ゴルムたちが率いる帝国軍の主力でもある歩兵部隊はヨナたちへと側面攻撃を仕掛けようと大きく迂回してくるのが見えた。それに対して、ヨナたちも動きに気が付き、一部を残して、それに対峙する姿勢が見えた。
新たな局面を迎えようとしていたとき、そんな中で、ゴルムの率いる帝国軍の一部が分かれて、ロランたちへと向かってくるのが見えた。
それにロランは目を細める。数はそう多くはないが、それでも100人ほどはいるように見えた。指揮官を狙った別動部隊だろうか。そう思ったが、それにしては、差し向けて来る兵士の数が少ない気がした。
相手が二人だから差し向ける兵数をそこまで当てなかった可能性もあったが、それでも帝国軍にしては、どこか組織的な動きはなく、隊列も組んではおらず、個々で動いているように見える。ヨナたちと対峙する部隊とはかなり異色だった。そうなるとなると帝国軍所属ではなく、傭兵か、もしくは冒険者か、と予測する。
どちらにせよ、このタイミングで仕掛けてくるということは、戦い慣れをしている。
一番先頭を進む大きな大剣を担いだ女戦士が目に入った。誰よりも早く、平原をかけ続ける。それにロランは苦笑いした。どう見ても、他の帝国兵よりも常人離れしており、漂う覇気も違う。勇者クラスに匹敵する相手かもしれない。
自分たちの方へと真っすぐに向かってくることにレオは慌てふためいていた。
そりゃあそうだ。こんな広い平原で、護衛もつけずに二人でぽつりと立っているのだから。ヨナと骸骨騎士たちは帝国軍騎兵と迫り来る歩兵部隊に対処するために動けないでいた。
焦るレオはロランの腕を掴んだ。
「ろ、ロラン、これってピンチじゃない???」
確かに状況だけ見れば、かなりまずいと言えるかもしれない。だが、ロランは自分を狙ってくることは予測していたので、そこまでは焦ることはなかった。とはいっても、骨が折れそうな相手にロランはため息をつく。
「あんなの混ざってるんなんて聞いてないんだけど……..まぁいいや」
ロランは小さくつぶやいたあと一歩前に出る。
「レオは下がってていいよ。僕が相手するから」
杖代わりに使っていた聖剣エクスの鞘を引き抜く。戦いは先手必勝。そう思って、踏み込もうとしたとき、ふとロランはチラリとレオを見る。ポツリと一人、不安げな顔で見つめて来る。レオに守りながら戦うほど器用さはないので、護衛をつけることにした。地面に手を向けて、魔法を詠唱する。
『―――クリエイト・リバナント―――』
ロランの足元の近くで、影が現れそれが徐々に広がっていった。そこから人の頭がゆっくりと浮かび上がり、胴体、腕、足の順に姿を現す。やがて、その全身が現れたとき、それは静かに目を開く。足元からは白い霧状のものが漂い、顔はフードで隠されていた。白い吐く息が彼女の存在をより一層不気味に思わせる。その光景にレオは目を丸くして驚く。その幽鬼はロランに振り返り、騎士の礼をする。ガチャリと鉄の音を立てた。黒衣の下には鉛色の鎧を身につけていた。気が付けば、他にも周りを取り囲むように9体の幽鬼が静かに立ち、同じように騎士の礼をしていた。その姿にロランは満足げにする。
クリエイト・リバナント。この魔法は闇系魔法の最上位に位置するもので、スケルトン、ゾンビ、ゴースト、レブナントなどさまざまな種類の魔物を呼び出し、使役することができる。ただし、魔力消費量が多く、一度に呼び出せるのは10体だけ。今回はその中でも一番強力な10体を呼び出した。
目の前にいる黒衣をまとった鎧の女騎士にロランは話しかける。
「えーっと、君は確か、ユドラだっけ?」
ロランの言葉にユドラと呼ばれた女性は恭しく頭を下げた。
「あぁ我が主にして、我らが愛おしき方よ。我が名前を憶えてくださったことに感謝致します」
ロランは苦笑いした。正直、あいまいだった。
以前、出現させたのは数十年前で、しかもその時は名前が分からなかったのだ。
とりあえず、適当につけた名前だったが、それを気に入ってくれたようで何よりだとロランは思った。
そんなことを思いつつ、ロランは指示を出す。
「ユドラ、さっそくなんだけど、この子を守ってほしい。できる?」
指差したのは隣にいたレオだった。ユドラがレオに視線をゆっくりと向ける。フードの中で光る赤い光がレオの瞳を射抜いた。
ゾクッとした悪寒を感じ、思わず身震いしてしまう。なんだかよくわからない恐怖を感じた。
「我らが至高なる魔王様のご命令とあらば、このユドラ、全身全霊をもって、この者を守護することを誓いましょう」
恭しく頭を下げるユドラにロランも満足げにうなずいた。他の9人も同じように頭を下げる。ロランは視線を向かってくる冒険者たちの一団へと向ける。そろそろ戦いが始まる。よく考えれば、本格的に戦うのはいつ以来だろうか。最後に魔王城を攻め込んできた勇者のことを思い出しながらも、ロランは聖剣エクスを片手で構える。まずは、ここから離れることが最優先だった。レオは今、10人の幽鬼に守られてはいるとはいえ、戦闘は離れた場所で行うべきだ、と考えた。レオを狙って動く冒険者もいるかもしれないからだ。さらに厄介なのは神聖魔法を使ってくる神父などが混ざっていないかだ。ある程度なら問題ないが、それでも面倒なことに変わりはない。
「さて、いきますか」
そういって、ロランは冒険者たちへ向かって、駆けだした。