ヨナはキョトンとした顔をする。
「あのね……僕は魔王でも、野蛮ではないからさ……」
ロランは呆れた様子で肩を落とし、説明した。
それには少し、残念そうにしていたヨナだったが、ロランのご命令とあらば、と気を取り直し、ゴルムの生首を埋葬することにした。
ヨナの頑張りに対して、突き放したような気がしたロランはヨナを呼び止めて、告げる。
「ヨナ。今日はありがとう。君がいてくれて僕はとても助かったよ。これからもずっと僕の傍にいてね」
ロランはそう言うと、ヨナは顔を一気に明るにし、目を輝かせる。
感極まって、目を潤ませながらまたロランに顔を近づけてきた。
「魔王様ぁぁああ。もちろんですよぉおお。私はぁ一生ぉ魔王様の味方ですからぁ。お傍にずっといますぅううからぁ」
ヨナはそう言って、ロランに抱き着いた。
そんな彼女をロランは優しく抱きしめてやる。
ヨナは嬉しそうにロランに頬ずりすると、ふと何かに気づいたように周りに視線を向ける。
ヨナは普段、毅然とした態度を取り、騎士としての誇りをもって、礼儀作法をしっかりと身に着けた女性だ。
顔はいつも険しく、目は鷹のように鋭い。
それがどうだ。
今はまるで、王子様に恋する乙女のような顔をしている。
ヨナの部下である骸骨騎士たちからの嫉妬の視線が痛いほど突き刺さった。
慌てて、離れて乱れた前髪を戻し、部下たちに向き直る。
そして、何事もなかったかのように、凛とした表情に戻った。
そんなヨナを見て、ロランは思わず吹き出してしまった。
そんなロランを見たヨナは顔を真っ赤にして、恥ずかしさを誤魔化すように部下たちに怒鳴り上げる。
「貴様ら!!! 何をぼさっとしている!! さっさと戦利品を回収せんか!!」
ヨナの声を聞いて、一斉に動き出す髑髏騎士たち。
死んだ帝国兵たちの武器や鎧を剥ぎ取り、金品を奪っていく。
その光景はまさしく盗賊団そのものだが、これが当たり前でもある。
敗者は勝者にされるがままだ。
武器や鎧は魔王軍の魔物たちへと分配される。
金品は食料と交換され、新たな戦いに備える備蓄となるのだ。
だから、ロランはそれをやめさせようとは思わなかった。
ただし、一つだけ守ってほしいことがあった。
「みんな改めていうけど、死んだ帝国兵の死体は丁重に扱い、埋葬するんだよ。彼らは勇敢にも最後まで戦ったんだ。それを忘れないでくれ」
ロランの言葉にヨナと骸骨騎士たちは一同は静かに頭を下げた。
そして、ゴルムの生首を埋め終えたヨナたちは、戦利品の整理を始めた。
♦♦♦♦♦
聖剣エクスを入手するといった目的を達成したロランたちだったが、その力を発揮することもなく、ただの剣として使うだけに留まり、その日を終えた。
夜になり、移動することは危険だと考えたロランはトゥーダム神殿の近くに張った幕営地で一夜を過ごすことに決める。
幕営地ではかがり火が焚かれ、骸骨騎士たちが勝利の宴をしていた。
どんちゃん騒ぎだ。
彼らは生前の無念を晴らすかのように戦い、守るべきものを守り抜いたという達成感を抱き、大喜びだった。
楽しそうに自分たちの故郷の歌を歌う。
そんな中で、ロランは一人、幕舎の中で、腕を組んで一人考え事をしていた。
ロランはこれまで、数多くの勇者を屠ってきた。
彼らは戦いの中で戦いを覚え、豊富な知識と経験値を積んだ英雄たちだ。
そんな彼らをロランは圧倒的な力でねじ伏せていった。
しかし、今日、戦った冒険者たちはどれも勇者に匹敵するほどに強かった。
正直、苦戦した。
本気を出さば簡単だったが、本気を出さないといけないほどだった。
レオのおかげでなんとか、出し抜けたのだが、妙に引っかかる。
数百年の間、ひきこもっていたからといって、自分が衰えたとは到底思えない。
ならば何故、これほどまでに苦戦を強いられたのか?
頭の中によぎったのは創造の女神ソラーナだった。
ロランはギロリとある一点を睨みつける。
すると幕舎の隅っこでいつの間にか、葡萄酒を飲みながらくつろいでいる彼女の姿が見えた。
相変わらずの露出度の高い服に身を包み、胸元を大きく開けたセクシーな格好をしている。
彼女はこちらを見ると、妖艶な笑みを浮かべていた。
「あら? 気が付いた?」
「僕が気が付かないとでも思ったのか」
ロランは苛立った口調で言う。
それにしても、この女神様は本当に神なのか? と疑いたくもなる。
だが、今はそんなことよりも重要なことがある。
ロランは質問をした。
「お前、何かしたのか?」
ロランの問いに女神ソラーナは少し困ったような顔をした。
「わたしは何もしていないわよ。彼らが独自に強くなっていっただけよ」
そんなことを言いながら、ソラーナはロランに歩み寄ると近くに置かれた椅子に腰を下ろし、色白の細長い足をわざとらしく組み替えてみせる。
それから、また葡萄酒をグラスに注ぐと、一気に飲み干した。
「これ、おいしいわね。あなたも飲む?」
「僕はいい……」
ロランは顔をしかめると、自分の分の葡萄酒を口に含む。
「あなたがこの数百年の間、人間たちは独自に魔法を研究し、武器を精製し、戦術を練り上げてきたの。それはきっと、あなたの想像以上に凄まじい発展を遂げているわ」
そう言うと、ソラーナは空になったワインボトルを振り、中に入っている葡萄酒を揺らして見せた。
その様子にロランは呆れてしまう。
「近くの木箱にまだ一本ある」
ロランの言葉を聞いて、嬉々として立ち上がると、新しいボトルを手に戻ってきた。
そして、また、勝手に飲み始めた。
それを眺めながら、ロランはため息を吐く。
「知ってる? 帝国はもっと恐ろしいものを造り始めているわよ」
ソラーナは頬を赤く染め、トロンとした目をしながら言った。
ロランは目を細めながらも尋ねる。
帝国が造っているもの、それが何を指しているか見当もつかなかった。
「彼らが言うには魔力を付与させた新たなる兵器。魔導兵器って呼んでいるみたいだけど、どうやら完成したらしいのよね。あのシルビアって女、ほんとうに恐ろしいわ。しかも大量に量産するために工場を建てまくってる。帝国が本気になれば、大陸全土を支配することも夢じゃないわね」
魔導兵器、聞いたことがなかった。その言葉を聞いて、ロランは内心で焦りを覚えた。
今までは相手がごく少数の魅入られた特別な存在でもある勇者だから、戦えることができた。
しかし、それを上回る力持った人間がたくさん現れるとなれば…………
「その魔導兵器について、具体的に知りたい。教えてくれる?」
それにソラーナはニヤリと笑みを浮かべた。