次の日―――アトラス帝国の帝都にて。
帝都の近くにある兵器工房にシルビアの姿があった。
兵器工房に勤めている職人たちは、彼女の突然の訪問に驚いていた。
誰もが緊張した面立ちで、横並びになっていたが、下手に視線を合わせまいと俯いている。
緊迫した空気が流れる。溜まった生唾を飲み込む音すら聞こえてくるほどだ。
数日前、帝都ではシルビアに対して反対する勢力が一斉に粛清されるという事件がおきていた。
シルビアの提案を拒否した財務大臣、それに軍務大臣を粛清だ、だと自らの手で斬り殺したのだ。
その噂は瞬く間に帝都中に広まり、帝国の民は恐怖した。
大通りを歩くシルビアの一行。その後ろに白い軍服に身を包んだ一団が、ぞろぞろと彼女の後ろを歩く。
彼らはシルビアの信者と言うべきか。
彼女に魅了され、彼女を敬愛し、彼女を自分の命に代えてでも守り抜くと誓った男たち。
親衛隊が道を開ける。
エステランデ兵器工房を任されているガストンに彼女は視線を向け、おずおずと歩み寄る。
彼女が履くヒールの音が響く度に、職人たちの肩が震えた。
彼女は背が高い。
身長は176cm。ヒールを履いているのだからさらに背が高く見える。
それに比べてガストンはずんぐりむっくりとしていて、身長も156cm。
彼女に見下ろされる形になる。
ガストンは禿げ散らかした頭を深々と下げて出迎えた。
「シルビア将軍閣下。ようこそ、エステランデ兵器工房へ……」
「うむ。頼んでいた品が出来上がったと聞いてな。待ちきれなくて、私自ら来てやったぞ」
それはまるで、新しいおもちゃが欲しくて、待ちきれない子供のようだ。
そう思ったガストンだったが、決して表情には出さずに、言葉を選ぶ。
「それはそれは、わざわざご足労をおかけいたしました」
ガストンの態度の変化を見て、他の職人たちも慌てて頭を垂れていく。
ガストンが背後に視線を送り、手で合図をする。
すると、職人たちが小走りで駆け寄り、大きな木箱を持って来た。
木箱の中には鉄が筒状になった長細い物が入っていた。
シルビアは目を細めながら眺めると、満足そうに微笑んだあと手に取った。
品定めするように調べた後、構えた。
それに職人たちからどよめきが起きる。
「これが帝国式のハンドキャノンか。少し重たいな」
ハンドキャノン――――鉄を筒状に鋳造し、その中に火薬と鉛の球を入れて、火の力によって、その爆発力で鉄球を撃ち出す武器である。構造はかなり簡単で、かつ威力は凄まじい。
当たれば鎧は貫通し、馬はその破裂音で混乱する。
兵士は向けられるだけで恐怖する代物だ。
狙いずらい部分はあるが、訓練を必要としない。
そして何より、値段が安い。
石弓も、弓よりも威力があるが、命中精度が悪い。
最初の一丁は南方にある貿易の街で、武器商人から買ったもので、それに気に入ったシルビアが気に入って、帝都に持ち帰り、分解と帝国式への改良、製造するようにガストンに命じていたのだ。
シルビアは嬉しそうに銃身を撫でる。
彼女の手つきはとても優しいものだった。
「とてもいい触り心地だ。これが火を吹くたびに重装甲の騎士は死に、雑多な兵士は恐怖することになるだろう。早くその光景が見て見たいものだ」
その様子を見た職人たちは戦々恐々としていた。
彼らは知っていたからだ。
シルビアがとても人を殺すことだけを考えている人間だと。
シルビアはそのハンドキャノンを片手に兵器工房に隣接している射撃場へと移動した。
そこには的がいくつもあった。
彼女はそれを視界に入れるなり、ニヤリと笑った。
まだ使い慣れていないはずのハンドキャノンを彼女は手慣れた手つきでハンドキャノンに火薬を入れ、カルカという棒状のもので、鉛を押し込めた。
ゆっくりとした動きで、ハンドキャノンを構え、着火するための点火口に火縄を近づける。
火縄は亜麻の紐を使っている。
ゆっくりと燃えるように改良がほどこされているため、長時間の使用が可能となっていた。
点火口の火薬がシュッっと燃え上がり、数秒後、轟音と共に鉛の塊が撃ち出された。
鉛は勢いよく飛び出し、そのまま的に直撃。
当たった瞬間、木製の的が爆ぜるように粉々となり、後ろの壁にまで穴をあけるほどの威力があった。
その威力に職人たちは驚きとどまっていたが、親衛隊たちは彼女の勇姿を讃えるかのように拍手する。
「お見事です!!」
親衛隊の一人がそう言ったのを皮切りに、他の親衛隊や職人たちも一斉に歓声をあげた。
シルビアは少し不満げにしていた。
「少し的を外れた」
それにその場にいた全員が的へと視線を向ける。たしかに真ん中を少しだけ外れているように見える。
「着火した時の衝撃によって、狙いがそれてしまった。衝撃を抑えるための工夫が必要だな」
シルビアはそういうと、ハンドキャノンをガストンへと渡す。
「ただちに改善いたします将軍閣下」
ガストンは頭を下げた。
「期待しているよ。ガストン」
彼女はそれだけ言うと、親衛隊を引き連れてその場を後にした。
ガストンは安堵のため息をつく。
職人たちも同様だった。
皆、顔を見合わせ、緊張の糸が切れたのか、強張った表情を緩める。
「あの目はヤバかったな」
一人の男がそう呟くと、周りの職人たちが何度もうなずく。
彼らの目には、彼女の瞳の奥底に潜む狂気を感じ取っていた。
「どうする? もし、このハンドキャノンがあいつに渡ったら……敵味方関係なく、多くの人間が死ぬぞ」
職人の言葉に、ガストンも同意せざるを得なかった。
「あぁ、間違いなくな。だが、わしらは帝国人だ。将軍閣下の命令に従うしかほかあるまい……」
そう言って、ガストンは部下たちに指示を出し、ハンドギャノンの改良をするため、急いで作業に取り掛かった。