


 呼ばれたリベルがすかさず、地面から現れる。

「はい、何でしょう?」


 まるで、そこに事前にいたかのように恭しく頭を下げた。


「御身の前に」

「舞台を用意して。それと、お酒もたくさん!」

「かしこまりました」


 リベルは地面に消えていった。


「これで、少しはみんな元気になってくれるといいんだけど……」


 ロランが呟いた。






 しばらくして、街の中心にある広場に大きな舞台が組まれていた。そこに大きな松明が置かれ、ステージの前には大勢の住民が座っている。


 メイド服を着た獣たちが料理を運んでいた。それを見て、住民は感嘆の声を上げる。


「おい、あれってまさかメイドか?」

「信じられん。こんなにも美しいとは……」

「すげぇ、かわいい。あのうさ耳のメイドとか」

「いやいや、あの猫耳の子とかいいじゃね?」


 そう言いながら、住民たちは驚きの目で見ていた。そんな住民の前にオークたちが次々に酒樽を運び込む。住民たちは大喜びだった。


 そして舞台の上に一人のメイド服を着たハーピーが立つ。礼儀正しくお辞儀したあと、いきなり服を勢いよく脱いだ。するとお洒落な衣装へと早変わりした。


「みんなーこんにちは~みんなの歌姫カイリちゃんだよ~!!」


 可愛らしい声と共に手を振ると魔物たちが歓声をあげた。住民たちは誰なのかわからなかったが、魔物たちに合わせて戸惑いながらも手を振った。


「さぁさぁ、楽しんでいってくださいね! 今日は無礼講ですよ!!」


 さらに盛り上がる魔物たち。


「じゃあ、まずは乾杯しましょう! カンパーイ!」

「「「カンパ―――イッ!!!」」」


 手に持ったグラスを掲げる。中には果実酒が入っていた。それを一気に飲み干す。


「じゃあ、早速、カイリの自慢の歌を歌いまーす!」


 おぉ、と盛り上がる観客。


「ではでは、ミュージックスタート~!!」


 指をパチンと鳴らした。するとどこからか音楽が流れ始め、足でリズムを取り、それに合わせるように歌い始める。


 その歌声は心が癒されるような美しくてきれいなものだった。まるで、賛美歌のように清らかで、それに住民たちは聞き惚れる。誰もが歌を聴くことに集中していた。


「ほぉ……これはなかなか」

「素敵ねぇ」

「うむ。これは良いものだ」


 住民たちは満足そうに何度もうなずいていた。そんな中で、レオがロランの隣に座って言う。


「カイリさんの歌すごくいいね」

「ふふふ。僕自慢の歌姫なんだぞ」


 ロランは嬉しそうに微笑んだ。


「まぁ、カイリはハーピーだから歌が上手くて当然なんだけどね」

「でも、とても素敵な歌です」

「そうだろそうだろう。僕の次ぐらいには上手いんだぞ」


 そういって、ロランは胸を張り、得意げに言った。その表情にレオは思わず笑みを浮かべた。


 そして、何かを思いついたように両手を叩く。



「あ! そうだ。レオも一緒に歌ってみるかい?」

「えっ? 私もですか!?」

「うん。カイリと一緒に歌えばきっと楽しいよ」

「で、でも、わたし、一度も歌ったことないですよ???」

「大丈夫だって。僕が教えてあげるよ」


 ロランはそういうと、レオの手を引いて立ち上がらせる。


「ほら、行くよ!」

「あっ、ち、ちょっと待ってください!」


 カイリの歌が終わったあと、舞台の上に魔王ロランとレオが立っていた。


 勢いで、立たされたレオは戸惑う。大勢の観客の視点が二人へと向けられ、歓声があがった。


 顔を真っ赤にしたレオはロランの後ろへと逃げようとするも、腕を引っ張られて、隣に立たされる。


「ひぃ?!」

「ほら、僕がリードするから!」


 そういって、ロランは肩に手を回すと、レオを抱き寄せた。レオの顔はさらに赤く染まる。


「はい、じゃあいくよ!」


 無理やり、ロランはレオの口元へマイクを向ける。


「まっ、まって……」

「レッツゴー!!」


 ロランが声高々に叫ぶと同時に、曲が始まった。


 歌い出しはカイリから。彼女の静かな入りから、ロランが歌い、徐々に盛り上がるように歌う。


 緊張して震えているレオだったが、ロランはそれを気にすることなく歌い続ける。時より、レオに視線を向けて、微笑んだ。


 レオもそんな姿のロランにつられるようにして気が付けば口を動かしていた。


 消え入りそうな声から、ロランにもっと声を出して、と言われて、腹から声を出してみた。


 よく見れば、観客もみんな肩を組み、魔物と人間が楽しく笑い合い、笑みを浮かべている。決して、相並ばないはずの存在が今、この瞬間、歌を通じて、手を取り合っていた。


 人間は魔物を恐れ、魔物も人間を恐れていた。でも、それは当事者同士ではなく、顔を見たこともない相手を忌み嫌っていただけ、こうして、隣に立ち、会話をし、分かり合えることができる。


 そんな光景を見て、レオは目頭が熱くなる。涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。


(――――あぁ、これが……)


 あの時、帝国軍が街を焼き払ったあの時、ロランに出会った時からずっと思っていた。なぜ、こんなにも魔物たちは優しいのだろうかと……。それは統べる人間が最も人を愛しているからなのではないか。そう思い、レオは歌い続けるロランの横顔をチラリと見た。ロランは本当に楽しそうだった。歌を歌っていることが心の底から幸せだと言わんばかりだ。その姿はとても輝いて見えた。


 やがて、曲が終わり、大きな拍手に包まれる。


「すごいじゃないか! 初めてなのにあんなに歌えて!!」


 ロランは興奮気味にレオの両手を握って振り回す。レオは戸惑いつつも、笑みを浮かべた。


「あ、ありがとうございます」


「いやぁ、君のおかげでいい思い出ができたよ!」


 ロランは満面の笑顔でそう言った。


 それから、夜遅くまで宴が続いた。レオは終始、笑顔で、すっかりと悲しみは忘れてしまっていた。


 悲しみに包まれていたソリアの街の住民たちもすっかりと元気を取り戻し、魔物と手とつないで、ダンスする。

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