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第63話 魔法防具の作製

次にシルビアが向かったのは帝国を支える防具工房だった。


ここでは、毎日のように帝国軍兵士が身に着ける防具一式が製造されていた。


消えることのない炉の光り。ドロドロに熱せられた鋼と鉄は鋼鉄に変わっていく。


そして、大きな槌を持った男と小さな槌を持った男が、互いに声を張り上げながら槌を振るい形を整えていく。


金床の上には出来上がったばかりの鎧が置かれていた。その鎧は、今にも動き出しそうなほど精巧な作りで、全身を覆うフルプレートアーマーだった。


ずらりと並べられた鎧はどれも鏡のように磨かれており、反射したシルビアの顔がくっきりと映し出されている。


そんな工房の中で、少女が屈強な男たちに負けないくらいに槌を振り続けていた。


桃色の長髪を後ろでひとまとめに束ね、強気な目つき、勝気な性格を感じさせる。少女は上半身Tシャツ姿で、汗もびっしょりとかいていた。腕、背中についた筋肉は美しい顔に似合わず、とてもたくましかった。


額にたまった汗を手で拭い取ったところで、ようやくシルビアに気が付いたのか、作業の手を止めて振り返った。


表情は怒りの形相へと変わり、机の上にあった書類を乱雑に取って、駆け寄ると彼女の顔へと近づけてみせた。


「これ、どういうこと?? こんなむちゃくちゃな製法、認められるわけがないでしょう!?」


少女はそう言い放つと、シルビアに突き出すように書類を突き付けた。そこには、シルビアが依頼した新しい防具の製法だった。


突きつけられた書類をシルビアは見ることなく、手で退かすと口端を吊り上げた。


「セルマ。貴様だからこそできる製法だろ?」

「ふざけないでッ!」


セルマと呼ばれた少女は書類を地面にたたきつけた。


その音で、注目の的となる。作業していた工房の仲間たちも思わず、手を止めてしまう。


誰もが恐れるシルビアに対して、真正面から苦言を呈することができるのは彼女だけだろう。


それ以外が、もし、シルビアに文句でも言ったらその瞬間、首と胴体が離れてしまうことは間違いない。


「魔女である貴様がいまだに生かさている理由をもう一度考えた方がいいぞ」


冷たい眼差しを向けるシルビアに、セルマは怯むことなく睨み返す。


二人のやり取りを見て、周囲の職人たちも固唾を飲み込んで見守っていた。


セルマは魔女だ。


母親が魔女と同様、強力な魔法を操ることができ、その血を受け継いでいる。


数百年前の「オルデアンの魔女」の一件以来、帝国は魔女を弾圧していた。ほとんどの魔女は処刑台へ送られたか、火あぶりの刑にあっている。


小さな村で隠れ潜んでいたところをシルビアに見つかってしまい、本来なら殺されているはずだったが、彼女によって、ある条件を引き換えに生かされることになった。


「私が求める魔法防具には貴様の知識と力が必要となる。だから生かしてるんだ。それに、貴様にしかできない仕事もあるからな。私のために尽くせ」


シルビアの言葉を聞いて、セルマは眉間にしわを寄せて奥歯を強く噛み締めた。


「だったら、魔鉱石を手に入れてきて。話はそれからよ」

「魔鉱石は手に入らない。前にも言ったはずだ」


シルビアは冷たく言い放った。


魔鉱石とは、魔物が住み着いた鉱山に自然生成される鉱石の一種だ。


希少性の高い鉱物で、入手するにはかなりの労力が必要になる。


ただでさえ、魔物がいる危険な場所にわざわざ出向いて採掘するというのは現実的ではない。


帝国は急激な戦線拡大によって、兵士の生存性と鎧の改良化は急務だった。


そこで、目をつけたのが、魔鉱石で、手に入れるために冒険者を雇ってまで探させている。


しかし、それでも足りないのだ。


だったらどうするか。


シルビアがある閃いた。


手に入れられないのなら、簡単に手に入れられる物で代用すればいい、と。


セルマに実験に実験を重ねさせて、魔力の塊である『魔石』をようやく作り出すことに成功した。


その生成方法にセルマは気に入らなかった。


命の冒涜であり、倫理に反する行為だと思ったからだ。


魔力の抽出方法は、生きている魔物から魔力を吸い出す事だった。


魔物は、自分の命を糧に魔法を使う。


なので、生け捕りにして、体内にある魔力器官からチューブを突き刺し、抽出機械で吸い取るのだ。


生きたまま行うことにより、大量の魔力を抽出することが可能だが、その代わり、魔物が持っている魔力器官が破壊されてしまい、その魔物は死に至る。


魔力は個体差があるため、安定した魔力の抽出に苦戦していたが、なんとか安定させることに成功した。


大量の魔物たちがこの防具工房へと連れてこられる。


人型の魔物は言葉を交わすことができる。


だから、彼らの悲鳴が、叫び声が、耳に届いてしまう。


それがセルマの心を締め付ける。


彼らは悪くない。


何も悪いことをしていないのに。


帝国の防具作成のためだけに命を吸い取られるのだ。


「こんなこと間違っている」


誰もが恐れるシルビアにセルマは臆することなく、睨み上げた。


セルマは知っている。


自分を殺せば、帝国は求めている力を手に入れることができなくなる。


シルビアもバカではなかった。


(……もうこれ以上、誰かを失うのは嫌だ)


そんな想いが、彼女を奮い立たせていた。


シルビアは睨み上げて来る小さな少女を見下ろし、右手を上げる。


そのまま手の甲で、彼女の頬を思いっきり叩いた。


乾いた音が工房内に響き渡る。


セルマの小さな身体が吹っ飛び、壁に叩きつけら床に落ちる。


周りにいた仲間たちは誰も動かなかった。いや動けなかったのだ。


「小生意気だ。私が手を出せないと思って、図に乗るな。お前の母親を殺さずとも死なない程度に痛めつけてやることもできるんだぞ?」


シルビアの言葉を聞いた瞬間、セルマは目が泳いだ。拷問を受けるのならいくらでも受ける。


痛いのなんて、慣れっこなのだから。


だが、自分の母親が痛めつけられることを想像してしまうと、震えが止まらなかった。


(――――お母さん……)


彼女は手を悔しさのあまりに握りしめ、ギュッと目を瞑った。


「いいか。私はお願いをしているんじゃない。これは命令だ。あと一月以内に私が求める物を作り上げろ。できなければ、母親を殺す」


それだけ言うと、シルビアは工房からマントを翻して、工房を出て行った。


「セルマ、大丈夫か?」


駆け寄ってきた同僚がセルマの背中に手を添えた。


床に雫がポタポタと落ちていく。それは彼女の涙だった。


悔しかった。シルビアに言い返すことができない。


母親を人質に取られている以上、自分だけ逃げるわけにもいかず、ただ言われたことをするしかない。


近くにある魔力抽出機、それに檻の中に入れられた魔物たちを横目で見たセルマは自分の無力さに嘆くしかなかった。


「ごめんね……あたしを許して……」


セルマの声は誰にも届かない。

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